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P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

37.結婚と諸問題

1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第37セクション「結婚と諸問題」の翻訳です。
非モテアシモフですが、なんと2回も結婚しています。このセクションはその最初の結婚について。なので非モテでも結婚できますよ!それもアシモフは戦略的に、頭の良さと口だけで結婚してしまったらしいのですごいですね。でもこの最初の結婚は幸せなものではなかったという事なんですが、この後、離婚して、そしてアシモフは再婚します。この再婚はともて幸せなものだったという事です。その再婚についてのセクションを読んでちょっと感動したので、翻訳はアシモフの幸せな再婚まで、のろのろとしたペースですが、続けます。
追記:hajimeさんからの指摘を受けて、「オリヴィア」と「海賊ブラッド」について修正しました。


37.結婚と諸問題
1941年、私はブルックリン作家クラブ(the Brooklyn Authors Club)に参加した。集まっては、原稿を読み、批評するのだ。これはかなり楽しいものだった。クラブのほかの若者であったジョゼフ・ゴールドバーガーが私の物語の一つを気に入って、彼と私でダブルデートでもどうだと言ってきた。ガールフレンドはいないんだと説明したところ、彼はそれなら一人紹介するよと言った。かなり不安だったが、私は同意した。
後に分かった事だが、ゴールドバーグのガールフレンドのリーは彼と結婚するかどうかを判断しようとしていて、第三者の意見を聞く為に彼女は彼を自分の親友に会わせようとしていたのだ。だから彼女はガートルード・ブルガーマン(Gertrude Blugerman)という名のその親友に、ゴールドバーグの事を判断してもらう為だけにでも、このブラインドデートに来てくれと頼んでいたのだ。気は進まなかったが、ガートルードは承諾した。彼女は私の事を口ひげを生やしたロシア人だと聞いており、一体どんなエキゾチックな人物を彼女が想像していたのかは定かではない。デートは、1942年2月14日となった。その日がヴァレンタインデイであるという事実が、我々の意識の中に入り込んで来なかったのは間違いない。確実に私の意識には入っていなかった。
その頃までに私は口ひげを一年ほど生やしていたのだが、それは非常にみっともないもので、クラスメートの一人は私がPh.Dコースに受かるかどうかで一ドルを私の口ひげに対して賭けていた。2月13日に受かると私は口ひげをそり落とし、そしてガートルードとはひげなしで会った。
私に怖がっているような視線をむけた後、彼女は急に頭が割れるような頭痛に襲われたかのようにデートから逃げ出そうとしたが(私にはそう思われた)、リーが逃しはしなかった。ほんの何時間かだけだからと彼女は説得した。ジョーのことについて彼女を助けて欲しいと。
私にとっては、まったく逆だった。私はエロール・フリンとオリヴィエ・デ・ハヴィランドの海賊ブラッド(Capten Blood)という映画を観ていた。私は映画スターに恋する人間ではないが、それでもそれなりの好き嫌いはあった。その当時、私にはオリヴェア・デ・ハヴィランドとは女性の美しさそのものであるように思われた。ガートルードは私の眩んでしまった目には、そのオリヴィエ・デ・ハヴィランドそのものに見えたのだ。彼女は本当に、とても美しい女の子であった。
私のそういった反応は避けられないものはあっただろう。しかし私は化学のラボで恋に落ちた時より、3歳年を取っていた。もう一度、失恋を経験するつもりなど、私にはまったく無かった。なので私は慎重に対処し、一歩一歩確実に進んでいった。
しかし、私の意志は固かった。私のそういった対応と決意、これからのデートをなんとしても取り付けようとするしつこさ、そして我々が結婚するのだという断固たる確信によって、ついに彼女は折れた。彼女は私の事をすばらしいロマンスの対象とは看做さなかったが(この世の誰がそう看做してくれるというのか?)、しかし私は彼女を言葉で丸め込んで、ついに私に賭けてみることにさせたのだ。(勿論、彼女は私の頭の良さも賞賛していた。それも役に立ったのだ。)1942年7月26日、出会って半年も経たずに、我々は結婚した。
それは平安な結婚ではなかった。結局のところ、彼女は私に恋していたわけではなかった、それは間違いないのだから。我々はそれぞれ処女・童貞で(彼女は私よりも2歳も年上だったのだが)、セックスは非常にうまく行ったりは、しなかった。どっちも経験がなかったのだから。そのほかにも大きくなっていった、説明しづらい不一致があった。説明しようとも思わないが。
