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P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

市場には扱えない危機 

今週一杯は時間があるので、日本がらみの経済学関連記事などを翻訳することにしたのですが、なかなかうまく良いものが見つかりません。なのでもろ経済学ではないですが、ニューヨークタイムズに載った原発危機と市場についての記事を訳すことにしました。そんなに深いことや新しい情報があるわけでないですが、読み物として面白いのではないでしょうか。
もしタイポ・誤訳などがありましたら、コメント欄にお願いします。
追記:kuroseventeenさんに指摘されて、一点修正しました。ありがとうございました。


市場には扱えない危機 ジェフ・ソッマー 2011年3月19日

リスクというものは、後から振り返れば明らかなものだ。
東京電力福島第一原発を、およそ40年前に、大地震にも耐えられるように建設した。しかし、3月11日に起こったマグニチュード9.0に耐えられるほどにではなかった。あるいはその後に続いた津波には。そしていま、おそろしき"if"達が積み重なって、日本の技術者達が原子炉を制御下におこうと奮闘している。その最終的な代価、人命で測ったそれは何年もわからないだろう。
この大災害の詳細は予見できないものだった。なのでこれがブラックスワンの事態だったと結論づけるものもいる。あまりにも予想しがたく、そのインパクトにおいてはあまりにも巨大なので、我々の理解を拒絶し、世界についての知識の乏しさをさらけ出すものだと。一体、だれがこれを予言できたのかと?
しかしそれでも2007年に東電は、日本の反対側にある巨大な柏崎刈羽原子力発電所での災害を逃れていた。発電所が耐震レベルの3倍であるマグニチュード6.8の地震に襲われた時に。東電はその時には運良く逃れる事ができたのだ。
なので、おそらくより重要な疑問は、我々が非常に多くの信頼を置くようになった市場がこういった外部からのリスクについて正しい価格をつける事ができるかどうかなのだろう。
多くの人たちが日本において起こっている事態を、9/11、ハリケーン・カトリーナ、2008年と2009年の金融崩壊、BP原油流出、そしてアラブ世界での反乱と比べている。それらはみな、市場の集合知の限界を示している。その瞬間、全ての白鳥が黒くなったように思われた。そして、今日のハイパーに動きの激しい世界の市場のレンズを通して眺めれば、その白鳥達はさらに黒くなるように思われた。
「世界経済にはいま、驚くほどの数の逆流が起こっている。25年間で私がみてきたよりも多くの」、とニューヨークのVan Eck Associatesでco-portfolioマネージャーを務めるShawn Reynoldsは述べた。
だれもと同じように、東京、ニューヨーク、ロンドンそしてそのほかの企業重役達、経済学者/エコノミスト達、金融アナリスト達は先週、この災害の規模を理解しようと奮闘した。しかし、あまりにもよくあるように、アナリスト達はすぐに企業、市場、各国経済への影響を評価する仕事へとあっというまに落ちついていった。時折、それはほとんどシュールリアルであった。火曜日、コネチカット州ウェストポートに本拠を持つ有名なストック市場アナリストであるLaszlo Birinyiは簡潔なレポートをメールした。そのタイトルは「一目でわかる原発メルトダウン」。
これがウォール街で起こることだ。その文化に深く浸っていなければ、世界の事件に向けられる冷たい計算を理解するのは難しいだろう。たとえその事態がどれほど恐ろしいものであろうとも。3月11日に地震が発生したあと、CNBCのアンカーであるLarry Kudlowは視聴者に、「ありがたいことに、経済的被害よりも人的被害の方が酷いようです*1」。彼は後に謝罪した。
一週間が過ぎ、IBMの株価から銅まで全ての価格が乱高下し、誰もが大急ぎの計算を続けている。経済的ショックがどれほどになるかまだはっきりとした結論は出ていない。多くのアナリストは、日本の東北のこの惨事がどれほどになるのか推量し、それをやり直している。最初の暫定的な分析は痛ましいほどに明らかだ:すでに弱々しかった日本経済は、おそらくこの悲劇が襲い掛かる前から不況になっており、さらに弱々しくなるだろう。
金曜、先進工業国のG7価値の突然の上昇をとどめる為に珍しくも世界の外貨市場への介入をおこなった。通常予想されることとは逆に、円はドルに対して今週ずっと上昇していたのだ。日本企業とその投資家達が巨額の再建費用を購うために彼らの資金を本国へと送金していたのだった。
1987年のマーケットクラッシュ以来もっとも苦しい週のあと、東京証券取引所は金曜日には落ち着きを取り戻した*2。しかしそれは取引については他に例がほとんどないような週だった:ダウ平均の日本版である日経225は月曜に6.2%落ち、火曜には10.5%低下し、水曜には5.7%反転したが、木曜には1.4%落ち込んだ。金曜は9206.75で2.7%上昇して終った。
この週の損失は総計で1048ポイント、10.2%になった。
もしあなたがウォール街のトレーディングフロアーを訪れたなら、ブルームバーグのターミナルに近寄って、"WRST"とタイプして"go"と書かれた緑のキーを押してみよう。
