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P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

ハインライン:1941年第3回世界SF大会スピーチ (3)

ハインラインの1941年第3回世界SF大会でのゲスト・オブ・オナー・スピーチ翻訳の第3回目です。今回で終わりです。訳してみて改めて発見しましたけど、ハインラインはこの1941年の時点でJ.G.バラードが後に「内宇宙」に関して言うようなことをすでに言っているんですね。まあ、"Speculative Fiction"という言葉を作ったのがそもそもハインラインですしね。あとこの時点で膨大な情報の問題を取り上げていることもすごいなと思います。でも、どちらもその後、ハインラインがとくに深く考え続けたとは思えないのが残念ですが*1
さて今回で1941年のゲスト・オブ・オナー・スピーチは終わりですが、20年後の1961年の世界大会でハインラインは「未来再訪」というタイトルでまたスピーチを行っていますので、それも訳していくつもりです。とはいえそれは来年になりますので、2009年はここまで。
ではみなさん、良いお年を!


ハインライン:1941年第3回世界SF大会スピーチ(3)未来の発見
驚くべき事は、データが本当に存在していること、です。このごろでは、科学の世界の小さな一分野でもカバーするのは、だれにも望む事すらできない事は*2、神がご存知です。しかしながら、私はこの悩みを解決する方法があると思っています。我々にはまあまあというところでしょうが、我らの子供達にはかなり良くなるものが。それはその目的をカバーするためだけの新しい技術の創出です。百科事典(encyclopedists)、あるいは私の好みの呼び名を使うと解説の統合者(interpreter-synthesists)とみなされるような人達、つまり専門家が何を知っているかを見つけ出し、そして人類種が集めた膨大な、信じがたいほど膨大なデータの、その精密な全体像でなくとも、少なくとも大まかなアウトラインを我々がつかめるように、整理して我々に伝えることを仕事とする人達です*3。事実を、つまり今この瞬間までに起こった物事を元にすれば、より良い予測を、今この瞬間の後の我々の生活をより良く計画する事ができるようになります。
現在までにおいて、そういった試みを本当になした統合者はたった一人しかいません。そしてそれが、サイエンスフィクション作家の中のおそらく最も優れた作家であった事に、私は深く喜ぶものです:H.G.ウェルズ。ウェルズのその(訳注:統合者としての)仕事は、多分、それほどよいものではありません−−神よ、許したまえ!彼には、チャンスがなかったのです。彼の前には誰もいなかったのです。彼こそが、パイオニアであり、彼がそれを始めたのです。しかしH.G.ウェルズは、彼の3部作、世界文化史(The Outline of History)生命の科学(The Science of Life)、そして現代世界文明の展望 人間の仕事と富と幸福(The Work, Wealth, and Happiness of Mankind)*4、によって、私が知る限り、過去も未来も、我々に関する全てについての世界の全体像を我々の為に、我々が一歩後ろに下がって、我々自身の事をみつめてみる事ができるように、描こうとした唯一の作家です*5
将来は、より良くなるでしょう。とにかく、それは偉大な仕事であり、彼がそれをやったという事実、とにかく試みてみたのだという事実が偉大なことなのです。素晴らしい仕事です。彼がそういった仕事をやった、我々の為にそういう事を試みてみたという事が、私には彼のScientific Fantasies*6がその予測において、この分野の、あー、私のものも含めた多くの商業作家のそれよりもずっと正確であった理由であるように、私には思われます。私はH.G.ウェルズほどには知識がありません。おそらく、H.G.ウェルズ並に知る事はないでしょう−−私の予測は同じように正確になりようがありません。
しかし、H.G.ウェルズの3部作について考えてみた後、その彼の描いたものの隙間を埋めるために、関連した(assorted)作家による本を何冊か上げてみるのも面白いのではないかとおもいました。少なくとも私にはそうですし、皆さんにとってもそうである事を期待します。そして−−ある程度まで、それは博士号を持つ人たち(Sc.Ds and Ph.Ds)ですら持つ事のかなわない広い包括的な科学的教育の欠如を埋め合わせる助けになるでしょう。
では、数学はどうでしょう?数学者でない人たち、つまりそれに特化して人生を費やすわけではない人たちが、数学とは何についてのものなのかを理解する助けとなる一冊、といったものはあるでしょうか?私はそういった本に出くわしました。それはKasnerNewmanによるMathematics and the Imagination*7という本です。それを読むのに、数学の教育は必要ありません。私には、それは非常に刺激となる本、興味深い本でした。それを読み終えた時には、すくなくとも数学者が何を、なぜしているのか、わかるようになります。
