読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

クルーグマン:ロボットと泥棒男爵、そしてその他の物語

クルーグマン 格差 不平等

クルーグマンの記事翻訳です。メインはクルーグマンのコラム記事「ロボットと泥棒男爵」なんですが、クルーグマンはそのコラムの前後に関連したブログ記事を書いてます。なので今回は「ズバリ見せます、コラムの舞台裏!」という安いテレビ企画みたいな感じで、コラム記事だけでなく、前後3本のブログ記事も訳しておきました(なので結構長いです)。
ただ今回はこの計4本だけですが、このテーマ自体はこれからもクルーグマンが長く書いていくことになると思います。
もし誤訳・タイポ等あれば、いつものようにコメント欄にお願いします。
追記:コメント欄のoptical frogさんの指摘をうけて、一部修正しました。
  
 
ブログ記事 
Rise of the Robots 2012年12月8日
Catherine RampellとNick Wingfieldが、製造業のアメリカへの「リショアリング」*1についての増加している証拠について書いている。彼らはそれについて以下のような理由を述べている:アジアの賃金の上昇、アメリカでのエネルギーコストの低下、輸送費用の上昇。しかしその続きの記事で、Rampellは別の要因も上げている。ロボットだ。

私の同僚のQuentin Hardyによるとコンピュータのもっとも価値のある部品である、マイクロプロセッサーやメモリーを載せたマザーボードは、すでに大部分ロボットによって作られている。人間はバッテリーをはめ込んだり、スクリーンをつけたり消したりといったことをしている。
さらにロボットの生産が増えていくと、これは主に別のロボットによって行われるわけではあるが、「組み立てはここでも他のどこかの場所と同様に行うことができます」と、カリフォルニア州サンノゼのアナリストRob Enderleは述べた。この四分の一世紀に渡って、彼はコンピュータエレクトロニクス業界をフォローしている。「これはほとんどの労働者を置き換えてしまうでしょう。ロボットを監督するための少人数は必要でしょうが」

ロボットは、人件費がたいして問題じゃなくなることを意味する。よって先進国でも製造することができるわけだ。大きな市場と良いインフラのある先進国で(もうすぐ我々はそれに含まれなくなるかもしれないが、それは別の話*2)。しかし一方、これは労働者にとっては良いニュースではないのだ!
この事は経済学では昔からの懸念だ。「資本偏向的技術進歩」というもので、これは所得の分配を労働者から資本の所有者へとシフトさせてしまう。
20年前、私がグローバライゼーションと不平等について書いていた時に、資本偏向は大きな問題には見えなかった。所得分配での大きな変化は労働者の中のものであって(ヘッジファンドマネージャーやCEOなどを労働者の中に含めてだが)、労働と資本の間においてではなかった。なので学術的な文献はほとんど排他的に「スキル偏向」に集中していた。これは上昇する大学プレミアム*3を説明するものとされていたのだ。
しかし大学プレミアムはもうしばらくの間、上昇していない。代わりに起こったのは、労働からの所得の顕著なシフトだ。

もしこれが未来の波なのなら、不平等を減らすためによく言われることはすべて意味のないものとなってしまう。単に最大の資産を持つ事が大きな報酬を得ることにつながるのなら、より良い教育は大して不平等を減らさない。親から受け継いだ大きな財産こそが人生のなかで持ちうる最も重要な資産だというのなら、「機会のある社会」を作ることであれ、あるいはポール・ライアンのような連中が今週売りつけている何かであれ、大したことはできないだろう。
数十年にわたって不平等の資本/労働的側面から我々は目をそらしてきたと思う。1990年代の昔にはそれは重要なこととは思われなかったし、多くの人たち(私自身も含めて)はこれが変わりうるということに注意を向けていなかった。昔ながらのマルクス主義の響きもあったし。それは事実を無視する理由であるべきではないのだが、しかしあまりにしばしば理由となってきた。そしてまたこれは、非常に不愉快な含意をもっている。
しかし、もうその含意に注意を向け始めたほうが良くなったようだ。
 
 
 
ブログ記事 
テクノロジーか、独占力か? 2012年12月9日
ロボットとその他への追記だ。まず、アメリカ労働省労働統計局(BLS)からの図(PDF)。これは非農業部門に注目したものだ。

