P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

48. アーサー・チャールズ・クラーク

1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第48セクション「アーサー・チャールズ・クラーク」の翻訳です。

アシモフハインラインと共にビッグスリーの一角を成す、というか成していたクラークについてのセクションです。以前、SF作家・関係者についてのセクションは訳さないつもりと書きましたが、えー、心変わりしました。だってこのセクション楽しいもん!と。アシモフとクラークのやり取り、いいですねぇ(とかのんびり言ってたら、不謹慎と言われるかもしれないが)。ヴォネガットはSF作家のこの手の馴れ合いを嫌ってましたが、まあそんな固いこといわんでも、って思います。なので、一人訳した以上はもう他の人のも訳していかねばということで、他の作家陣もセクションを戻って訳していきます。


48.アーサー・チャールズ・クラーク
アーサー・チャールズ・クラークは英国(Great Britain)にて1917年の終わり頃に生まれた。彼もまた科学の徹底した教育を受けたサイエンス・フィクション作家の一人で、物理学と数学に非常に熟達していた。
彼と私は、今ではサイエンス・フィクションのビック・ツーとして広く知られている。1988年の初めまでは既に語ったようにビッグ・スリーだったのだが、アーサーが小さな蝋人形を作り、長いピンでもって...
少なくとも、彼はそう話してくれた*1。多分、彼は私を元気づけようとしたのだろう。しかし、私は彼に、もしビッグ・ワンになったならば、それはとても寂しいものだろう、と私は思うよとはっきり伝えておいた。その事を考えてみて、彼は涙を浮かべそうになっていた。なので、私は安全だろう、と思う*2
私はアーサーの事がとても好きである。40年にも渡ってだ。我々は何年も昔、とあるタクシーの中である協定を結ぶ事になった。タクシーはその時、パーク・アベニュー*3の南側を走っていたので、それはパーク・アベニュー協定と呼ばれることになった。それによると、私は質問された際には、アーサーこそが世界第一のサイエンス・フィクション作家であると答えることになっている。ただ、さらに質問されたなら、私は彼のすぐ後ろまで迫ってきていると答えてもよいことになっている。その代わり、アーサーは、永遠に、私こそが世界第一のサイエンス・ライターである、と述べることになっている*4。彼はそう言わなければならないのだ。そう信じていようが、いまいが。
私は彼が私の作品から賞賛を得ているかどうか知らないが、しかし私は彼の作品に関してしょっちゅう非難を受ける。人々はどうも我々を混同する傾向があるようなのだ。我々両方とも、アクションよりも科学的アイデアがより重要である、知性に訴える物語を書くからだろう。
多くの若い女性が私にこう言って来た、「オー、ドクター・アシモフ、私はあなたの「幼年期の終わり」はいつものあなたの水準に達していないと思いますよ」。私はいつもこう答えている、「そうですね、お嬢さん、だから私はそれをペンネームで書いたんですよ*5
ところで、「幼年期の終わり」は、私の愛する妻のジャネットが最初に読んだサイエンス・フィクションの本である。彼女の将来の夫による「我はロボット」は2冊目であった。しかし我々のどちらも彼女の文学的選好のトップとはなる事は出来なかった。彼女の好きなサイエンス・フィクション作家はクリフ・シマックであり、これは趣味のよさを示しているとおもう。
アーサーと私はサイエンス・フィクションについて、科学について、社会的問題について、そして政治について同じ見解を共有している。それらのことについて彼と意見を違えたことは一度もないのだ。これは彼の知性の明晰さを表しているといえよう。
勿論、我々の間にも、いくつかの違いはある。彼は禿げていて、私より2歳年寄りで、そしてまた私ほど見栄えがよくない。しかしまあ彼は、2番手にしてはなかなかよい奴ではある。
その最初から、アーサーはサイエンス・フィクションと、科学のより空想的な側面に(the more imaginative aspects of science) に興味を持っていた。彼はロケット工学への初期の帰依者であり、1944年には、通信衛星の利用について述べた、最初の真面目な科学論文を書いた。
サイエンス・フィクションの執筆に取り組むようになった彼が、アメリカの雑誌で最初に掲載されたのはASF1946年4月号の抜け穴 Loophole(短編集「前哨」収録)である。彼はすぐさま成功した。
アーサーは彼が学生だった頃、同級生から「エゴ」と呼ばれていた事を愉快げに認めている。しかし、彼はフィクションもノン・フィクションも同じようにたやすく書く事ができる非常に頭のいい人物だ。そのエゴにも関わらず、彼は非常に愛すべき人物で、彼についての真剣な悪口は聞いた事がない。ま、私は色々と彼への真剣ではない悪口を言っているが−−だがこれはお互い様なのだ。彼と私は、私がレスター・デル・レイや、ハーラン・エリスンと持っているのと同じ、悪口を言い合う関係をもっている。どうも女性は時折このおふざけに驚かされるようだ。彼女達は、「よう、このバカ年寄り野郎」というのが「こんにちわ、我が敬愛する、魅力あふれる友人よ」を意味するという男性のつながりを理解していないようだ。
といわけで、アーサーと私はそういう挨拶をするのだが、当然、正しい英文法にのっとって行う。しかしながら、その中にいくばくかのウィットを注入してゆくのだ。たとえば、飛行機が墜落して半数ほどの乗客が助かったという事があったのだが、そのうちの一人が地面へと向かっている危険の真っ只中、アーサー・C・クラークの小説を読んで気を静めていたそうで、これがニュース記事として報道された。
アーサーは、いつもそうするように、すぐさまその記事のコピーを500万部とり、彼が知っているか名前を聞いたことがある人間全員に記事を送りつけた。私も一つ受け取ったが、そのコピーの下の部分には手書きで、「その乗客が君の小説を読んでいなかったとは、なんと不幸なことだろう。そうしたらその試練の間、彼は眠りこけていられただろうに」と書かれてあった。
私はすぐさまアーサーに返事の手紙をおくり、こう伝えた。「実のところ、その乗客が君の小説を読んでいた理由は、もし飛行機が墜落しても、死すらその読書からの救いとなるように、ということだったのだよ」
アーサーは雑誌サイエンス・フィクション作家*6の中ではもっとも裕福な者の一人ではないかと、私は思う。彼は何冊ものベストセラーを書き、そしてど派手なサイエンス・フィクション大作映画の最初のものである2001年宇宙の旅を含めた何本もの映画に係ってきたのだから。
彼はかつて短い間だけ結婚していたが、その後は気楽な独身生活を楽しんでいる。一時期、彼は熱心なスキューバ・ダイバーであって、実際、そのダイブの最中に死にかけたこともあった。

*1:つまりハインラインはクラークに呪殺されたのだと...

*2:当分、クラークがアシモフの人形を作ることはないだろう、ということですね。

*3:ニューヨーク市内。

*4:全然、SFと関係ないですがちょっと思い出したので。今週号のニューズウィーク日本語版にはスティグリッツの記事が載ってるんですが、その記事によるとスティグリッツと、オバマ政権に入っているサマーズは(どっちも大物かつ天才と呼ばれる経済学者)は仲が悪いそうで、サマーズはスティグリッツのことを訊かれると、「偉大な経済思想家」と答えるそうです笑。

*5:幼年期の終わり」はクラークの代表作。

*6:SF雑誌出身ということでしょう。