その他に、これは我々が普通思っている事にまったく反していますが、数学は科学ではないという事も発見するでしょう。数学は科学ではまったくないのです−−それは記号論(symbology)のみせる姿の一つなのです。アルファベットと共にね。ですから、たとえば、数学を発見するなどという事はないのです。数学は発明されるのです。それは発明されたアートであり、科学とは、道具として以外、直接にはなんの係わりもありません。それでも、あなたは一般の人々が数学を科学として語るのを何度もきくことでしょう。その内部にデータなどないのですから、それは単純に違うのですが。そのひとかけらにいたるまで、純粋に発明されたものなのです。掛け算の表ですらです。ええ、2かける2が4なのも、数学における発明であり、事実ではありません。
他の本に移りましょう。物理では、エディントンのNature of the Physical Worldがあります。これはこれまで書かれたうちでもっとも魅力的な本の一冊、もっとも分かり易く、そして明晰に書かれた本の一冊だと思います。これは現代の物理学の美しいバックグラウンドを教えてくれます。これはだいたい15年ほど前のものなので、サイエンス・フィクションの小説でいま使われている多くのことについて知るには、補完してくれるものが必要になります。私自身の現時点への補完の為に手に入れた本は−−ご存知のように、私はエンジニアであって、職業物理学者ではありませんから−−1940年に出版されたホワイトのClassical and Modern Physicsです。私が知る限りで、これは現代物理についての最新の本であります。
Physical ReviewNatureといった雑誌にはより最新のことがのっていますが、しかしこの本はウラニウムの分裂についてまでカバーしています。核物理についてもカバーしており、またなんとか到達した時には他の天体で生命を発見できる可能性の高さについての考察まであるのは、とてもうれしい事です*8。職業科学者からのものとしては、とくに物理科学の分野からのものとしては、非常に刺激的なものです。わたしがこの本を選んだのは、ホワイトがバークレイの核研究所のローレンス(Lawrence)の同僚(associate)だからです。言い換えると、彼は現場にいて、自分が何を語っているのかちゃんと知っているわけです。これが1940年、そのときまでのベストの現代物理の本です。
天文学に関しては、我々が生きるこの物理世界の大きな概観に関する一般向け読み物*9としては、Astoundingに連載されたジョン・キャンベル*10のもの以上のものにはまだお目にかかった事がありません。彼の太陽系についての連載は1936年に始まり、15か16号にわたって続きました。私はずっと、彼がそれを続けて、恒星間宇宙、銀河、そしてその他の分野について書いてくれなかったのが残念でした。しかし、そうではあっても、キャンベルによる太陽系についてのその連載を読んだ人はだれであれ、世界が平面であるかのような認識を持たなくなります。大半の一般の人たちとは違って。もちろん、サイエンス・フィクションの分野ではそんな事はありませんが−−わたしが言っているのはサイエンス・フィクションのファンの間では、ということです*11
(私は何度も人類種が二つに分かれているかのように、分けることができるかのように話しています。つまり、サイエンス・フィクションを愛する人たちと、そうでない人たち。私がその時々で、どっちの事をいっているか、皆さんはちゃんと判断できると思います。そう願います。)
経済学の分野、これは不完全な科学ですが*12、しかしそうではあっても、皆さんが多分無視はできない分野です。この分野では、私が読んだもっとも素晴らしい本はMaurice Colburn*13による、Economic Nationalismです。このタイトルはその内容をちゃんと伝えていません。ですが、とにかくそれがこの本につけられたタグですから。
Jim FarleyのBehind the Ballotsは、私が読んだうちで政治の実際のデータをおそらくもっとも良く記録したものです。しかし、政治ですから−−私は政治の分野での本を人に読む事を薦めようとはおもいません。
外にでて、自分自身をみつめてみてください。あなたが耳にするそのほかの事など、たわごとにすぎません。
私に大きな影響を与えた本、私の心への重要な鍵となった本、ページをめくっていった本のリストの最後にきました。それはこの必読のリストのトップにくるものです。すべての人がその本を読む事ができたら、と思います。あまり多く印刷されていませんから、全ての人が手にする事はできないでしょうし、そもそも全員にこの特殊な本を読む事ができる、というわけでもありませんが。皆さんならできるでしょう−−それを読むための想像力をもっていますから。それはアルフレッド・コージブスキーScience and Sanityです。コージブスキーは、ポーランドの偉大なる数学者の一人でしたが記号学の分野に進み、何が我々を動かしているのかを見つけ出そうとして、E.T.ベルの先駆的業績からなる厳格な実験と観察の形式を利用して研究をおこないました*14