Dean Bakerは、純生産をみるとトレンドは少しばかり緩やかになると注意してくれた。減耗が全体の中でのシェアを高めてきているからだ。それでも、何か大きな事が起こっている。
しかしNick Roweがいい点をついてきた。ロボットストーリーの批判というよりは全体としての謎についてだが。所得が資本へとシフトしてきたのなら、投資からのリターンを高めるはずだろう。しかし実質利子率は歴史的な水準からみて低いし、金融危機の前ですら低かった。これは投資からのリターンもまた低いはずだということを示唆している。安全資産とリスキーな投資の間の違いがある程度答えとなるかもしれないが、しかし謎ではある。
Roweは第三の要素、土地が過剰なリターンを吸収していて、誤って資本所得の一部として分類されてしまっているのかもしれないと述べている。論理的にはありうる。しかしそれが実証的に大きな要素だとは疑問に思える。もっとも、まずは調べてみなければならならいが。
しかし別の解答もありうる。独占力だ。Barry LynnとPhilp Longmanは市場の寡占化と市場支配力の急速な上昇が起こっていると論じている。市場支配力がどう関係するのかというと、それは資本への平均レントの上昇と、生産力の増加によるマークアップへのネガティブ効果により企業からみた投資からのリターンの減少を同時におこしえるということだ。よって独占力上昇の物語は、一見するとパラドックスに思える急速に増加する利益と低い実質利子率という組み合わせへの解決の一つとなりえる。
よく言われるように、これは更なる研究を必要とするものだ。しかし出発点はいま何かが起こっているという事を理解することだ。それがなんなのかは明らかではないが、しかしそれは潜在的にはとても重要なものだろう。
 
 
 
