P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

アセモグル、ロビンソン:収奪的成長

収奪的(Extractive)成長:マット・イグレジアスへの返答  アセモグル、ロビンソン、2012年4月10日
追記:「収奪的 Extractive」というのはアセモグルとロビンソンの本、Why Nations Failの中で説明されている概念ですが、この記事の中では特に説明されていません。実は俺もこの本を読んでませんので(汗)、俺も説明できません。ですがhimaginaryさんがこの本を解説してられましたので、リンクを貼っておきます。なお、俺はExtractiveを「収奪的」と訳してますが、多分この言葉のこの本で使われている意味での邦訳は確定してないと思います。なので、himaginaryさんはExtractiveを「少数支配的な」と訳されていますから、注意してください。「収奪的」の方が短いのはいいのですが、どうも意味的にはhimaginaryさんの方が適切だとおもわれます。
 
Hunger Games*1の経済学を理解するのにWhy Nations Failがどう使えるかについての非常に面白いスレートの記事の続きをマット・イグレジアスが書いていて、そのブログポストのなかで彼は収奪的成長の性質についての興味深い質問をしている。
次の質問だ:コロンビア、パキスタン、シリア、イエメン、エチオピア、そして中国はどれも収奪的な制度を持っている。しかしコロンビアの一人あたり所得はおよそ1万ドルで、中国は8000ドルを越える(どちらも購買力平価での所得)。しかしパキスタン、シリア、イエメンとエチオピアははるかに貧しい。だからおそらく我々は、なぜシリア、イエメン、そしてエチオピアがコロンビアのようではないのかについての考えるべきではないのか。なぜコロンビアがデンマークのようではないのかについてではなく。
これは正当な質問であり、2つの点がある。まず第一に、確かにもっとも内包的な制度の国々と、もっとも収奪的な制度の国々の違いについてだけ注目するのは間違いだろう。すべての国々は濃淡のなかにあり、そのことが市民の繁栄について大きな違いをうむ。この点からすると、コロンビアと、たとえばシリアやイエメンとの比較は大きな謎ではない。コロンビアは全体としては収奪的な制度であり、おそらく国土の3分の1は今だにパラミリタリーや武装集団の影響下なり直接的なコントロール下にあるが、1819年のその独立以来、コロンビアはかなり内包的な制度の要素も発展させてきた。一部の人々の所有権は確保されているし、ボゴタやメデリンのような大都市で活動しているビジネスマンには高度なスキルを持った労働者と効率的な金融へのアクセスがある。国土の大きな部分、たとえばLa Danta(我々の以前のこのブログポストを参照)のようなパラミリタリーが代わりにサービスを提供している場所では公共サービスは存在していないが、ボゴタやメデリンのようなところでは話は全く違う。そしてこの十年ほどの間に、Antanas MockusやSergio Fajardoのような独立した改革派の市長が大きな改善を成し遂げてきている。
その一方、法廷には大きな腐敗が存在している。例えば、元議員であるJuan Carlos Martinez(このブログポストの中の人物だ)の事を考えてみよう。彼は表向き、病気になった母を見舞うためということで判事によって週末の間、監獄から開放されることになった。これは、昨年の10月、地元の選挙が行われるのと同じ週末のことで、Martinezは選挙結果を操るのに大きくかかわった。なんたる偶然!しかしその一方、コロンビアの憲法裁判所は2010年、ウリベ大統領が憲法を書き換えて大統領の任期期限をなくすのを止めることができた。これは大きな功績だった。
機能する要素と機能しない要素の共存、これがコロンビアを「タキシードを来たオランウータン」と呼ばさせる理由だ。オランウータンが収奪的要素を意味し、タキシードが、内包的ではないにしても少なくとも何らかの繁栄を生み出した、機能している制度を意味している。タキシードが存在し活動しているということが、コロンビアがシリアよりもはるかに繁栄している理由である。
