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P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

クルーグマン:「エコな経済をつくる:環境経済学サーベイ」(9)

一ヶ月ぶりとなりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?さて、久しぶりに翻訳をしました。ニューヨーク・タイムズ・マガジンというニューヨーク・タイムズの日曜版についてくる小冊子に掲載されたクルーグマンの気候変動対策関連の経済学サーベイの翻訳の、その(9)です。はい、いきなり(9)です。
実はこの記事を見つけた時、これ訳したら受けないかな?と思ったんですが、結構長い上に色々と忙しい時期だったので自分で訳す事はできませんでした。なのでtwitter上で誰か訳してくれませんか?と訊いてみたところ、optical_frogさんが快く引き受けてくださり、この(9)までの部分を訳していただいたわけです。ですがようやく私の方も時間ができましたので、記事の最後の節を訳す事ができました。ですので、興味をもたれた方はoptical_frogさんのブログに掲載の(1)から読んでみてください。


エコな経済をつくる:環境経済学サーベイ(9) ポール・クルーグマン ニューヨークタイムズマガジン 2010年4月5日ゆっくりいくか(ランプ)、いきなりやるか(ビッグバン)
気候問題政策について分析を行っている経済学者達は、何点かの問題については合意に達している。炭素排出に価格をつけなければならないという事、その価格は最終的には非常に高いものにならなければならないが、しかしその政策からの経済へのネガティブな効果は手に負えるサイズのものになるだろうという事については広範なコンセンサスがある。言い換えると、気候変動を抑えるための行動は取れるし、取るべきだということだ。しかし、いつ行うか、炭素価格は十分なレベルへとどれくらい早く上昇するべきかについては、知識のある研究者の間にも激しい議論がある。
議論の一方は、長年にわたり統合アセスメント(integrated-assessment)モデルと呼ばれるものについて研究してきた経済学者達だ。これは気候変動のモデルに、地球温暖化からのダメージと排出削減のコストの両方のモデルを組み合わせたものだ。この経済学者達からのメッセージは大体のところ、聖オーガスティンの有名な祈りの言葉、「純潔と禁欲をお与えください。ただし今すぐではなく。」の気候バージョンといったところで、ノードハウスのDICEモデルは炭素排出の価格は最終的に1トン当たり200ドル以上、つまり事実上石炭の価格を4倍以上にしなければならなければならないとするが、しかしその上昇の大半は今世紀の後半に行われるべきだとしている。最初のうちは1トン当たり30ドルほどのかなりゆるい料金で始める、と。ノードハウスは長期間にわたってゆっくりと上昇させていくこの政策の提言を「気候政策ランプ*1」と呼んでいる。
もう一方の側はこの分野にもっと最近やって来た者達で、同様のモデルを使っているがしかし違った結論に達している。一番有名なのは、ニコラス・スターン(Nicholas Stern)だろう。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの経済学者で、排出を抑えるための迅速かつ積極的な行動を2006年に主張した。これはもっとずっと高い炭素価格を意味することになるだろう。この対案には一般的な名前がないようなので、「気候政策ビッグバン」と呼ばせてもらいたい。
こういった主張を理解する一番いい方法として私が発見したのは、炭素排出を削減する政策を公的投資のプロジェクトと考えるやりかただ:今、お金を支払って、ダメージのより少ない惑星という形での利益を後々受け取る、ということだ。そしてこの後々というので、僕はかなりの後々を意味している。今日の排出は大気中の炭素の量に何十年も影響を及ぼす。もしかしたら何世紀もの未来に渡ってだ。だからもし排出削減への投資に価値があるかどうか判断したいなら、大気への追加の炭素一トンが及ぼすダメージがどれだけなのか、今年の分だけでなく、これからの一世紀分、あるいはそれ以上について推計しなければならない。さらに、実現するのに非常に長い時間がかかる損害についてどれだけのウェイトをおくのかについても決定しなければならない。
ランプ政策の提唱者達は大気への追加の炭素1トンによるダメージは、現在の濃度においては結構小さいと主張している。そのコストは空気のなかの二酸化炭素がもっとずっと増えるまでは大して大きなものにならないし、それは今世紀の後半になるまでは起こらないだろう、と。そして、そんなずっと先の未来のコストは今日の政策に大きな影響を及ぼすべきではないとしているのだ。投資家達が遠い未来での利益や損失について小さいウェイトしかおいていない事を市場の利益率が示している点を指摘して、彼らは気候政策を含めた公共政策もまた同じ事をすべきだと主張している。
ビッグバンの提唱者達は、政府は民間の投資家達よりもずっと長期的な視点を持つべきだと主張している。とくにスターンは、政策決定者達が将来世代の厚生について、我々が現在生きている者のそれに与えているのと同じウェイトを置くべきだと主張している。さらに、素早い行動の主張者達は排出からのダメージは、地球の気温がこれまで考えられていたよりも温室ガスの排出により敏感であるから、あるいは気温の大きな上昇からの経済的ダメージが気候のランプモデルにおける推測よりもずっと大きなものだからということで、ランプ政策の研究者達が考えているよりもずっと大きなものになるかもしれないと考えている。
職業的な経済学者として、私にはこの議論はとてもつらいものだ。両方のサイドに頭が良く、良い意図を持った人たちがいて、さらにその一部は私の古くからの友達だったり指導者だったりもするし*2、どちらの側も重要な点をついてもいるんだ。だが残念ながら、名誉ある引き分けを宣言してしまう事はできない。選択をしなければならないからだ。
個人的には、僕はビッグバンの方に傾いている。まだ生まれざる世代を我々自身と同じく愛おしむべしというスターンの道徳的主張はあまりにも強すぎるだろうが、しかし公共政策は私的市場よりもずっと長期的な視点を持つべきという主張のための説得力を持った根拠はある。さらに重要な事に、ランプ政策の処方箋はあたかもこの惑星全体を使ったとてもリスキーな実験を行っているかのごときものなんだ。たとえば、ノードハウスの望む政策は、産業化以前の平均の2倍ほどのレベルで大気中の二酸化炭素濃度を安定させることになる。彼のモデルにおいては、これは世界全体の厚生へはさほどの効果をもつものではない;しかし、このことに我々はどれほど確信をもちうるんだろうか?環境のこういった変化が崩壊につながらないと、我々はどれくらい確信をもてるのだろう?あまりもてない、と僕は思う。なんと言っても上でも述べたように、気候モデルの作成者達が、このたった数年で将来の気温上昇の推計を大きくひき上げているという状況なのだから。
そういう事なので、私は基本的にマーティン・ウェイツマン(Martin Weitzman)の主張、我々の政策分析は大惨事の無視できない可能性に基づいたものであるべきだ、に組することとなった。そしてこの主張は排出を抑える為の積極的な行動をすぐに取る事をもとめるものなのだ。

