P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

ベスター:回想 2

アルフレッド・ベスターの自伝的エッセイ"My Affair with Science Fiction"の翻訳の2回目です。今回は(ちょっと他のSF作家達にも触れますが)、ベスターのコミックブックの原作者時代の話がメインです。


次の2年間で私はたぶん10本と少しくらいの採用された(acceptable)作品を書いたと思うが、その全部がダメなしろものだった。私は技量も経験もなく、試行錯誤しながら学んでいかなければならなかったから。私はものを残しておく人間ではなく、自分の原稿すら残していないのだが、しかし私の名前が出た最初の4つの雑誌の表紙だけは手放さないでいる。スリリングワンダーストーリーズ(価格15セント)。表紙の左端下*1に「ライフ・レイの奴隷達、アルフレッド・ベスターによる驚愕の中篇」とある。この号のメインの作品は、「タイタンのトラブル、アーサー・K・バーンズによるゲリー・カーライルの長編」だった。別の号でも、私は同じブルペンに押し込められていた。「未知への旅 (The Voyage to Nowhere)、アルフレッド・ベスター」。もっとも面白い表紙は、アストニッシングストーリーズ(価格10セント)での私の最初のカバーストーリー、「ペット・ネビュラ(The Pet Nebula)、アルフレッド・ベスター」だ。その表紙は、若き天才科学者が研究所で巨大な放射性のタツノオトシゴのようなものと立ち向かうさまを見せている。もし作品の内容を思い出したら、死ぬね。
そういった表紙に載っていたほかの名前は、ニール・R・ジョーンズ、J・ハーベイ・ハガード、レイ・カミングス(この名は覚えているな)、ハリー・ベイツ(彼のも)、ケルビン・ケント(なにか馬の名前みたいに聞こえる)、E・E・スミスPh.D.(しかし、勿論)*2、そしてヘンリー・カットナーが私のよりも上に表記されていた*3。彼の名は左端上にあった。
モート・ワイジンガーは私を30年代後半の現役のサイエンスフィクション作家たちの非公式な昼食の集まりに参加させた。私は後にルイス・パジェットとなるヘンリー・カットナー、エド・ハミルトンイアンドォ・バインダーの書き手の半身、オットー・バインダーなどに会った。イアンドォはエド(Ed)とオットー(Otto)のバインダー兄弟の頭文字をまとめたような名前だ。E・アンド・O。エドは独学のサイエンスフィクションイラストレーターで、あまり上手くはなかった。海軍中心の宇宙もの*4の作家のマルコム・ジェームソンもいたが、彼は背が高く、痩せて、若くてして髪が白くなっており、ゆっくりと重々しく喋った。時折、彼は誰もが振り返ってしまうかわいらしい娘を連れてきた。
その昼食での活発な司会者は、地域の逸話をいくつでも知っているプロフェッショナル南部人、マンレー・ウェイド・ウェルマンだった。私の記憶では彼の腕の一本は少しばかり萎縮していたが、南部連合国*5の大儀について彼が熱かったのはそれが理由なのかもしれない。我々はみな、これに関してとても辛抱強かった。なんといっても、その戦争に勝ったのは我々の側だったのだから。彼は無垢なる30年代において本当に世慣れた男で、ランチではいつでもワインを頼んでいた。
ヘンリー・カットナーとオットー・バインダーは中背の若い男性達であった。とても静かで、礼儀正しく、そしてまったく目立つようなところのない見た目をしていた。一度、私は意図せずにカットナーを笑わせた事がある。私はワイジンガーにこう言ったのだ。「空間も時間もない、客観的な現実のないところで起こるワイルドな作品をちょうど終えたよ。ひどく長くて、二万字もあるけれど、でも最初の五千字は削れるよ」 カットナーは噴だしてしまった。いかに自分がバカな子だったのかを考えると、私も笑ってしまう。一度、私はジェームソンへ心から真剣に、「すごい事を見つけたよ。二つの物語を一つにまとめたら、すさまじくエキサイティングなのができあがるんだ」と言った事がある。彼は本気か疑いながら見つめてきた。「プロットとカウンタープロットについて聞いたことはこれまでないのか?」彼が声を張り上げた。聞いた事はなかった。それを自分ひとりで見つけたのだった。
生意気かつ最悪なたぐいのインテリスノッブであった私は、掲載されるサイエンスフィクションの大半を供給しているこの作家達には大して感心しないとワイジンガーにひそかに伝え、そして彼になぜ彼らがそんなに多くの仕事をうけているのかを訊ねた。「彼らはすごい作品を書く事はないだろう。でもひどいのも書かない。彼らには頼れるってことなんだよ」と彼は答えた。近年、雑誌編集者として過し、いまでは私は彼の意味していた事が正確に分かる。
コミックブックのブームが盛り上がった時、私の二人の導師達がスタンダードマガジンからスーパーマングループに引き抜かれた。アーティスト達*6の為の作家達によるシナリオ(ウェルマンはそれを「スクインクス」と名づけていた)への需要が非常に高くなっていたので、ワイジンガーとシュイフが私を彼らの作家の一人として徴兵した。コミックブックの原稿をどう書くのかなんのアイデアもなかったが、しかしある雨の土曜の午後、その頃のコミックライターのスターの一人、ビル・フィンガーが私の世話を引き受けて、潜在的なライバルである私に、その技術についての鋭くわかりやすいレクチャーをしてくれた。私はいまだにそれを一人の同業者から別の同業者への最良の親切であったと考えている。
私はコミックを3,4年書いて、技量を向上させ、成功を重ねていった。その頃は、新人にとっては素晴らしい時期だった。スクインカスは激増していて、ストーリーはいつでも需要があった。週に3,4本書いて、技術を学びながら実験もできた。大抵そういった原稿は、サイエンスフィクションと「ギャングバスターズ」の奇妙な融合だった。どんなものだったか分かってもらう為、私と編集者との典型的な原稿についての打ち合わせをつぎに書く。その編集者の名はチャック・ミッグとし、「キャプテン・ヒーロー」と呼ぶ作品に関わっているものとする。当たり前だが、そういった名前はフィクションだ。だが会話は違う。
「まあ、聞いてくれ」、とミッグが言った。「電話をしたのは、キャプテン・ヒーローについて何とかしなきゃならないからだ」
「何が問題なんだ?」
「本は来週が締め切りなのに、13ページ足りないんだ。メインの話がだ。一つ今すぐ作り出さなきゃならない」
「なにかこういうのっていうのはあるのか?」
「特にはない、ふたつぐらいを除いてな。オリジナルで、リアリスティックでなきゃならない。ファンタジーはなしだ」
「わかった」