WRST、これは「最悪ケースのシナリオ」での「最悪 worst」を短くしたものだ。このプログラムはウォール街の連中に、2001年9月11日の攻撃や、2002年のワールドコムの破産、1997年のタイ・バーツの減価などを含む過去の危機をもとにモデル化した様々な恐ろしい状況での彼らのポートフォリオへのリスクのレベルの評価を行なわせる。
こういった「もしこうなったら」の筋書きは現代のウォール街の要素となっていて、誰もがこれをやっている。金融分析のある分野は、それで将来の事を予測できるという信念のもと、歴史的な市場のパターンを調べることに捧げられているのだ。
そういった分析は勿論、明日は今日と同じようなものだという我々の信念に依存しており、そしておそらくそれを強めてすらいる。これらはすべて、あなたの401(K)の証書の細かな文字の注意書きにも関わらずだ:「過去のパフォーマンスは将来の成功を保証しません」
2007年のベストセラーにより「ブラックスワン」という言葉を有名にした、著者であり市場理論家であるNassim Talebは、マグニチュード9の地震といっためったになり事象がもつ大きな役割について、我々を盲目にする心理的なバイアスがあると主張する。そしてそれでも我々は指針として歴史に依存している。水曜日、Birinyi氏のリサーチ会社はまた別のリポートを送った。これは「S&P 500は穏やかな修正に入った」とタイトルされていた。彼の会社はアメリカの資本市場のいくぶんかの下げを予測したのだ。
「もし平均どおりにいけば」とレポートには書かれていた、「S&P500は2011年3月31日に1232で底を打つだろう」。金曜日、S&P500は1279.19で終了した。一週間で1.9%の低下であった。
市場がどんな役割をもつのであれ、市場は巨大で複雑な計算機械である。惑星中の人々の慎重な値踏みと直感的な信念に基づいて、コンピュータチップであれポテトチップであれ、商品の価値が付けられる。日々のなか、ある価格が正確になぜそう動いたかを知るのは難しい。もし不可能でないとしても。そういった日々の動きは、世界の資本主義のなかでのただのホワイトノイズでしかなかったりするのだ。
そして、極端な変動の継続が起こる。これは何が起こっているのかについて誰もわかっていないような期間だ。それが先週に起こったことの一部だったのかもしれない。あのような災害に直面して、短期のトレンドすら安定しなかったのだ。
それでもなお、その破壊のほどについてだれも信頼できる数字を持っていなかった、とAl Tobinは述べた。彼はAonコーポレーションでリスクマネージメントブローカービジネスを行なうAonリスクソリューションでProperty Practiceを指揮している。人的被害、経済的被害、「誰もそういった疑問についての答えを知らない」、と彼は言った。
そういう不確実性の下では、市場は通常よりも変動が激しいままであり続けられる、とMohamed A.El-Erianは述べた。彼はPimcoのチーフエグゼクティブで、世界最大の債権マネージャーだ。「市場はいま、なんとかこの巨大さを推し量ろう*3としているところだ」
その結果はまだ出ていない。
El-Erain氏は、市場のストラテジスト達を二つに分ける。彼が言うには、第一のグループは、日本でのこの事態を「巨大な人的悲劇以上のもの、世界経済への大規模な影響があるもの」と見ている。そして第二のグループは、この災害の影響は、胸を引き裂くようなものではあれど、大抵の人間にとっては一時的なものになると考えている。
しかしかれはどちらが正しいかまだ判っていない。「まだ完全に理解していませんから」、と彼は述べた。「しかし心配はしています」
大きな経済的問題は答えが出ていないままだ。世界第3位の経済である日本の深刻な停滞はその他の世界にどのように影響するだろうか?すでに負債のなかに浸かっている日本はどうやって再建の費用をしはらうのだろうか?あるものはすでに、再建の多大な費用が、時間が経つと共に日本をその長期にわたる景気停滞から引き上げると主張している。
市場のストラテジスト達は多量のデータを素早く消化できると自負している。彼らは実務的で多才な人々であり、必要があれば感情的そして哲学的な疑問をわきに置いておけるタイプの人達だ。
木曜日、陽光きらめくセントパトリックデイのマンハッタンで、スイス系銀行UBSのチーフ株式ストラテジストであるJonathan Golubは、核技術の複雑さを理解しようと努めていると語った。「最近、私は燃料棒と冷却プールの事についてよく語っています」と彼は述べた。彼が言うには、こういう事はそれほど珍しい経験ではないという:金融危機の前には、ウォール街の人間の多くすら、クレディット・デフォールト・スワップが何なのか知らなかったのだ。だがすぐに、誰もが「スワップ」だの「CDS」と言った単語を使いだすようになった。
Golub氏は日本の人々に同情していると述べた。そしてそれから、ニュースのブリーフィングにおいて、一旦、現在の市場の変動が収まれば、この危機は将来見通しのよいアメリカ経済や株式市場にはほんのわずかな影響しか持たないだろうと彼は続けた。S&P500は今年の終りまでに1425に達するだろうと予言した。
しかし、他の多くと同様、サプライチェーンもグローバルなものになっているので、この災害は合衆国に実際の影響をすでに及ぼしている。先週、日本からの重要な部品を入手できなかったために、スバルはインディアナでの自動車工場の生産ペースを落とすことになった。GMは、部品の不足のためにルイジアナでのトラック工場を閉鎖すると公表した。半導体産業もまた、日本がシリコンウェハーやその他の部品の主要な供給者であるために生産を減速させている。
