P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

「人的資本政策と所得分配:分析のフレームワークと先行研究の検討」パート3.3

アセモグルの「人的資本政策と所得分配:分析のフレームワークと先行研究の検討」のパート3.3です。下のエントリーにパート3を追加していくつもりでしたが、計画変更して新エントリーとしていくことにしました。今後も新エントリーとして上げていきます。
3.3 アプリケーション:スキルの相対供給のスキルプレミアムに及ぼす影響と移民の持つ意味
この考察により、スキルの相対供給の増加はスキルプレミアムを減少させ、そして社会の中でスキルの分布が一定とすると不平等を減少させてくれるようだと結論することができる。スキルの供給の増加のもっとも自然な理由は教育の広まりやその他の形態の人的資本への投資の増加である。このことから、人的資本の蓄積を促進する政策はスキルプレミアムへのその効果を通して不平等を減少させる効果を持っているだろう事が明らかとなる。またそのような政策は社会の中の人的資本の分布を変えることで不平等に対する直接的な効果もまた持っているかもしれない。
また逆に、スキルの相対供給の減少はスキルプレミアムと不平等を増加させる傾向がある。スキルの相対供給を減少させるかもしれない二つの理由がある:
1.スキルのあまりない労働者の移民。スキルなしの労働者がより多く移民してくれば、それはスキルありの労働者を*1より希少な存在にして、スキルプレミアムを増加させる。この場合、移民の増加は二つの経路を通して不平等を上昇させよう。まず第一に、移民の増加により、低スキルの労働者が多くなって、分布のトップとボトムの間でのスキルギャップを増加させる。第二に、スキルなしの労働者の移民の増加はスキルプレミアムを増加させる事で自国生まれの間ですら不平等を増加させよう。
2.教育システムの変化のせいで、高教育労働者も以前と比べてより低いスキルしか持っていないかもしれない。これは彼らがより低い能力しか持っていない、あるいは教育システムがより少ないことしか教えていないかもしれない為だ。上のシンプルなフレームワークの枠組みで述べると、これはe{H}の低下と、そしてスキルの相対供給、H/L、の減少を意味する。
私は後で、不平等についてのスキルの相対供給の効果に対するその反作用の力もあることを述べる。しかし今のところはそのような反作用がない場合の、スキルプレミアムに及ぼすスキルの供給増加の効果の大きさを考えてみるのがよいだろう。そうするために、労働者が50年間にわたって労働に参加し、人口成長はなく、労働者の四分の一が大卒(高教育)という架空の経済を考えてみよう。また明確な結論を出すために、e{H}=e{L}=1としておこう(A{h}/A{l}の値が特定化されていないので、これは単純な正規化でしかない)。そうすると、定常状態でのスキルの相対供給は H/L=1/3 となる。
さて、大学の入学者数が倍になったとしてみよう。調整が済めば*2、H/Lは1に上昇するだろう。しかしこの調整には非常に長い時間がかかる。たとえば、その変更の10年後でも、H/Lは0.42にしか上昇しない。これは新しい労働者の参入は既存の労働者に対して比較的小さいものでしかないからだ(50年間の労働期間と人口成長ゼロにより、参入してくる新しい労働者の数は任意の時点ですでに労働市場に参入している労働者の数の50分の1に等しい。)。さて、上の弾力性推計値を使って、供給におけるこの変化からのスキルプレミアムの変化を計算することができる。
長期的には、大学の入学者数が倍増することで相対供給は3倍に増える。代替の弾力性のベースライン推計値としてσ=1.4とすると、これはスキルプレミアムは長期的に50%以上低下することを意味する。しかし、大学入学者数を倍にしてから10年たっても、その効果はまだ比較的限られたものでしかない。このケースでは同じパラメーターでもスキルプレミアムは16%低下しているだけだ。長期的にはスキルの供給の大規模な増加はスキルプレミアムとそして不平等に大きな効果を持つが、その効果を発揮するには長い時間が必要だというのが結論である。
経済へのスキルなし労働者の移民の参入についての同様の計算は、彼らがスキルプレミアムへ大規模な効果を持つことはなさそうだということを示唆する。経済への移民の参入のスキルプレミアムと自国生まれ労働者の賃金に対する効果は限定的だという結論は、アメリカと他の先進諸国への移民の効果についての研究によっても支持されている。このことについての文献でおそらくもっとも有名なものは、相対的にスキルがない多くのキューバ人をマイアミの労働市場へ参入させた、1980年のマイアミへのMariel Boat liftの効果についてのCard(1990)によるものだろう。マイアミの人口が7%以上も増えたのだから、その増加は数量的に非常に大きなものだった。しかし、Cardはそれがマイアミのスキルなしの白人、黒人の賃金、雇用、そして失業率にほとんど影響を持たなかった事を発見した。同様の研究は、1962年のアルジェリア独立後のヨーロッパ系市民のフランスへの帰還の効果について、Hunt(1992)によって行われた。彼女もまた、自国生まれへの影響は小さい事を発見した。より最近には、Borjas, Freeman and Katz(1997)が、1980年代の低スキル労働者の賃金の低下にアメリカ労働市場への移民の増加がどのような効果を及ぼしたかについて調べている。彼らは移民の増加はいくらかの効果を持ったと結論したが、その効果もまた相対的に小さなものだった。よって私はスキルなしの移民の増加が不平等への主要な要因であることはなさそうだと結論するものである。
ニュージーランドのケースでは、移民の平均的なスキルのレベルは自国生まれの人口のそれよりも高いようだ。これは移民が不平等を低下させる要因となっていることを示唆する。ではあるが、上と同様のことが賃金構造を形成する上での移民の役割は限定的だということを示唆している。

*1:相対的に

*2:定常状態になった後