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P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

ユーロ危機についてのさらなるお勉強 (とってもガリ勉的)

昨日訳しましたイタリアの債務問題、というかユーロの危機についてのクルーグマンブログポストの補足がでてましたので訳しておきました。
もし誤字脱字・訳し間違いなどがありましたら、コメント欄にお願いします。
 
ユーロ危機についてお勉強 (むちゃくちゃガリ勉的) ポール・クルーグマン 2011年8月8日
 
追記: Paul DeGrauweが数ヶ月前に、多くの証拠と共に同様の主張を行っていた
 
昨夜のポストへのさらに理解しにくい補足。
以下が、今、ヨーロッパで起こっているのではないかと私が考えていることだ。市場が債務不履行の可能性をはじき出そうとしているのを想像してほしい。そしてもし債務不履行が起こるなら、国債保有者には多大な損失をもたらすとみなされている。なぜか?債務不履行には「ルビコン河を渡る」的な側面があるからだ。一旦それを行ったならば、政府はその評判について多大な損失をこうむる。ならばついでに大きな債務削減も行った方がいいとなる。*1
ところで、債務不履行への決断には、債務不履行の痛みと債務を完済しようとすることからの痛みを比べることがかかわってくる。そして、この後者にとってはとりわけ利子率が重要である。あまりに高い利子率は債務の重荷を耐えられてないものにして債務不履行のトリガーを引くことになる。
というわけで、こういった図が得られる。

では、合理的期待から何が言えるかを考えてみよう。いや勿論、わかっている。しかし、合理的期待はあなたの思考を明晰にする有用な道具なのだ、あまりにも真剣にならない限りは*2。そしてこのケースでは、合理的期待は二つの均衡があることを示している。均衡Aでは投資家達は債務不履行が起こるとは考えないので、利子率は低いままだ。なので債務不履行は起きない。均衡Bでは投資家達が債務不履行は起こると考えているので、利子率は高くなり、よって債務不履行が起こる。
よって、イタリアの物語は、他国で起こったことがイタリアを悪い均衡であるBへと押しやろうとしているというものだ。そして欧州中銀の任務は、まっ、もしそれを受け入れるならだが、これが起こるのを押しとどめ、Aへと押し返すのに十分なだけの資金を供給することだ。
さて、もしイタリアが独自の通貨をまだ保有していたならどうだっただろうか?債務不履行になることはなかっただろう。債務の救済を求めるのなら、インフレによって実質での負担を下げることができるのだ。(私の博士論文の一章である1920年代のフランスはこれの良い例だ)。さて、インフレーションはその存在自体が悪いものである、というかそれが高官たちが信じていることなので、これはしぶしぶにしか行われない。なので、政策の選択としてより高い利子率がより高いインフレにつながるような(政府の)反応関数を考えると、これは一対一とはならない*3
このことから下のような図を得る。

この図では、市場の反応は期待インフレについて一対一で利子率を引き上げるが*4、政府の反応は利子率に一対一でインフレを引き上げる。このことは合理的期待均衡がひとつしかないことを意味している。再度言っておくが、私はすべてのものについての合理性を真剣に主張しているわけではない。それをたんに思考の助けとして使っているだけだ。
そして私が見出したことは、ユーロの下では、国民通貨のもとでは起こり得ないあり方で自己成就的危機の可能性がある、ということだ。そして私が見る限り、この自己成就的危機の主張が欧州中銀が行っている事の正当化となっている。

*1:毒食わば皿までというか、どうせ評判が悪くなるのなら、やれる限りのことをやってしまおうということ。

*2:ここでクルーグマンは合理的期待について反感を持つ読者層を想定している。

*3:高い利子率がより高いインフレーションにつながるような政府の金融政策の変更を引き起こし、そしてそれが期待インフレ率を高めるが、その政策変更はしぶしぶなので、政府の反応関数の傾きがきついということだろう。

*4:実質利子率一定ということ。