「じゃあ、くれ」
「ちょっと待てくれ、まったく。私を誰だと思ってるんだ、サロイアン*7か?」
二分の精神集中。するとミッグが、「これはどうだ?人が早く動くようになる機械をマッドサイエンティストが発明するんだ。そして、悪党がそれを盗み、自分達を速くするんだ。いいか?銀行を一秒の何分の一かで襲えるくらい速くなるんだよ」
「だめだな」
「金と宝石がなくなっているのをゆれた線(wiggly lines)で描いた大ゴマで始めてだな--なんでだめなんだ?」
H・G・ウェルズからのパクリだよ*8
「でも、それでもオリジナルだよ」
「なんであれ、あんまりにもファンタスティック過ぎるだろう。リアリスティックに行くと言ってたとおもうんだが」
「リアリスティックとは確かに言ったがね、しかしそれは空想的であってはならないって事は意味しないんだよ。やらなきゃならないのは−−」
「ちょっと待って。そのままで」
「何か浮かんだか?」
「多分ね。何かの実験をしている男から始めるんだ。彼は科学者で、でもマッドじゃない。これは真面目な、誠実な奴なんだよ」
「なるほど。そいつは人類の為の実験をしているわけだ。違った始まり方だな」
「なにかの珍しい鉱物資源を使わないとな。セリウム、かな、それとも−−」
「いや、ラジウムで行こうぜ。この3号ほどそれを使ってないだろ」
「わかった、ラジウムだ。その実験は成功する。そいつはラジウムの液(radium serum)で死んだ犬を生き返らせるんだ」
「いつ事件は起こるんだ」
「その液が彼の血液の中に入ってしまう。愛すべき科学者から、彼は怪物になってしまうんだ」
この時点でミッグに火がついた。「分かった!分かったぞ!ミダス王みたいなものだ。この医者はいい奴で、人類に無限の命を与える実験を終えたばかりだ。で、庭に散歩に出かけて、バラの香りをかいだ。グニャ!バラが死んだ。鳥達に餌をやった。バタッ!鳥達が倒れる。で、キャプテン・ヒーローはどう関わってくるんだ?」
「それはね、これをジキルとハイドに出来るだろう。その医者は歩く殺し屋になりたくはない。彼は体内のラジウムを中和できる珍しい薬品がある事を知っている。病院からそれを盗まなければならないわけだ。それでキャプテン・ヒーローがその調査にやって来る。」
「キャラへの同情を呼ぶよな」。
「しかしここで次の問題が起こる。この医者はその薬の注射をして、もう大丈夫だと考える。しかし、彼の娘が研究所の中にやって来て、彼が娘にキスをしたら、彼女は死んでしまうんだ。その薬はまったく効かなかったわけだよ。」
もうこの頃にはミッグは興奮している。「よし!よーし!まずはキャプションを出すんだ:人気のない研究所で恐ろしい変化がドクター--ま、名前はなんであれ--を苦しめている。彼はドクターラジウムになってしまったのだ!!!いい名前、だろ?」
「まあな」
「そして、なんコマかを使って、彼が緑色になってものを壊し、叫ぶところを見せるわけだ:この薬も私を救うことはできないのか!ラジウムが私の脳を食い尽くそうとしている!狂ってしまうぞ、は、は、は!リアルなドラマとして、これはどうよ?」
「すごいね」
「まあな。これで最初の3ページは大丈夫だな。その後の10ページ、ドクターラジウムには何が起こるんだ?」
「そのままアクションでおわり。キャプテン・ヒーローがやつを見つけ出す。やつがキャプテン・ヒーローをなにか危険な罠に落とす。キャプテン・ヒーローは脱出して、ドクターラジウムを捕まえ、崖かどこかから殴り落とす。」
「ダメだな。噴火口に落とせ。」
「何で?」
「そうすればドクターラジウムをまた使えるだろ。こいつはやるぜ。そいつの中のラジウムのせいってことで、壁とか物を通り抜けられるようにする事も出来たな。」
「確かにね」
「こいつはすごいキャラクターになるぞ。だからあんまり早書きするなよ。今日、始められるか?よし。明日には受け取りの使いを送る。」
偉大なるジョージ・バーンズ*9は、ボードビルの死を嘆いて、かつてこう言った。「子供達がバカになれる場所はもはやなくなった。」コミックは、私にバカな書き物をする大変多くの機会を与えてくれた。
「崖かどこかから殴り落とす」の部分は、特別の意味を持っていた。我々は死と暴力について大変厳しい自主規制をしていたのだ。いいもの達は絶対に意図的な殺しはしなかった。彼らは闘うが、しかしこぶしを使ってだけだ。悪者達だけが危険な武器を使った。我々は死ぬことになりそうなのは見せてもよかったし−−キャラクターが高い建物の屋上から落ちて、「アギー!」−−死の結果を見せるのもできた−−死体だ。しかし常にうつ伏せだった。我々は死の瞬間を見せる事はできなかった。傷もだめ、苦痛に歪む顔もだめ*10、血はなし、そして最大でナイフが背中に突き刺さっているところまで。チェット・ゴウルド(Chet Gould)が「ディックトレーシー」において悪人のひたいに銃弾が穴をあけるのを描いたときに、スーパーマンオフィスに走ったショックを私は覚えている。我々には他にも厳密なルールがあった。悪徳警官は出ない。連中はバカではありえても、正直ものでなければならない。我々はレイモンド・チャンドラーの腐敗した警察を不許可としていたわけだ。現実にちゃんとした基盤のない機械や科学的な装置も使われなかった*11。ボブ・ケーン*12が「バットマンとロビン(Robin)」の為に発明していた(彼は自分自身でスクインカスを書く事をルールとしていた)無茶苦茶な機械を我々は笑っていたものだった。我々はこの「バットマンとロビン」を仲間内でバットマンとラビノウィッツ(Rabinowitz)と呼んでいた*13。サディズムは絶対的なタブー。拷問シーンなど無し。痛みのシーンもなし。そして勿論、セックスは完全に排除されていた。
ホリデイ*14が、我々の姉妹誌サタデーイブニングポストの素晴らしい編集長、ジョージ・ホレース・ロリマー(George Horace Lorrimer)についてのいい話を伝えている。彼はその時代ではとても勇気のいる事をやったのだ。彼は小説を二部で掲載した。第一部は、女の子がコーヒーと卵の為に男の子を自分のアパートメントへ連れてくるところで終わる。第二部は彼らがその翌朝、彼女のアパートメントで朝食を一緒にとっているところから始まる。何千もの怒りの投書が舞い込み、ロリマーは断固とした返信を掲載した:「サタデーイブニングポストは一部と二部の間でのキャラクターの行動に責任を持つものではありません。」たぶん、我々のコミックブックのヒーロー達も各号の間では通常の生活を送っていたはずだ。バットマンは酔っ払ってレディをベッドまで追い掛け回し、ラビノウィッツは何かの抗議で自分の学校の図書室を焼き落としたりしているのだろう。

