P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

スキル向上による平等促進のためのポスト人種戦略

少し前にクルーグマンの、賃金格差の問題はスキルだけを言っていても解決しないんだよというコラムを訳しましたが、そこでも書いたようにアメリカでは格差等の経済問題の解決策が求められる時、決まって言われるのがスキル、あるいは教育です。いろんな経済学者がその研究内容をあまり難しくない形で紹介するVOXというブログがありまして、そこにまさにそういったスキルの重要性を述べるエントリーが上がってましたので訳してみました。


スキル向上による平等を促進のためのポスト人種戦略 James J. Heckman 2011年3月20日

黒人と白人と間の格差はアメリカ社会の変わらない特徴である。この格差は人種差別というアメリカの問題のある歴史を思い出させ続けている。市民権運動から40数年たっても、アフリカ系アメリカ人の大部分にとって経済的そして社会的改善は痛々しいほどに緩慢である。
黒人男性の稼ぎは白人男性よりも25%低い。女性についてこの数字は17%となる(表1の「元データ raw」の列を参照)。格差のこのパターンは、教育、健康、投獄、職業上の成功などの社会的そして経済的達成についての他の多くの指標についても繰り返されている (Fryer 2010)。
そして、現代社会においてアフリカ系アメリカ人が直面するこの大きな問題は他の多くのグループもまた直面している。21世紀におけるこの達成度の低さはスキルの低さから生じている。
成人賃金を10代において測られた学力テスト(scholastic ability test)のスコアで調整すると、このギャップは黒人男性について大部分なくなり、ヒスパニックの男性については実質的にゼロになる。そしてさらに女性についてはこのギャップは逆転してしまう。つまり、能力についての調整を行なうと、マイノリティの女性は白人女性よりも多く稼ぐのだ(表1の「調整済み adjusted」の列を参照)。スキルにおける不平等こそが第一の問題なのである。

表1

さらに、全ての人種グループの恵まれない環境の子供達はソフトスキル、つまりモチベーション、社交性、集中力、自己抑制、自尊心、欲望を我慢する意思力などについて低いレベルになる証拠がある(Carneiro & Heckman 2003)。こういったスキルは、教育、賃金、そして犯罪などについて予言する要素である。
アメリカはいまだに人種について意識しない社会ではない。しかしそれでも、経済的そして社会的格差についてのどんな真剣な検討も、アメリカ社会におけるスキルの重要性を認識しておかなければならない。
スキル促進の為の戦略を再考する
1960年代の貧困に対する戦い*1において実施されたスキル向上の為の多くのプログラムや政策は失敗した。しかし、こういった成功せざるアプローチを多くの人達が、とくに人種ギャップをもっとも懸念している人達が支持し続けている。現代アメリカ社会における人種間不平等の源泉について再考しなければならないのと同様、スキル促進の為の戦略も再考する必要がある。
スキル促進の為の公共政策は、貧困との戦いの結果に関して行なわれた多くの研究から導き出された三つの本質的事実を考慮しなければならない。
・第一に、人生において必要とされるスキルは多い。成功の為には頭が良い以上の事が必要であり、ソフトスキルは重要である。良心、忍耐力、社交性、そしてその他の性格上の特性は、不平等縮小のための政策においては大抵無視されているが、とても重要である。
・第2に、スキル生成はダイナミックで、相乗的なプロセスだ。スキルがスキルを生み、それぞれが互いに促進しあう。経験することにオープンな忍耐力のある子供はより多くを学ぶ。早いうちの成功は後の成功を生み出す。優位性は集積されていく。幼い子供は青年や大人とは違い、多くの面で柔軟かつ適応的である。後で問題を矯正するよりも、若いうちに問題が起こらないようにしておく方がずっと容易である。
・第3に、子供のスキル形成において家族は本質的な役割を果たす。スキル形成は子宮の中から始まる。就学以前の子供の人生が就学後の基礎となる。恵まれた環境と恵まれない環境の子供たちの能力の大きなギャップは早くから生まれてくる。子供達が学校に入る前からだ。
重圧下のアメリカ家庭
全ての人種と民族グループにおいて、アメリカの家庭は重圧下にある。現在、アメリカのすべての子供の40%以上が婚外でうまれ、12%以上は母親が一度も結婚したことのない家庭で育っている(図1)。そういった家庭が子供の成長のためにさける金融・養育上のリソースは少ない。片親家庭の子供達は人生の多くの点でより低いパフォーマンスをしめすことは良く記録されている(McLanahan 2004)。すべての人種・民族をまたいでアメリカの多くの子供達が同じ沈みゆく船に乗っている。スキルを向上させるためのどんな効果的な政策も家族と、家族が子供達のスキルを育てるメカニズム、そして多くの家族が受けている重圧の重要性を認識しなければならない。

