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P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

クルーグマン:ケインズ政策の時

はい、またクルーグマンのブログからです。そしてまたマンキューがらみのポストです。下のマンキューの寄稿をうけての、クルーグマンのブログポストです。マンキューの文章は、ケインズ政策嫌だなぁ〜と、みたいな曖昧な嫌味の文章でしたが、クルーグマンの方はその文章を枕に、今はケインズの時だ!と主張してます。(追記:リンク追加済み)
ケインズ政策の時  ポール・クルーグマン 2008年11月29日

クレッグのこれは完全に正しい(翻訳)。

経済が直面する問題を理解する為にすべての経済学者の中から一人だけ選べということになるなら、まず間違いなくその経済学者はジョン・メイナード・ケインズになるでしょう。ケインズは50年以上も前に亡くなっていますが、不況と恐慌に関する彼の診断は現在のマクロ経済学の基礎となっています。彼の洞察が、我々の対峙する挑戦を理解する助けとなっているのです。

なぜ我々が今、ケインズ政策の時にいるのかについて、もうちょっと語っておくべきだろう。
過去数十年、我々の意識のなかでケインズの影が薄くなっていたとすると、それは主に右派からの無根拠な批判のせいではなかった。それは、中央銀行が全てをそのコントロール下に置けているように思えたからだった。アラン(・グリーンスパン)叔父さんとその仲間達が、貨幣供給をコントロールして、経済を安定化さる仕事をちゃんとやっていたので、ケインズ主義の財政政策は必要ないように思えたのだ。
だが、ケインズは金融政策の役割をとてもよく理解していたし、そして過去においてはそれがとても効果的だと考えていた。だから彼が主張したのは、金融政策がその力を失う状況があるということなんだ−−そして彼が生きていた時の世界経済はそういう状況に直面していた。

今日、そしておそらくは将来も、資本の限界効率のスケジュールは、様々な理由により19世紀のそれを随分下回っている。よって、今の時代の問題の厳しさと特色は、適度な平均雇用レベルを実現するための平均利子率が、資本所有者達には受け入れがたいようなものなので、通貨の量を操作する事だけではそれを達成できないという可能性からきているのだ。10年、20年、30年に渡って平均して耐えられるレベルでの雇用が、賃金単位ではかった適度な通貨供給を保障するだけで達成できた間は( So long as a tolerable level of employment could be attained on the average of one or two or three decades merely by assuring an adequate supply of money in terms of wage-units)、19世紀ですらそれを行うすべを見つけ出していた。もしこれが今の我々の唯一の問題なのなら−−もし十分な規模での減価こそが我々に必要なものなのならば−−今日の私達もそれを行うすべを間違いなく見つけ出していただろう。

古めかしい言葉遣いだが、とにかく彼は今我々が直面しているのと非常によく似た状況について語っていたのだ。
確かに、ケインズは「限界資本効率」の戦後の上昇を予測する事に失敗した−−経済成長とインフレーションによって、通常ならば金融政策が景気停滞と戦うのに効果的であったほどに利子率が高い状況が生み出された。それゆえに、ケインズが重要ではないように思えた長い時期が(訪れたのだ)。しかし、正しい条件の下では、彼の分析はそれまで同様正当なものであった。そういう条件は90年代にまず日本で再現された。そして今、いたるところで再現されている。
つまり長期的には、ケインズは死んではいなかった、ということなのだ。