しかし、求愛中には私が無視していたが(そんなものが重要になるとは思ってもいなかったという単純な理由によって)、結婚生活において最終的に非常に大きな障害となった二人の間の不一致が一つあった。
ガートルードはタバコをすうのだ!
ここで少しばかり話しを脱線させて、タバコについて語らせて欲しい。キャンディーストアーの売り上げのうち、大きな要素の一つがタバコだった。紙巻タバコをパックやカートン単位で、葉巻を一本ごとに、あるいはボックス単位で、そして様々なパイプタバコを扱っていた。パイプを売っていた時があったのかどうか、私は思い出せないが、コペンハーゲン嗅ぎタバコの丸い容器の販売機*1の事は覚えている。噛みタバコを売っていたことがあったとは思わない。
パイプと葉巻はどこかエキゾチックなものだったが、紙巻タバコをふかすのはほんとどありふれたものだった。売れているブランドのタバコ20本が入った1パックは10セントした。さらに、売れているタバコそれぞれのパックを一つ開けて、お客がタバコ一本を1セントで買えるようにしていた。うちの店をひいきにしていた、私と同世代の多くの少年達がこの一本タバコを買い、火をつけて、そして吹かしながら去っていった。
当然ながらタバコは私には入手可能であった。開けられたパックから、一本取り出せばいいだけだったのだ。しかしながら私の父は厳格なルールを持っていた。店の商品は売るものであって、消費するものではないと。
これはキャンディがらみだと、私にとってとても厳しいものであった。キャンディの箱が何箱も何箱もあって、その全てがふたを開けて棚に並べられていたのだ。1セントや5セントを手に子供達がやってきては欲しいものを選ぶと、私はそれをその子達に渡すのだ。しかし、私自身がそのキャンディを食べる事は<<絶対に>>許されないのだ。
別に、私はキャンディをまったく食べさせてもらえなかったというわけではなかった。いつだって私は、父や、あるいは(より見込みのある)母に、「ママ、ハーシーバーを食べてもいい?」と頼む事は出来たのだ。必ずではなかったが、時折は許しがでて、私は幸せになる事ができた。店のおいしい食べ物についてやったのと同じ事を、タバコについても出来たはずだ。頼めばよかったのだ、「パパ、タバコをすってもいい?」と。
頼んだ事はない。一度もない。答えはノー、だろうという事は知っていた。よってその結果、私はまったくタバコを吸ったことがないのだ。お分かりだろうが、つまり私はその環境によって非喫煙者となったのだ。父の態度が少しでも違っていたら、ヘビースモーカーになっていた事もありえたろう。
私の妹と弟もまた、タバコを吸ったことがない。また私の母もない。スタンレー*2は、しばらくの間(ほんとうにほんのしばらくの間だけ)、父はものすごくタバコを吸っていたと私に言ったことがあるのだが、それを聞いて私は完全に驚いてしまった。我が弟はその事について誓うし、私は彼を疑う事はできない。彼は高潔な男なのだ。しかしどれほど思い出そうとしても、私の父の手にタバコがあったところなどまったく思い出せない。
タバコ嫌いが嵩じて、父が吸っている記憶を全て単純にブロックしてしまっている、ということなのかもしれない。
しかし1942年には、私はタバコを吸ってはいなかったものの、タバコそのものに反対ではなかったのだ。人々がキャンディストアーでタバコを吸ってくれるのは、我が家にはありがたいことだった。タバコの売り上げは我が家の少ない収入のかなりの部分を占めていたのだから。よって、私はその香りには慣れており、なんとも思っていなかった。だからガートルードがタバコを吸うという事実は、彼女と結婚するという私の計画に際して考慮するに値するものとは思われなかったのだ。それが失敗だった。
今、感じるように当時も感じていたならば、あるいは結婚して数年経った時のように感じていたならば、何をもってしても私にタバコを吸う女性と結婚させる事などできなかっただろう。デート、イエス。性的冒険、イエス。しかし、喫煙者と一緒の閉じられた家の中にずっと篭る?ない。絶対、ない。絶対に。美しくても関係ない。優しくても関係ない。その他どんなすばらしい属性があろうが関係ない。
しかし、私はまだ知らなかったのだ。いつでもタバコの煙と一杯の灰皿の悪臭で満たされた家やアパートに住んだ事はまったく無かったのだ。ガートルードと住むということは、そういう事であって、逃げようがないのだと悟った時に、我々の関係は干からび始めた。
ガートルードは多くの、様々な点でとてもすばらしい妻であったということは言っておかなければならない。美しいという事のほかに、家事洗濯を良くこなし、おいしい料理をつくり、そして完全に私に誠実であって、家計に細かかった。
それらは大きな点であったが、しかしより細かい点が結婚をダメにできるのだ。友人すべてから理想とみなされている妻と離婚しようと考えている男の話がある。友人達は男を諭し、男の妻の性格と美徳を誉めそやした。男は長い間、話しを聞いた後、自分の靴を脱ぐと友人達にそれを見せながらこう言った。「この靴を履くと私の足のどこが痛むか、だれか分かるかい?」*3