図1
色が濃いほうから薄い方へ、離婚家庭、結婚はしているが片親、死別、未婚

厳しい状態の家族をどう助けるのか一番よいか
我々はいまだに家族がその子供達に影響を与えるメカニズムをすべて知っているわけではないが、効果的な子供達の教育戦略の大まかな輪郭を述べられるくらいには知っている。恵まれない子供達の幼少期を補助することは、不平等の大きな源に対処することになる。
デトロイトの郊外で、恵まれずかつIQの低いアフリカ系アメリカ人の就学前児童を対象としたPerry プログラムはその一例である。2年に渡り、このプログラムは子供たちに整えられた(structured)状況のもとで、日々のプロジェクトを計画し、実行し評価することを教育し、社会的スキルを生み出した。育児を促進するための毎週の家への訪問もあった。このPerryプログラムは40年に渡る長期のフォローアップにもとづいて評価されたが、それによると利益率は年率7%-10%であった。これは1945年-2008年の戦後の期間、近年の市場崩壊の前までの株式からの利益率を上回っている(Heckman at al. 2010)。
ダイナミック・シナジーと効果的な介入のタイミング
他にも、幼い頃から行なわれる故に成功する子供の発達プロフラムはある。その効用は、学校教育への準備の向上、特殊教育の為の学校側の負担の削減も含む。健康の為のより良い行動、10代での妊娠の低下、そしてより低いドロップアウト率という10代のうちの効用もある。成人してからの高い生産性や自己充足(self-sufficiency)も促進する。幼い子供を対象にした質の高いプログラムは、政府が提供している大半のスキルプログラムよりもずっと高い利益率をもつ投資である。もっとも若い頃への投資の利益率が高いのは、それが後の投資を生産的にするスキルの基礎をつくるからだ。このパターンはダイナミックな相乗効果、経済学者が「動学的補完性」と呼ぶものの明白な例である。
現在の政策は恵まれない成人の問題を矯正するための試みに過大に投資し、恵まれない子供達の幼い頃へは過小に投資している。Perryプログラムやその他の幼少期のプログラムが年率7%-10%の成果を挙げるのに対して、その他の多くのスキル向上プログラムの利益率はずっと低いものになっている。公共職業訓練、犯罪者の社会復帰プログラム、成人識字プログラム、そしてその他の低い認識力と性格上のスキルしかない恵まれない大人や青年を対象とした成長してからの改善プログラムの利益率は、確実により低いものになっている。
全ての人種・民族のグループにおける育児の格差を減らす為の戦略を作り出すためには、発生生物学(development biology)の論理にも耳を傾ける必要があろう。
民間部門を取り込む
そういったプログラムの資金をどうやって出せばいいのだろうか?景気は悪く、政府の財政は厳しい。それでも、現在行なわれている多くの非効率的なプログラムを取りやめれば、効果的な新しいプログラムに資金を回す事ができるだろう。そしてまた、慈善団体、コミュニティあるいは宗教団体といった民間部門を取り込むことも、幼少期補助のためのリソースの基盤を盛り立てるだろう。多様なパートナーを連れてくる事ができれば、Perryプログラムのような成功例に基づいた新しいアプローチでの実験を促進するだろう。Educareは公共と民間でのパートナーシップを促進する有望そうなプログラムである。
新しい知識にもとづく新しい戦略
現代社会はスキルに基づいており、すべての人種・民族に渡る達成度の不平等は主に、スキルにおける不平等に基づいている。達成度のギャップを縮小するための我々の現在の政策はこういった単純な真実を無視している。育児への自主的で、文化面に配慮したサポートを通した全ての人種と民族のバックグラウンドにわたる恵まれない子供達のスキルを向上するコストに対して効果的な政策は、政治的にも経済的にも好ましい戦略である。

参照文献
Carneiro, Pedro and James J Heckman (2003), "Human Capital Policy", in James J Heckman, Alan B Krueger, and Benjamin M Friedman (eds.),Inequality in America: What Role for Human Capital Policies?, MIT Press.
Fryer, Roland (2010), "Racial Inequality in the 21st Century: The Declining Significance of Discrimination", (Forthcoming in the Handbook of Labor Economics, Volume 4).
Heckman, James J, Seong Hyeok Moon, Rodrigo Pinto, Peter A Savelyev and Adam Q Yavitz (2010), "The Rate of Return to the Highscope Perry Preschool Program", Journal of Public Economics, 94(1-2).
McLanahan, Sara (2004), "Diverging Destinies: How Children Are Faring under the Second Demographic Transition", Demography, 41 (4).
Wilson, William J (2009), “More Than Just Race: Being Black and Poor in the Inner City”, W W Norton & Company.

*1:War on Poverty、1960年代アメリカでの貧困削減の為に導入された法・制度の別称。