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P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

15. 書き始める

SF アシモフ

1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第15セクション「書き始める」の翻訳です。
ついにアシモフが書き始めました。生涯500冊を目指して好ダッシュ!と思いきやという、まだまだ発展途上なアシモフ君11歳でした。しかし、俺も昔作家を目指したことはあったのだけど...全然書かなかったなぁ。やっぱりほんとになる人は、ずっと書いているのだね。


15:書き始める
1931年、11歳の時に私は文章を書き始めた。サイエンス・フィクションを書こうとしたわけではなくて、もっとずっと素朴なものに取り組んだのだ。
パルプフィクションの時代の前に、「ダイム・ノベル」の時代があった*1。私はその時代のまさに終わりの頃を目撃している。私の父が最初のキャンディーストアーを買った時、父はニック・カーター、フランク・メリウェル、そしてディック・メリウェルなどキャラクターを扱う古くて薄汚れて変色したペーパーバックを売っていた。
これらのキャラクターの、そして多分その他のキャラクターについても、それぞれに何十冊もの本があった。ニック・カーターは変装の達人の探偵であった。フランクとディックのメリウェルは、愛しき故郷イェール大学のためにどんな困難にあっても常に野球の試合に勝ち続けるオール・アメリカン・ボーイズであった。私はこれらの本のどれも読んだことはない。父は断固として許してくなかった。ようやく父がゴミを読む事を私に許してくれるようになった頃には、こういったダイムノベルは消え去っていた。
「シリーズ・ブックス」はハードカバーの本で、メインキャラクターについての新刊がコンスタントに出版されていた。バニー・ブラウンとその妹のスーについてのものなど、一部は非常に若い子供達向けだった(とても幼い頃、私は1冊か2冊を実際に読んでいる)。そして、もう少しだけ大きくなった子供用に、双子のボブシー(the Bobbsey Twins)、デアウェルの仲間(Derewell Chums)、ロイ・ブレクリー(Roy Blakely)、ポッピー・オット(Poppy Ott)、その他があった。(こういった本はその後何十年も存在した。とりわけ、ハーディー・ボーイズ(Hardy Boys)とナンシー・ドリュー(Nancy Drew)などだ。)
私が若かった頃の最も人気のあったシリーズブックはローバー・ボーイズ(the RoverBoys)についてのものだった。そのうちの一冊、The Rover Boys on the Great Lakes (5大湖のローバーボーイズ)にはドーラという名の若い女のお嬢さん*2がいたが、「恋愛の感情」*3としてはあまりにもあわいものだったから、私は気がつかなかった*4。彼女には優しいが病弱な母がいるのだが、その母はクラブツリー氏(Mr.Crabtree)という愛想のいい詐欺師に騙され続けているのだった。さらにずっとあくどい父と息子の二人組みの悪党もいた(もっとも、その父の方は後に更正したが)。
私が文章を書き始めたとき、私はこの本のまさにマネを--それも非常に忠実に--して書いたのだ。タイトルは、The Greenville Chums in College(大学にやって来たグリーンビルの仲良し達)。
さて、ここで質問だ:なぜ私は書き始めたのだろう?
私は自分が書き始めたときの事についてよく述べてきた。そして私がいつも語った物語はこうだ:読み物をずっと手元において置けないのがつらかった。本は図書館に返さなければならず、雑誌は売り場に戻さなければならない。だから、本のコピーを作って、そのコピーを手元においておけばいいと思ったのだ。そうするのに、ギリシャ神話の本を選び、そして5分で、そんな事は到底現実的ではないと気がついた。なので、ついに、私自身の本をつくって、それを私の図書館にずっとおいておこうというアイデアを思いついた。
間違いなくこれは要因であった。しかし、これはその動機の全てのはずがない。物語をつくろうという強い欲求があったはずなのだ。