E.T.ベルに基づいた厳格な認識論に[原稿がこの部分で破損しており、いくつかの言葉が失われている]...認識論の記号学です。この本は意味論の主題に言及していています。皆さんの多くとの会話からすると、認識論や意味論といった言葉に皆さんはなじみがなくはないようです。ですが、なじみがないという人もいるでしょうから、いったん止まって、それらの言葉について定義を与えておくことにします。
意味論とは単純に、我々がコミュニケーションする為に使うシンボルについての研究です。一般意味論はその研究の拡張で、我々がそういったシンボルをどうのように評価しているのかを調べるものです。認識論は、我々がを知っているのか、どうやって知るのかについての研究です。たぶん、これはそんなにエキサイティングには響かないでしょう。しかし、それはエキサイティング、非常にエキサイティングなんです。あなた自身の心の中に入り込み、あなたが知っていることについて、あなたが知る事ができることについて、そしてあなたが知る事が到底できないことについて調べるというのは、知的冒険の観点からみて、個人がふけることができるもっとも素晴らしい冒険だと、私は思います。宇宙船よりもです。
もし偶然に、どなたか次の5、6週間の間にデンバーへ行くことのある方がいらっしゃったら、アルフレッド・コージブスキーの話を直接聞く機会を、残りの限られた機会のひとつを得ることができます。かれはそこで開かれる集会(これと似たようなものです)出席するのです。世界中から意味論学者が集まります。ロサンゼルスからMcLean、アイオワからジョンソン、MillsカレッジからReisser、カナダからKendig、そしておそらくハヤカワ*15、世界のトップの意味論学者達が、コージブスキーの話を聞きにやってきます。
彼の本を読むより、彼が話すのを聞いた方がずっとよいでしょう。タイプライターや印刷は彼を縛ってしまいます。しかし話す時にはまったく違ってくるでしょう!身振り、手振り、彼は私みたいに手を演台にしばられたままでいたりはしません。舞台の上を歩き回り、腕を振り回し、そして彼が言葉に引用符をつけるときには、彼はそれを...[例を示す。観客の笑い]。そして、彼が本当に言いたい事を知る事ができます。偶然ですが、彼はコナン・ドイルによるチャレンジャー教授の描写から、ヒゲを剃ったすがたに良く似ています。ダイナミックな人物です。
彼を個人的には好きにならないかもしれませんが、しかし彼はすくなくともアインシュタインなみに偉大な人物です。少なくとも。なぜなら彼の分野はより大きいですから。アインシュタインが行ったのと同じ類の仕事、おなじような手法を使った同じような仕事ですが、より広い範囲で、そして人間により身近なことについてです。皆さんのうちの誰かが彼の話を聞けたら、と思います。これは残りの限られた機会の一つといいましたが、それはかれはすでに70歳を越えているからです。彼が言うには、「私はそのうちに固まってじまうだろう、そのうちずぐに、固まってじまうだろう」*16。かれはその言葉で、死を意味しています。
彼はcolloidal chemistryの言葉で話しています。正確です、これはとても適切なのです。彼は長く持たないでしょう。それまでの間、彼はH.G.ウェルズが描写に関しておこなったような記念碑的仕事をなし*17、そしてこの二人は我々の知的水平線、今日の我々の知的マトリクスに立つ巨人として、まるでエンパイヤー・ステート・ビルディングのごとくそそり立つのです。
私はおもにサイエンス・フィクションについて話そうとして始めましたが、自分の趣味のいくつかに着地してしまいました。プロットとキャラクター達によって縛られないでいいというのは、私にとっては贅沢なことです。この場では、言いたい事を言ってよく、問題になりません。
私自身サイエンス・フィクションを、ガーンズバックがElectrical Experimenter*18にそれを載せ始めたとき以来、読んできました。そして、私はArgosyに載ったものを読み、カンサス市立公共図書館で見つけられる全てを探しだしました。私の家族の全員が図書カードを持っていました。7人家族でしたので、私は一度に何冊もの本を借りていく事ができました*19。その為、私はいまではメガネをかけています*20。2年前、一連の事情の結果、書き出すことになるまで、私は自分で書いてみようと思った事はありませんでした*21。最初の作品*22で大当たりする事になったので、私は書き続けてきました。それによって人々からお金をもらえる、ということを発見して、私は驚いたものです−−そしてまだ驚いています*23
私がやがて書かなくなる、というのはありそうな事です。起こっている事からすると、私は多分、しなければならない別の事をやる事になるでしょう*24。ここにいるほかの人たち同様、好むと好まざるとにかかわらず。しかし、健康で、歯を折られる事がなければ、後少なくとも50年はサイエンス・フィクションのファンでいたいと願っています*25
私が本当にやりたい事は、できるだけ長くこの世にとどまって、世界の成り行きを眺めること、なにか、それが何であれ、私が望むような変化が起こる事を見届ける事です。