シリアはある家族*2とその少数派の民族グループ、アラウィー派のコントロールのもとにあるずっと悪質な収奪的体制だ。人口の大多数は所有権が保証されておらず、公共サービスや教育へのアクセスも制約されている。イエメンの状況はさらにひどい。収奪はシリアとイエメンにおいてコロンビアよりもずっとひどいので、シリアやイエメンの収奪的制度がその人口をコロンビアよりもずっとひどい貧困においこんでいるのは何も驚きではない。
第二に、我々の本*3の中でも説明したように、収奪的成長はかなりの事を成し遂げたりもする。30年前と比べて現代の平均的中国人がどれほど豊かであるかを考えてみればいい。それでは、収奪的成長を可能にするのはどういう要因なんだろうか?収奪的成長の為の2つの前提条件を強調しておきたい。
収奪的成長の為の一つ目の前提条件は、ある程度の政府の中央集権である。ほとんどのアフリカの国家は、収奪的成長を実現出来るだけの十分に中央集権な政府を実現できていない。アフガニスタンとイエメンはわかりやすいアフリカ以外での例だ。実のところ、独立を果たした多くの国では、植民地時代の中央集権政府のある程度の巻き戻しがあったので、混乱や不安定がおちついていく中で、政府の制度はゆっくりと作られてきた。コロンビアはその適例であり、その制度の内包的要素は一晩で現れたりはしなかった。独立後70年にわたって経済成長は起こらず、一連の重要な転機のあと内包的要素と収奪的要素の独特のミックスが現れてきた。新憲法を伴った中央集権権力によって1885年に終わらせられた内戦、インフラ建設のような一部の改革へインセンティブをエリートに与えた1890年代の世界のコーヒー市場の盛り上がり、さらなる内戦を避けるための制度の設計の試み(この論文を参照)。イエメンとシリアは不安定さのど真ん中にいるし、かなりの長きに渡りそのままでいそうだ。例えば、もしシリアにおけるアラゥイ派の支配がついに覆されるなら、新しい体制がある程度の中央集権を徐々に実現することを期待できるかもしれないし、何らかのさらなる内包的要素も望みうるかもしれない。しかしコロンビアのように70年とはならなくても、数年以上かかるのは確実だろう。
収奪的成長の為の第二の前提条件は成長、創造的破壊、そしてある程度の制度のオープン化によっては脅かされないエリートだ。中国がその急速な成長を開始したのは、訒小平の下の新しい権力集団が、経済制度を改革して経済成長を促進しても、その権力を維持できる、実のところ権力を強化できると判断した後のことだった。コロンビアのビジネスと政治のエリート達の多くも同様に経済成長に利害をもっていた。成長から利益をうけるビジネスを彼らもまた所有していたこと、そしてコロンビアの各所における様々な選挙の問題があっても、やはり経済成長を実現した全国レベルの政治家は再選されるものだからの両方からであった。シリアの状況は、またも大きく異なっていた。アラウィ派のエリートは一貫して過酷な抑圧を選択してきたし、さらにはいかなる制度のオープン化も、独立した経済活動も彼らの利益を損なうものであるとみなしてきたこともあり、民間セクターの活動を妨げようとすらしてきた。
色々述べてはきたが、ある国がどうすれば収奪的成長のコースに乗り出せるのか完全にわかっていると述べようとしているわけではない。たとえば、中国やベトナムではできたのに、北朝鮮はそれを試みることすらしていないのはなぜか、など。その答えの一部は、北朝鮮においてはその独裁と金の家系が同一視されているので、毛沢東の死後に訒小平が行ったような方針転換が可能ではないことにあるのだろう。だがしかし、未だに答えられていない問題は多くある。

*1:ヤングアダルト小説、そしてその映画。よく知りませんが、エリートによって支配された未来のアメリカでの各所から連れこられた少年少女たちのバトルロイヤルという設定での少女のサバイバルのお話らしいです。[http://goo.gl/HXVrU:title=予告編]はなかなか緊張感があって良いかな。

*2:アサド大統領の家族。

*3:Why Nations Failの事。