政治の風向き
上に述べたように、課員はMaxman-Markey法案をすでに通している。これは温室ガス排出削減を目指した、かなり厳しい法案だ。ビッグバンの支持者達が主張するほど厳しいものではないが、しかしランプ政策の提案よりはずっと素早く対応するもののようだ。しかし去年の6月に行われたWaxman-Markeyの投票は、極度に分裂した議会の現状を示すものだった。共和党はたった8人が賛成に投票し、44人の民主党が反対に投票した。そしてもしこの法案が今提出されていたなら、通る事はなかっただろうというのが今の見通しだ。大抵の法案の成立には60票が必要な上院*3ではさらに悪いものになっている。エネルギー生産州や農業州選出のかなりの数の民主党上院議員がキャップ・アンド・トレードに反対している(現代のアメリカ農業はとてもエネルギー集約的なんだ)。過去には、一部の共和党上院議員がキャップ・アンド・トレードに賛成していた。しかし高まり続ける党派性により、かれらの大半は宗旨替えをしてしまった。もっとも派手な方向転換はジョン・マケインのそれで、2003年にはMaxman-Markeyと全体として似た法案を提出してキャップ・アンド・トレードの旗振り役であったのに、今日ではマケインはその考えを「キャップ・アンド・タックス(税金)」とよんで攻撃し、かつての仲間達を失望させている。
それから、アメリカ東海岸では今年の冬はとても雪が多かった事が環境問題懐疑派を大喜びさせた。世界的には記録に残っている限りでもっとも暖かい冬の一つだったのだが。
そういうことで、気候問題対策への直近の見通しはあまり望みあるものには見えない。3人の上院議員、ジョン・ケリー、ジョセフ・リーバーマン、そしてリンゼイ・グラハムによる妥協案を見つけようとする進行中の努力にも関わらず(彼らは今月末に法案を提出することを予定している)。しかし、この問題が消え去る事はない。ワシントンの外の世界での、今年に入ってからの記録的気温がこのまま続いて、気候問題懐疑派からその中心的根拠の一つをうばってしまう可能性はかなりある。そしてさらに一般的に言って、2005年以来、政治の場での共通認識は恒久的共和党支配から、恒久的民主党支配へ、そして一体全体何が何やらへまで変化しているのだから、近年のアメリカ政治における変化・変動を考えるに、気候変動についての行動への政治的支持が復活する可能性も確かにある。
もしそうなった時には、経済分析はすでに完了している。どうやって温暖化ガスの排出を制限すればいいのかを我々は知っているのだ。コストについてもかなりよく分かっている。そしてそれは手に負えないようなものではない。我々がいま必要なのは、政治の意思なんだ。

*1:一般道から高速道路へ入っていくためのあのぐるぐる回るもの。

*2:ノードハウスはクルーグマンの[http://cruel.org/krugman/incidentsj.html:title=大学生時代の教師]。

*3:上院議員数は100人なので本来なら51票、あるいは50票(50対50で分かれた場合は、議事進行を行う副大統領が投票できる)で成立するはずですが、filibustrerと呼ばれる投票妨害(議論を終わりなく続けて投票に持ち込まない)が伝統として容認されており、これをやめさせるのに60票が必要になります(ということに上院の慣習によりなっている)。