そして、それはただタバコの悪臭だけではなかったのだということを、分かってもらいたい。タバコの健康問題について、気になるようになり始めたのだ。呼吸器系の問題と肺がんについての話が出始めていて、私にはタバコの煙を直接肺に吸い込むのと、誰かの肺を出た後に吸い込む事の間に違いがあるようには思えなかった。
なので私はガートルードにタバコを止めるか、もしだめなら減らすか、それもダメなら、ベッドルームや車の中や食事中には吸わないようにさせる事に取り組み始めた。残念ながら、そのどれも成功しなかった。時が経つと共に、この問題はドンドン悪化して化膿し、痛みをましてゆく傷のようになってしまった。
三つの理由から、私はこれをかなり長い間耐えた。本来の私なら耐え得ないほど長くだ。まず第一に、私は結婚した時に彼女がタバコを吸うことを知っていたのだから、最初から知って受け入れていた事について彼女を罰するのはアンフェアなように思われたのだ。
第二に、私が彼女を丸め込んで結婚させたのであって、彼女が望んでいたわけではなかったという事を私がずっと分かっていたということがあった。よって私はこの状況を耐えなければならないように思われた。
第三に、私がひそかに離婚を考えるようになった時までに、二人の小さな子供達が生まれていた。十分な理由があればガートルードと離婚する事は出来たが、私の子供達を放り出すような事は絶対できない。私は彼らが大きくなるまで待たなければならなかったのだ。
多くの点でうまくいっていた長きに渡る結婚をタバコくらいのちっぽけなことで終わらせたというのは、おかしな事に思われるかもしれない。しかし勿論、たった一つのちっぽけな事だけではないのだ。ほかにも、説明が簡単ではない不一致があったのだ。一つには、ガートルードが私の事をとくに好きになった事があったとは思われないし、その事が私の自尊心を傷つけたことだ。12年ほど経った後、私からだけの愛情に疲れて私の愛情は失われてしまった。だが結婚はただの惰性によりその後も何年も続いた。
しかしガートルードのことを褒めておきたいとも思う。彼女は私のことを大して好きではなかったろうが、私の知性を軽んじた事は一度もなかった(そんな事があったなら、<<本当に>>耐えることはできなかっただろう)。
たとえば陸軍において、私はAGCTと呼ばれる知能テストのようなものを受けた。AGCTがなんの略なのかは忘れてしまった。私のスコアは160で、このテストを行っている陸軍の人間は誰もそんなスコアをそれまで見たことはなかった。それは最高得点ぎりぎりだったはずだ。私はガートルードに電話でこの事を伝えた。
その次の休暇において、私が160を取ったという事を彼女が友達に話した時のことを彼女は怒りながら私に話してくれた。「116のことでしょ*4」、とその友達は言ったという。「違うわ」、ガートルードは言った。「160」よ。
友達は言った、「どうして分かるの?」
ガートルード、「アイザックがそう言ったからよ」
友達は笑ってこう言った、「嘘ついたのよ」、そしてガートルードを激怒させてしまった。
興味を持って私はガートルードに、「私が嘘をつかなかったって、どうして分かるの?」と訊いた。
私は彼女に私が嘘を言った事は一度もないという単純な事実を言ってもらいたかったのだ。しかし彼女はそう言わなかった。その代わり彼女はこう言った。「あなたには160なんて普通でしょ。なんで嘘なんかつかなきゃいけないの?」
そしてまた20年ほど経った後、最初のダブルデートをアレンジした女の子だったリーが、うちにやって来た。(その頃までに、彼女はジョー・ゴールドバーグと結婚して離婚していたと思う。)彼女はガートルードにこういった。「アイザックと最初に会ったとき、彼が今みたいになるなんて、想像した?」
「勿論よ」、とガートルード。「そうなると思ってたわ」
「なんでそんなことが分かってたの?」
「それはね、最初に会ったとき彼がそうなるよと言ったからよ」
フレデリック・ポールについても同じような話がある。私達両方が陸軍を除隊した時、彼が私に言ってきた。「俺のAGCTは156だったよ。君のはどうだった?」
躊躇してから、遠慮がちに私は言った。「すまない、フレッド。160だったよ。」
彼は、「オー、----」*5
しかし彼は私の言葉を疑いはしなかった。彼を負かす為に嘘をつくなんて私にはできない事を、彼は知っていたのだ。私は何よりもこういった点から、彼のことが好きなのだ。

*1:原文"a vertical dispense of round containers of Copenhagen snuff"

*2:アシモフの弟

*3:他人の抱える問題なんて、なかなか分かるものじゃないという話。

*4:"One hundred sixty"と"One hundred sixteen"を間違えたのじゃないかと、いうことですな。

*5:倫理規定により、削除が行われたと思われます。笑