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P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

「人的資本政策と所得分配:分析のフレームワークと先行研究の検討」3.1と3.2

政治経済学 アセモグルー 不平等

「人的資本政策と所得分配:分析のフレームワークと先行研究の検討」の3.1と3.2の訳です。この辺りから数式がいろいろと出てきますが、はてなダイアリーは数式の表記に対応していないと思いますので、文中の添え字などに関してはA{i,h}などと表記しています。この{i,h}の中のiは上の添え字、hは下の添え字です。{h}のように一つだけの場合は下の添え字です。今後パート3の訳はこのポストに追加していきます。計画変更しました。新しいエントリーにしていきます。
3. シンプル・フレームワーク
3.1 所得不平等の要素
不平等と戦うための人的資本政策を考察するには不平等についての理論が必要である。このセクションでは、私はもっともシンプルなフレームワークから始める。個人間での所得不平等は、個人間での労働時間と賃金の分布を反映したものである。多くの目的において、われわれは家計所得の分布についても関心をよせたりもするが、この家計所得の分布は二人の成人によって構成される家計の比率、および収入のある二人の所得についての相関に依存する。
アメリカについての証拠は所得不平等の上昇の主要な源泉は賃金不平等の上昇であることを示している。二つの要因により、所得不平等の全体としての上昇は賃金不平等の上昇より大きいものになっている:
1.雇用されている労働者の間での労働時間の分布はより不均等なものとなった。特に、高所得者は低所得者よりもより長時間、働いている(たとえば、Wang、1998、をみよ)。
2.低スキルの個人が失業しているか、もしくは労働市場から離れている可能性もまた劇的に上昇した。しかし、高スキルの個人の雇用率の変化はずっと小さい(たとえば、Juhn, Murphy and Topel, 1991、をみよ)。
さらに、家計所得の不平等は個人間での所得不平等よりも幾分おおきく上昇したという証拠がいくつかある(たとえば、アメリカについてはLevy and Murnane, 1992, ニュージーランドについては、O'Dea, 2000, をみよ)。家計の構成の変化に関連した問題もまた興味深いが、それはこのレポートの範囲を超えている。よって、私は個人の所得不平等の決定要因についてだけ考察するものとする。また、雇用と労働時間の分布がなぜより不均等になったのかの理由は賃金不平等の上昇と関連しているだろうから、レポートのこのパートは賃金不平等の決定要因についてだけ考察する。
最後に、考察の大半において、私はクロスセクション(1時点についてのデータ)を考察する。これは、我々が不平等のクロスセクションの指標についてもっとも情報を持っており、そしてそのような不平等の指標は労働者の生産性(そして人的資本)の分布をもっともよく反映しているだろうからだ。異時点間での所得不平等は、たとえば所得階層移動の上昇などにより、クロスセクションでの不平等とは異なる振る舞いを見せるかもしれない。大きな影響をもった論文Gottschlk and Moffitt(1994)は、アメリカにおいて所得の不安定性(言い換えれば所得階層の移動)の大きな上昇があったことを指摘している。ではあるが、かれらの発見はそのような大きくなった階層移動にも関わらず、生涯での所得不平等もまた同じ期間中に大きく上昇していることを示している。よって全体的な所得不平等の指標としてクロスセクションの不平等に注目することはミスリーディングではない。
3.2 賃金不平等の決定要因
もちろん、間違いなく多くの要因が賃金の分布に影響を及ぼすわけだが、経済学的分析の為の自然なスターティングポイントはその供給と需要だろう。賃金分布についてのパイオニア的な研究のイントロダクションにおいて、ティンバーゲン(1975、p.15)は次のように述べている。

「...問題となるのは利用可能な質と、需要側、つまり生産の組織によって要求される質との違いである。」(イタリックは原文より)