*1:原文 "On the lower left-hand comer is printed"。"comer"のここでの用法が見慣れないものですが、おそらくは単に「端」の意味だろうと訳しています。もし正確なところを知る人がいれば、コメント欄にお願いします。

*2:E・E・スミスは化学の博士号を持っていたので自身の作品の著者名にPh.Dをつけていたが、その作品はあまり「科学的」ではなかったと言う事をいいたいのだろう。

*3:原文"better billing than mine"。

*4:原文"navy-oriented space stories"。"Navy"とあるので一応、「海軍」と訳したが、ほんとうは「宇宙軍」と訳すべきかも知れない。

*5:アメリカの南北戦争においてアメリカから離脱した奴隷州よりなる国家。

*6:コミックの描き手。

*7:アメリカの作家(1908−81)。

*8:ウェルズの「新加速剤」、あるいは新訳でのタイトルの[http://www.amazon.co.jp/dp/4042703062/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1281320457&sr=1-2:title=「新神経促進剤」]のことでしょう。

*9:アメリカのコメディアン、俳優、作家。[http://en.wikipedia.org/wiki/George_Burns:title=wikipedia]より。

*10:原文"never a rictus"。

*11:ラジウムの話しとかからする限り、どういうレベルなのか?とは思うが。

*12:バットマンのもともとの原作者。

*13:ラビノウィッツのジョークの意味は分からず。多分、無茶苦茶な機械と何か関係があるのでしょうが。

*14:ベスターが1963年から71年までシニアエディター(上級編集者、編集長?)を勤めていた雑誌。