*1:ただし情報の方に関しては、下の注にも書くように「犬の散歩も引き受けます」を書いている。

*2:こういう言葉、最近でも聞いた事がある気がする。「最近の若い者は...」と同じか。

*3:なんとなく小松左京を思い出す言葉だ。ところで、ハインラインはこのアイデアを使って[http://www.amazon.co.jp/dp/4150106738:title=「犬の散歩も引き受けます」]を書いている。この短編はそのなかに昔のSFの発明コメディを内包しつつも、大枠のアイデアは、通信技術の利用により偏在する情報を集約するサービスには需要があるというものなので、90年代インターネットが一般化しつつあったとき、そして2000年代にグーグル(や、はてなの人力検索)などがそのサービスを開始するようになったとき、などそのたびに思いだした。これを当時の、そして後のSFの情報問題への解決、つまりなんでも知っているマザーコンピュータと比べると、ハインラインがいかに技術だけでなく社会をその考察の中にいれていたかが良くわかる。ただしこの短編自体はあくまで当時の流れにそったSFコメディであるし、ハインラインは結局このアイデアをその後、発展させなかったとおもう。とはいえ、ビジネス書やノン・フィクションを書くわけでなし、SFとしてはなかなか発展させづらいかな。

*4:[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?oldid=29724127:title=Wikipedia]によると、ラスキやケインズも執筆に協力したらしい。

*5:最初、小松左京も、と思ったが、こういう方面だとちょっと違うか。アシモフはどうだろう?色々な分野について書いた、のと世界の全体像を描こうとしたは別だから、違うかな?

*6:ここでハインラインが言っている"Scientific Fantasies"というのは、自身の「魔法株式会社」などにつけられるラベルのScientific Fantasyの事をいっているとは、思われない。Science Fictionのラベルが確定するまで[http://en.wikipedia.org/wiki/Scientific_romance:title=Scientific Romance]のような色々なラベルがあったわけで、"Scientific Fantasy"というラベルも当時存在したんだろうか?

*7:この本において初めてGoogleの名前の元になった[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?oldid=28728228:title=Googol]という数学用語が初めて紹介された。

*8:原文"it delighted me to find the thought that, very likely when we got around to it, we'd find life on other planets"。

*9:原文"popular notion"。

*10:Astoudingの編集長。現代SFの基礎を築いた人。

*11:SFだと、ほんとに平面の世界が出てくる事もあり得るから、SF作品とファンを分けたんだろう。

*12:笑い。

*13:他の人たちはネット上で解説が見つかるくらいには有名なんだが、この人についてはダメだった。

*14:原文"worked up in strictly experimental and observational form from the preliminary work of E.T.Bell"。

*15:なるほど。早川書房がSFを出すのは運命であったのだ!

*16:原文"I vill coagulate someday, I vill someday soon, I vill coagualte"。

*17:原文"he's done a monumental piece of work that H.G.Wells did in the matter of description"。

*18:ガーンズバックがAmazing Storiesを出す前にやっていた雑誌。SF雑誌ではなく、技術についての雑誌であったが、小説なども載っていた。その雑誌でのSF小説の人気ゆえに、ガーンズバックはAmazingを始めた。

*19:家族のカード全部を使って、本を借りていったということですな。

*20:うんうんとうなずきかけて、え?ハインラインがメガネをかけている写真は見た事ないな。コンタクトを使うようになったんだろうか?

*21:これはアシモフとは全然違うな。

*22:[http://www.amazon.co.jp/dp/4150106703/ref=sr_1_2?ie=UTF8&s=books&qid=1262169714&sr=8-2:title=「生命線」]の事。

*23:原文"it beats working"。

*24:真珠湾の後、ハインラインは軍の研究機関で働き始めるが、この時点でもなんとか軍に戻りたい(彼は軍を病気除隊している)と思っていたということだろうか?作家業には満足していなかったという事か、あるいは単に作家なんて浮き草、と思っていたという事だろうか?とにかくなんであれ、人気作家の彼にこういうことを目の前で言われて、会場にいたファンは動揺しただろうな。

*25:ハインラインは1988年に亡くなっている。