よって、私は競争的なフレームワークから始めるものとする。その中では、賃金は労働者の生産性の違いを反映している。このフレームワークでは、賃金の不平等は二つの要素から成り立っている。
1.労働者の間でのスキルギャップ。
2.スキルの価格。
たとえば、ある労働者は、スキルギャップ(あるいは異なったスキル)を反映して、ほかの者よりもより難しい職務を、あるいは異なる財の生産を行うので、より多くの報酬を受け取ることになる。賃金ギャップの正確な規模はこれらの異なる職務や財の価格をも反映する。
私は最初に、スキルギャップを与えられたものとするフレームワークからはじめて、スキルの価格(スキルプレミアム)の決定について考察する。その後に、スキルギャップの決定について分析する。ファンダメンタルなレベルにおいて、スキルの価格は二つの要因によって決定される:スキルの供給と、スキルの需要である。スキルの供給は、教育についての決定や、教育システム全般、企業と労働者によるトレーニングへの投資、そしてまた移民によって決まる。スキルへの需要は、さまざまな要因を反映するが、しかしもっとも重要なのは、技術と通商である。
中心となる問題は比較的わかりやすいものではあるが、それでもその基本的な関係をシンプルなモデルを用いて表すのは助けとなるだろう。以下では、比較的制約されてはいるが、それでもリッチなフレームワークを考える。これは労働経済学やマクロ経済学の文献において馬車馬としていつも活躍しているものだ。このフレームワークは、ベッカー(1964)、ティンバーゲン(1974、1975)、おっしてWelch(1970)、そしてその他によってインフォーマルに使われたもので、Katz and Murphy (1992) やアセモグル(1998,2000)などの多くの近年の論文でも取り上げられている。
2財と、二つのタイプの労働者がいる経済を考えよう。具体的にイメージするために、その二つのタイプの労働者とは、大卒と高卒の労働者(あるいは高教育、低教育の労働者、もしくは熟練、非熟練の労働者)の事としよう。財のうちの一つは、低教育の労働者によって作られるが、もう一つの財はその生産に高教育労働者を必要とする。この経済にはl人の低教育、h人の高教育労働者がいるとする。さらに、二つのタイプの労働者達はその保有する労働の能率ユニット(efficiency unit)が異なるとする。とくに、低教育労働者 i によって保有される能率労働ユニットを e{i,l} とする[訳注:{...}の中は原文での上付き添え字と下付添え字にあたる]。同様に、高教育労働者 j によって供給される能率労働ユニットを e{j,h}と表す。こういった能率ユニットは観察されえないスキル、「ソフト」なスキルだとか「対人」スキルだとかを含んだものに対応したものだと考えることができる。Breshnahanその他(1999)を含む多くの経済学者によると、そういったスキルは近年、その重要性を増していっているそうだ。また、低教育労働者の能率ユニットの総供給を L で表し、高教育労走者による能率ユニットの総供給を H で表す。さらに H/L を経済の中のスキルの相対供給とする。
次に、2財の生産は以下に等しいものとする:

この方程式において、A{l} は労働集約財の生産における低教育労働者の生産性で、A{h} はスキル集約財の生産における高教育労働者の生産性である。A{l}と A{h}のパラメーターは技術によって決められる。
さら分析を進めるために、社会がどのように二つの財の間での交換をどう行うか、そして国際貿易があるのかどうかについて決める必要がある。まずは国際貿易がないものとしよう。そうすれば、総消費は両方の財の総生産と同じになる。また、この社会における消費者の効用は以下のように代替の弾力性一定のものであるとする(CES),

この式の中で、C{l}は労働集約財の消費、C{h}はスキル集約財の消費、ρの値は1以下である。二つの財の間での消費の代替の弾力性は、σ=1/(1-ρ)である。この弾力性が高い時は二つの財の間の代替性が高い。また弾力性が低い時は、消費者は二つの財の消費のバランスをとろうとする。たとえば、σ-> 0ならば、消費者は二つの財を一定の比率で消費する比率一定の効用関数を持つ。このパラメーターσは高教育(スキルあり)と低教育(スキルなし)の労働者間での代替の弾力性でもあるので、これはこのモデルにおいて重要なものである。代替の弾力性の値は、技術的変化やスキルの供給の変化の帰結について考えるときに、決定的に重要な役割を果たす。
市場の清算と消費者の効用最大化から、二つの財の相対価格は次の方程式を満たさなければならないことが導かれる。