世界第3の経済というその地位にも関わらず、日本は実際のところ世界の総産出の比較的小さい、そして減少を続けている部分を占めているだけである。90年代の18%から減少して、日本は世界のGDPの9%を占めている。そして、いわゆるBRIC諸国(ブラジル、ロシア、インド、そして中国)とその他のエマージングマーケットの急速な成長の為に、世界のGDP成長への日本の貢献はほんのわずかでしかない。
優れた成績を収めてきた民間の予測グループであるEconomic Cycle Research InstituteのマネージングディレクターであるLakshman Achuthanは、日本経済はすでに不況に落ち込んでいると考えているが、合衆国の経済の先行きには気づきうるほどの影響はないだろと述べた。この災害はしかしながら、「日本が不況になるのを確実にするだろう」。
こういったことの全ては当然、すでにチェルノブイリ以来最大となっている核災害がさらに悪化しない事を仮定している。
金融市場は常に原子力とは難しい関係を持ってきた。これは大部分、原発のコスト、つまりその潜在的なリスクがあまりに巨大だからだ。通常の日々においては、原発からの電気は安い。しかし長期における核廃棄物の処理のコスト、あるいはおそらく、日本におけるそれのような災害のコストを正確に評価するにはどうしたら良いのかははっきりしていないのだ。
ハーバード大学ケネディ行政大学院の教授であり、大学の環境経済学プログラムのディレクター(学部長?)であるRobert N.Stavinsはこの問題を長年にわたり研究してきた。2月にでたアメリカン・エコノミック・レビューの100周年記念号での記事において、Stavins教授は経済学者は今だに「共有地の悲劇 (tragedy of the commons)」の問題を解決していないと述べた。これは多くの人間がその自己利益にもとづいて行動した結果、共通の利益への害となってしまう場合の難題だ。たとえば、環境コストを発電所にどのように回すべきだろうか?化石燃料や原子力などの様々なエネルギー源の環境コストをどう計算するべきか?
これまでのところ、市場はこういった疑問すべてについて答えを出すことが出来ていない。National Research Councilの昨年の研究は様々な化石燃料の環境コストを計算しているが、原子力については計算しようとすらしていない。これは必要とされる「発電所のリスクモデリングと利用済み燃料輸送のモデリング」がcouncilの研究の範囲を超えているからだ。
合衆国においてもその他の国においても、政府は原子力発電所の所有者の責任を限定している。その結果、Stavins教授が述べるには、「市場は原子力の価格を本当に見定める機会をもったことはこれまでなかったと言える」
ブラックスワン、あるいはその発生の確率分布の曲線にもとづいて別名ファットテールと知られるものを前にすると、市場での価格決定は不可能なのかもしれない。
また別のハーバードの教授であるMartin Weizmanは、たとえばアステロイドが人口密集地に落下するリスクについてウォール街や他の誰かが、どうやって正しい価格をつけられるのかについて考えている。おそらく適切にもDismal(陰鬱な)定理と呼ばれる論議を呼んだ数学的証明において、彼は「確率分布に基づいて滅多にない事象に関する信頼の置ける推測を行なうのは非常に難しい」ことを明らかにした。
日本でおこった核災害はそういった滅多にない事象、経済学者も正しく価格付けできない事象なのだろうか?答えるのにはまだ早すぎるが、とWeitzman教授は言った。「なのかもしれない」
スリーマイル島からは30年以上、そしてチェルノブイリからは25年が経った。
その間、一つの原発が合衆国において完成し、そして商業利用に入る前に閉鎖された。これはロングアイランドのShoreham原発で、これにはおよそ60億ドルが費やされた。その運命は1989年、災害の際にロングアイランドは避難を行ないきれないと州政府が結論付けた事により決定された。
福島の事故は原子力産業における一時的なスローダウンをすでに引き起こしている。インドと中国の政府高官が、先週、原発建設について再検討すると公表した。ドイツは1980年以前から操業している7つの原発を一時的に閉鎖すると公表した。EUはそのメンバー諸国の全ての原子力発電所をテストする計画をかためた。
合衆国においては、新しい原子力発電所の建設を応援していたオバマ大統領原子力規制委員会に先週、合衆国内のすべての発電所の安全性を点検することを求めた。
PimcoのEl-Erian氏は見通しは非常に不透明だとしている。投資家は、他の誰もと同じく、世界はリスキーな場所なのだという事を理解したのだろう。
「こういった状況における市場について理解するのには全てのアプローチを使う必要がある」と彼は述べた。「そして謙虚である必要がある」
そしておそらく、嬉しくない現実を受け入れることも:次のブラhックスワンは何処かにまたいるのだ。

*1:原文"The human toll here looks to be much worse than the economic toll, and we can be grateful for that."

*2:原文"found its footing on Friday.

*3:原文"wrap its arms around the enormity"