P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

「消えたヤルタ密約緊急電」

消えたヤルタ密約緊急電―情報士官・小野寺信の孤独な戦い (新潮選書)

消えたヤルタ密約緊急電―情報士官・小野寺信の孤独な戦い (新潮選書)

本屋の棚に積まれていたのが目についたので読んでみましたが、面白かったです。NHKで放送される「小百合さんの絵本」というドラマの原作になるそうな。
 
タイトルにあるのは1945年ヤルタでの、ドイツ降伏3ヶ月後にソ連が日本に対して参戦するという米英ソの間での密約。この情報を入手したのが、副題にある小野寺信ストックホルム日本大使館付陸軍武官。彼が日本の大本営にその情報を電信するも、どうにもその情報が大本営で握りつぶされたらしい。こんな重大な情報がなぜ、誰によって握りつぶされてしまったのかという謎の追求を縦糸にしたノンフィクションです。
 
この謎の背景にあったのが、いよいよ追いつめられ厳しくなっていく戦況の下、本土決戦、一億玉砕を叫ぶ軍部の裏で、軍や大本営、政治家のトップの間にあった和平工作を進めようという動きでした。さらにそのその際に最低限の条件として、「国体護持」、つまり天皇制の存続を求めていたこと。これを実現する為に、彼らは一応まだ日本と中立条約を結んでおり(45年4月にはその破棄を通告されるわけですが)、かつアメリカに対してもある程度の交渉力をもっているソ連にその仲介が期待していたわけです。この本の主張は、そういう期待、あるいは願望を持つ彼らにとって、少なくともその中枢にいた人物にとって、ソ連が対日参戦を固めていた事は都合が悪く、受け入れたくない事だったというものです。願望に合わせて情報を取捨選択したのであると。
 
その人物の特定へと話は進んでいくわけですが、しかしその結論へとストレートに進むのならば本文だけで450ページにもなりません。この件を縦糸にこの情報を入手した小野寺情報士官について、そして戦間期・戦時下での欧州での日本の情報収集や非合法工作についての様々な説明が続きます。それどころか中国での日本の工作やら、亡命ユダヤ人へ大量のビザを発給した事で有名な杉原千畝もまたスパイであったこと、その他諸々の事柄が解説されます。特に欧州での日本の諜報機関の工作とか全然知りませんでしたら非常に興味深かったです。そしてまた、戦時中の日本の情報関係というと日本の暗号が解読されてしまっていて云々などの「された」話のイメージが強かったのですが、こういう「していた」話はそういう被害者意識への中和剤として爽快感というか、バランスがとられた感じがありました。
 
とにかく色々と知らなかった情報が一杯で興味深くて面白い本だったのですが、最後に気になった事を。文中、きちんとした根拠を明示しないまま「...としても不思議ではない」とか「...はずはない」等々の断言が多い事が気になりました。こういう文章が続くとどうしても、著者の「願望に基づいた評価の取捨選択」が行われているのではないかとつい思っちゃいます。更に誰が「電信」を握りつぶしたのかの結論部分で、その人物がそれについての説明を他の作家への質問と回答という形でしめしているのはどうなのかと思いました。著者は自身の主張の補強としてこれを出しているのでしょうが、謎の解明の最後が著者ではない誰かからの回答ではこの大部の本のラストでなにかハシゴを外されたように感じてしまいます。ぶっちゃけこの本は、話の筋があちこちに揺れる、ものすごく分厚い新書の様な本という感想でした。なので正直、内容についてどの程度信用していいのだろうとも思ったりはしたのですが、同時にだからこそ読んでて楽しかった本でした。