これは相対需要についてのいつもの式だ。労働集約財の供給に対してスキル集約財の供給が相対的に大きくなれば、スキル集約財の相対価格、p{h}/p{l}、が下がる。このケースでは、国際貿易がないので、スキル集約財の供給はA{h}Hに等しく、労働集約財の供給はA{l}Lに等しい。代替の弾力性、σ、が低い時は、相対供給の相対価格への影響は強く、相対供給の一定の増加がスキル集約財の相対価格のより大きい低下につながる。
次に労働市場について考える。競争的な市場であると仮定しよう。企業と労働者の間でのレントシェアは多くの労働市場における重要な特徴であるだろうが、競争均衡は考察を始める上で有用なベンチマークである。競争的な市場においてはすべての労働者はその限界生産物価値を報酬として支払われるので、労働サービスへの賃金は、w{l}=p{l}A{l} となる。人的資本の1単位への賃金は、w{h}=p{h}A{h} である。当然ながら、これらの賃金は限界生産物に生産された財の価格をかけたものだ。これらの方程式はスキルあり労働一単位のスキルなしの労働一単位に対する相対的な価格が次のようになることを意味する。

さて、これでこの架空の経済における賃金の分布について考察するお膳立てが整った。低教育の労働者は平均してe{L} 単位の労働を持ち、高教育の労働者は平均してe{H} 単位のスキルを持つとしよう。そうすると、不平等の自然な指標であるスキルなしの平均的労働者の所得に対するスキルありの平均的労働者の相対所得は次で与えられる。

さて、所得の不平等は二つの要因によって決定されている事が見て取れる。そのうちの一つは、スキルギャップ e{H}/e{L} で、これは二つの労働者グループの間の相対スキルである。所得不平等を決定するもう一つの要因は、スキルの価格(スキルプレミアム)、ωである。スキルプレミアムが大きいほど、一定のスキルギャップがより大きな所得の不平等につながる。
さらに進むために、これら様々な要因がどのように所得の不平等に影響するのかを数量的につかむ事、そしてスキルプレミアムの決定要因の詳細について考察することが必要になる。その為に、方程式(2)についてその対数をとる:

国際貿易がないという我々のセットアップにおいては、スキルプレミアムは第1項の技術と、第2項のスキルの相対供給の関数であることをこの方程式は明らかにしている。この方程式は、スキルへの相対需要でもあると考えることもできる:これは市場を清算するスキルプレミアムを与えてくれるのだ。当然ながら、スキルへの相対需要は右下がりである。言い換えると、スキルプレミアムはスキルを持つ労働者が希少であるほど高くなる:

図1
図1はこの相対需要曲線を図にしたものである。これは、今のところ一定としているスキルの相対供給、H/L、に対して(3)によってあらわされるスキルの相対需要を図にしたものだ。H/LからH'/L'といった相対供給の上昇は右下がりの相対需要にそって均衡点を動かし、スキルプレミアムをωからω'へと引き下げる。より直感的に述べると、スキルの相対供給の増加は労働集約財の生産に対してスキル集約財の生産を増える。国際貿易がない為、これはスキル集約財の相対需要の上昇につながらなければならない。しかし、消費者は二つの財を補完的とみているので、その相対価格が低下した時にだけ消費者はスキル集約財の消費を増やす。よって、スキルの相対供給の増加はスキル集約財の相対価格の低下につながるわけだ。相対価格のこの変化は両方のタイプの労働者の相対限界生産物価値に影響して、高教育労働者の相対賃金を低下させる。
ここでのフレームワークは生産におけるスキルありとなしの労働者間での代替がないものとしている。よってスキルの相対供給の増加の相対賃金への影響は財価格の変化(消費における代替の変化)を通じて起こる。これはただの単純化にすぎない。同様の結果はスキルありとなしの労働者が同一財の生産に一緒に関わっていても得られる。スキルの相対供給の増加はこれまでスキルなしの労働者によって行われていた仕事のスキルあり労働者への代替につながり、これによって同様に彼らの限界生産物が低下する。
相対需要曲線のスロープ、言い換えるとスキルの供給の変化のスキルプレミアムへの影響の程度は代替の弾力性σに依存する。なのでそれがどの程度大きいのかを知るのが非常に重要となる。この代替の弾力性を推計する方法の一つは(3)の式を回帰してみることだ。Katz and Murphy(1992)は1963年から1987年までのアメリカの集計データをつかって(3)に似た式を推計している。彼らはスキルプレミアムをアメリカの労働市場での大卒者のプレミアムとし、大卒者をスキルあり労働者、高卒者をスキルなし労働者とした*1。25年の期間中には技術もまた変わっているはずなので、スキルプレミアムに影響を及ぼしているだろう。技術から、あるいはおそらく国際貿易のスキルへの需要の変化を取り扱うために、彼らは方程式の中に線形のタイムトレンドもまた組み込んでいる。彼らの発見は以下のものだ。

このアプローチは1963年から1987年までの大学プレミアムの変化の顕著な特徴をよく捉えている。たとえば、この回帰式からの予測値は大学プレミアムの実現値に非常に近い。このことは、高教育と低教育労働者間での代替に基づいた上のシンプルなモデルが大学プレミアム、あるいはより一般的にスキルプレミアムの決定について考えるフレームワークとして有用だということを示している。我々の今のところの目的にとってより重要なことは、推計値は大卒と非大卒労働者の間の代替の弾力性がおよそσ=1/0.71、約1.4であることを示していることだ。より最近のものとして、Murphy, Riddle and Romer(1998)はカナダとアメリカについて、そしてCard and Lemieux (1999)はアメリカ、カナダ、そしてイギリスについて同様の弾力性の値を見出している。
この発見を補強するよりミクロレベルでの証拠もまた存在している。Freeman(1986)は多くの論文をサーベイして、高・低教育労働者間での代替の弾力性はσ=1から2の間にあるという広範囲のコンセンサスがあると結論づけている。
自然実験に近いものからのある興味深い研究もまた推計値がこの幅の中にあることを支持している。Angrist(1995)は1980年代において制度の変化によりウェストバンクとガザ地域にもたらされたスキルの供給の増加への、教育からの見返りの反応について研究している。1972年以前にはまったく存在していなかったパレスチナの高等教育機関の開設によってスキルをもったパレスチナ人労働者の供給の非常に大幅な増加があった。Angristは40%もあった大卒労働者へのプレミアム(高卒労働者と比較して)が急速に20%以下に低下したことを明らかにしている。代替の規模もまた明らかだ。まず、多くの大卒労働者はスキルを必要とする仕事を見つけることができなかった。Angrist(1995)は大卒者の失業率の急速な上昇を明らかにしているし、Schiff and Yaari(1989)は8人のパレスチナ人の卒業者のうちたった一人しかその専門の仕事を見つけれらず、その他はスキルを必要としない仕事、主に建設産業、で働いていたことを報告している。そして、通常は教育のある労働者によって行われていた仕事へのプレミアムも急速に低下した。1984年から1987年の間で、管理と経営の仕事の(肉体労働者に対する)プレミアムは0.32から0.12へと低下し、事務の労働者へのプレミアムは0.02から-0.08へと低下した(詳細についてはAngrist,1995を見よ)。

*1:原注1.より詳しく述べると、彼らは大卒同等の労働者の相対供給をつかっている。これは大卒者+0.29*大学入学しかし未卒業-0.05*高校中退を、高卒者+0.69*大学入学しかし未卒業+0.93*高校中退で割ったものと定義されている。