そうでない理由があるだろうか?間違いなく多くの人達は物語を作りたいという欲求を持っている。それは人類共通の願望なのだろう--思索する心、理解しきれぬ世界、誰かが物語りを語った時に感じる自分だってという感情。物語りとは、人がキャンプの火の回りに座った時に行うことではないのか?多くの社会的な集まりが思い出話のためのもので、誰もがほんとうは何が起こったのかについての物語を語りたいものではないだろうか?そしてそういった物語は避けがたい脚色と語りの改善を受けて、やがて現実とはほとんど似ても似つかぬものになってしまうものではないだろうか?
太古の昔、一人の男がキャンプの火の回りに腰を下ろした時のことを想像してみよう。とてつもない狩の偉業についての語りだすのだが、それは真実をあまりに誇張していてばかばかしいほどだ。だが、それは誰かから疑問を突きつけられる事はない。そこにいるものは皆、同じような嘘をつくのだから。とくによく出来た物語は何度も何度も語られ直して、そして誰かの先祖か、あるいはだれか伝説の狩人に帰されるのだ。
そして、そのなかには特別に語りのうまいもの達がいることだろう。そして皆が暇な時には、その才能の披露が求められる。物語がとても面白ければ、肉が礼として出されるかもしれない。これは、自然に、そのもの達により大きな、さらによく出来た、もっとエキサイティングな話を作り出させる事だろう。
この事に私はなんの疑いも持たない。物語を語る衝動はほとんどの人に生得のものだ。そしてそれが十分な才能と動機と組み合わされば、もう止めることはできない。これが私の場合に起こった事だ。
私はただ、書かなければならなかったのだ。
私は、当然ながら、The Greenville Chums in College(大学にやって来たグリーンビルの仲良し達)を書き上げることはなかった。私は8章書き上げて、それで疲れてしまった。それから私は別のものを書こうとして、そしてまた疲れて、また別のものを書こうとして、ましてまたとなって、これが7年に渡って続いた。
私は話しの続きを考えていなかったので、文章を書く事はエキサイティングであった。書きながら物語を作っていったので、まるで私が書いものではない本を読んでいるかのようだった。この人物達には何がおこるのだろう?彼らはどうやってはまり込んだこの難局から脱するのだろう?こういった興奮こそが、この若き日々に私が執筆にいそしんだ理由だった。私の書いたものがいつか出版されるかもなど、まったく思いも及ばなかった。野心をもって書いていたのではなかったのだ。
実のところ、私はいまだにそのやり方--書きながら筋を考えていく--で、フィクションを書いている。非常に大きな一つの改善と共に。書きながら筋を考えて行くのなら、その作品のはっきりした結末がなければダメだということを学んだのだ。それがなかった為に、私は初期の作品を書き上げる事が出来なかったのだ。
今の私がすることは、問題*5と、そしてその問題に対する解決を考えることだ。私はそして物語を始めて、書きながら筋を考えていき、登場人物たちに何が起こって、そして彼らがいかに難局から脱していくかを発見する喜びを味わう。しかし、すでに知っている解決へと向かって、ゆえに途中で道に迷いはせぬように、書いてゆくのだ。
初心者からアドバイスを求められた時は、私はいつでもこの事を強調している。こう言うのだ。結末を知っておけ。さもないと、物語の川の流れは海へたどり着く事もなく、砂漠の砂の中へと流れこんでしまうかもしれないのだ、と。

*1:「ダイム」とは10セント硬貨のこと。10セントの本が流行した時代がアメリカであったのだ。日本の円本みたいなものかな、と誰にいってるのか分からないが言ってみる俺はヨコジュンの[http://www.amazon.co.jp/dp/4087507866:title=「日本SFこてん古典」]が好きでもあった。

*2:原文"a young lady"。「淑女」と訳すのは違うでしょうから、「お嬢さん」。

*3:原文"love interest"。恋愛対象かなとも思うけど。

*4:原文 "so primitive an example of "love interest" that I never noticed."。今いち意味がわかりませんが、多分、当時の恋愛関係の規制の強かった頃の文章では、そういう感情面の描写が非常に薄かったので、アシモフには読み取れなかったといっているのだろうと思います。

*5:小説のストーリーの中の問題のことだろう。たとえば、とある惑星のゴミ処理係がストを起こした、とか、水に落ちる直前に溶け出す溶解性の物質がみつかったとか。