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P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

クルーグマン: 学位とドル

クルーグマン 教育

なにかid:optical_frogさんに後ろから睨まれたような気がしましたので、クルーグマンのコラムを訳す事にしました。教育問題と社会についてのコラムですが、アメリカでよくあるような教育の重要性を説くものでないのがクルーグマンらしいところです。なお文中のグラフはコラムからのものではなく、コラム中でリンクしているクルーグマンのブログからのものです(ま、さらにいうとそこで参照されている論文からのものですが)。
もしタイポ・誤訳などありましたら、コメント欄にお願いします。
追記:himaginaryさんがこのクルーグマンのこのエントリーへのディーン・ベーカーからの反論ポストを紹介されているので、そちらも参照してください。


学位とドル 2011年3月6日

教育が経済的成功の鍵だという事は広く認められた真実である。将来の職はスキルレベルの更なる向上を要求しているという事は誰もが知っている。だから、フロリダの前州知事ジェブ・ブッシュ*1と共に現れた際、オバマ大統領が「雇用において良いニュースをさらに聞く為には、教育への投資を増やさなければならない」と宣言したわけだ*2
けれど、誰もが知っている事は間違っている。
オバマ−ブッシュのイベントの翌日、ニューヨークタイムズは法律関係のリサーチを行なうソフトウェアの利用が広がっていることについての記事を掲載した。コンピュータは何百万ものドキュメントを素早く分析でき、かつては弁護士とパラリーガル(弁護士の補助職)の大群を必要としたような仕事を安く仕上げることができる、というわけだ。よってこの場合、技術の進歩は実は高度の教育を受けた労働者への需要を減らしているわけである。
そしてこの法律関係のリサーチが唯一の例というわけではない。その記事が指摘するところによると、チップのデザインといった仕事を行なう技術者すらソフトウェアによって取って代わられつつある。さらに一般的にいって、現代のテクノロジーは低級な仕事だけを無くしていっているという理解、教育のある労働者は確固とした勝ち組であるという理解が広く流通しているが、それは実はひどい時代遅れのものなのだ。
実際のところ、1990年ぐらい以来、アメリカの雇用市場を特徴付けたのはスキルへの需要の全般的な増加ではなかった。そうではなく、「中空化」であった。高賃金と低賃金雇用が急速に伸びたが、しかし中程度の賃金の仕事、健全な中産階級を支えてくれるものと期待されるようなタイプの仕事はずっと遅れを取ってきていた。そしてこの中間層の穴は大きくなってきている。1990年代に急速に伸びた多くの高賃金の仕事は近年、その成長が減速している。低賃金雇用の成長は加速しているのに、だ。


(訳注:横軸はスキルのレベル、縦軸はそれぞれのスキルランクの職の雇用市場でのシェアの変化、色の濃いカーブほど新しいデータからのカーブになっています。なのでデータは、右上がりからU字型、そしてL字型へと変化していっています)

なぜこんな事が起こっているのか?教育がこれまでよりもずっと重要になっているという信念は、テクノロジーの進歩が情報を扱える者への雇用機会を増やすという、つまり簡単にいうと、コンピュータは肉体労働者を苦しめるが頭脳労働者を助けるという、いかにも正しそうな考えに基づいたものだ。
しかしながら数年前、David Autor、Frank LevyそしてRichard Murnaneがこれは誤った考えだと主張した。彼らが指摘したのは、コンピュータはルーチンタスク、「きちんと決められたルールに従うことで行ないえる、理解力や筋肉を必要とする仕事」に秀でている。よって、多くのホワイトカラーの肉体労働ではない仕事を含んだカテゴリーであるルーチンタスクならば、どんなものでも解雇の可能性に面している。逆に言うと、きちんと決められたルールによっては行ない得ない仕事、トラックの運転手から清掃までの多くの肉体労働を含んだカテゴリの仕事は技術の進歩の渦中においても成長していくだろうということだ。
そして重要なのは次の点だ:アメリカ経済においていまだに行なわれている肉体労働はまさに自動化が行ないにくいタイプのもののようだ、ということ。とくに、製造業における生産現場の労働者がアメリカの雇用において6%程度にまで低下したいま、さらに失われるような組み立ての仕事は多くはない。一方、教育を受けた比較的高給の労働者によって現在行なわれているとても多くのホワイトカラーの仕事は、すぐにでもコンピュータ化されかねない。自動掃除機のルンバはキュートだが、しかしロボットの清掃人は遠い将来の話だ。コンピュータ化された法律関連のリサーチやコンピュータ支援の医療分析は既に存在している。
そしてさらにグローバライゼーションのことがある。かつては、海外からの競争を心配しなければならないのは製造業の労働者だけだった。しかしコンピュータと通信の結合により、多くのサービスを遠距離から提供することが可能になった。さらに私のプリンストンの同僚であるAlan BlinderとAlan Kruegerによる研究は、高度な教育を受けた労働者によって行なわれる高賃金の仕事こそが、低賃金の教育のない労働者によって行なわれる仕事よりもさらに「オフショアラブル、海外移転可能」なものである事を示唆している。もし彼らが正しいのなら、サービス分野における国際貿易の増加はアメリカの雇用市場の中空化をさらに進めるだろう。
では、これらの事は政策についてなにを意味するだろうか?
勿論、我々はアメリカの教育を修復しなければならない。特に、アメリカ人がその人生の最初において直面する不平等、つまり貧しい家庭からの聡明な子供は、豊かな家庭からのずっと出来ない子供よりも、大学を卒業する可能性が低いという不平等は、たんに非道であるというだけに止まらない。それは国家の人的可能性の膨大な浪費を意味している。
しかし教育によってはどうにもならない事があるのだ。特に、より多くの子供たちを大学に行かせることで我々がかつて持っていた中産階級の社会を再生できるという考えは都合のいい願望に過ぎない。大学の学位があれば良い仕事を手に入れられるというのはすでに正しくないし、時が経つごとにどんどん正しくなくなっていっている。
よって、もし我々が繁栄を広く共有する社会を求めるのなら、教育はその答えではない。我々はその社会の建設に直接取り組まなければならないのだ。我々は過去30年間に労働者が失った交渉力を回復させなければならない。スーパースターと共に普通の労働者も良い賃金を求めて交渉する力を持つ事ができるように。全ての市民に必要不可欠なもの、とりわけ医療保険を保障しなければならない。
単に労働者に大学の学位を与えるだけでは、成さねばならぬ事を成す事はできない。それはただ、もう存在しない、あるいは中産階級の賃金を払わない仕事へのチケットでしかないかもしれないのだから。

*1:前大統領のジョージ・ブッシュの弟。

*2:教育の重要性を訴えるスピーチをフロリダの高校にてジェブ・ブッシュと共に行なった。