コラム 
ロボット、そして泥棒男爵 2012年12月9日
ほとんどの基準によると、アメリカ経済はいまだに非常に低迷している。けれど企業利益は記録的な高さにある。なぜこんな事が可能なのか?答えは簡単:国民所得の中での利益のシェアが急上昇し、その一方で賃金とその他の労働者への報酬は減少してきたのだ。パイはそうあるべきほど成長していない。しかし資本はどんどんと大きなスライスにがぶついて上手くやっている。労働者の犠牲のもとに。
待った。資本対労働の話なんかをしようというのか?そんなのは古臭い、ほとんどマルクス主義的な議論で、今の我々のインフォメーションエコノミーの中では時代遅れなんじゃないのか?まあ、多くの人たちはそう考えてきた。過去一世代、不平等の議論は資本対労働ではなくて、教育のありなしであれ、所得の急増するファイナンス分野のスーパースター達とその他の分野についてであれ、労働者の間での分配の話に圧倒的に集中してきた。しかしそれはもう昨日の話なのかもしれない。
もっと詳しく書くと、ファイナンスの連中がいまだに悪党のように儲けているが、そしてそれはもう明らかになったように連中の一部が本当に悪党だからという面もあったりするわけだが、1980年代と1990年代の初めに大きくなった大学教育を受けた労働者と受けていない労働者の間での賃金ギャップそれ以降、大きく変わってこなかったのだ。実のところ、近年の大学卒業生の所得は、金融危機が襲ってくる以前から停滞するようになっていた。そしてだんだんと利益が上昇してきた。労働者全般の、さらには今日の経済での成功へ導いてくれると思われていたスキルを身につけた労働者たちすらも犠牲にして。
なにが起こっているのだろうか?私の知る限り、ありえる説明は二つある。どちらもある程度は真実だろう。一つは、労働者にとって不利な技術が登場してきたというもの。もう一つが、独占力の急な上昇の効果を目にしているのだというものだ。この二つの物語を、一方はロボットを強調するもの、もう一方を泥棒男爵を強調するものと考えてみよう。
ロボットについて。いくつかの目立つ産業において技術がすべての、あるいはほとんどのタイプの労働者を置き換えていっていることには疑問がない。たとえば、いくつかのハイテク製造業がアメリカに戻ってきている理由のうちの一つは、今日ではコンピュータのもっとも価値のある部品であるマザーボードは、基本的にロボットによって作られているので、安いアジアの労働力は海外生産を行う理由にはもはやならなくなったからというものだ。
最近出た"Race Against the Machine"において、MITのErik BrynjolfssonとAndrew McAfeeは、同様のことが、運輸や法律などのサービス業を含めた多くの分野で起こっていると主張している。かれらの例において重要なのは、置き換えられていっている仕事の多くが高スキル、高賃金であるということだ。テクノロジーの暗黒面は肉体労働者だけに限られているわけではない。
けれど、イノベーションと進歩が本当に多くの労働者、さらには労働者全般の害になったりすることがあり得るのだろうか?そんな事は起こりえないという主張によく出くわす。しかし実際にそういった事は起こり得るし、まともな経済学者はおよそ2世紀に渡ってこの可能性に気づいてきた。19世紀初めの経済学者デヴィッド・リカードはその比較優位の理論によって最もよく知られている。この理論は自由貿易の根拠を与えているものだ。しかし彼がこの理論を述べたのと同じ1817年の本には、産業革命期の新しい資本集約的なテクノロジーが労働者を貧しくすることが、少なくともしばらくの間は、あり得るということについての章がある。現代の研究はこれが数十年にわたって実際におこったことを示唆している。
泥棒男爵の方はどうだろうか?今日では、独占について語られることはあまりない。反独占法の施行はレーガン時代にかなり衰退し、本格的には回復することはなかった。しかし、New American FoundationのBarry LynnとPhillip Longmanは、ビジネスの上昇する寡占が停滞する労働需要の重要な要因だと私には説得的に論じている。企業はその拡大する独占力でもって価格を引き上げつつ、得たものをその従業員へわたそうとはしていない。
テクノロジーと独占のそれぞれがどれだけ労働の価値の低下を説明するのか、私にはわからない。これは部分的には、何が起こっているのかについてろくに議論されていないからだ。労働から資本への所得のシフトはいまだに国家的な議論のなかに入り込んできていないと思う。
しかしこのシフトは起こっている。そしてこれには大きな含意がある。たとえば、企業への税率を引き下げようとする大きな、そして大変な金のかけられた動きがある。労働者の犠牲のもとに利益が急増していくなかで、これが本当に我々の行いたいことなんだろうか?あるいは相続税を減らしたり、無くそうとしたりする動きについてはどうだろうか?もし我々がスキルや教育ではなく、金融資本が所得を決めてしまう世界に戻るのなら、富の相続をさらに容易にすることが本当に我々の望むことなんだろうか?
すでに述べたように、この議論はまだほとんど始まってもいない。しかし、始めるべき時なのだ。ロボットと泥棒男爵が我々の社会を何かまったく違うものにしてしまう前に。
 
 
 
ブログ記事
テクノロジーと賃金、そして分析(ちょい学者っぽい) 2012年12月10日
さて明らかに、私のロボットとその他についての記事への反応は大きかった。(昨夜の私の編集者の反応は、「よかったぁー、財政の崖についてじゃなかった!」だったが)しかし、反応の多くは肯定的であれ否定的であれ、どうも経済学のロジックを誤解しているように思える。技術進歩が労働者を害するなんてありえないと信じている読者もいるようだし、急速な生産性上昇はいつでも労働者を害すると信じている読者もいるようだ。どちらも真実ではない。なので、理論的には何がどうなるのかについての説明してみようと思う。知っている人にはこれが、J・R・ヒックスが彼の1932年の賃金の理論(PDF)の中での分析の解説でしかないことはわかるだろう。
集計的生産関数の概念から始めよう。これは経済全体での産出を、資本と労働の経済全体での投入に結びつけるものだ。もちろん、こんな集計は現実の複雑さというものを無視している。で?
さて更に、現在の目的のために資本の総量は一定として、労働の総量とともにどう産出が変わるかを考えていこう。この関係はこの図の中の一番したのカーブのようであるとする(上のカーブにもすぐに触れる)。

さて、完全競争経済においては(心配は無用。何が起こるのかは説明する。すぐにじゃないかもしれないが)、どんなレベルであれいわゆる完全雇用と整合的な実質賃金を受け入れることで労働力は完全雇用を達成することができる。ではこの実質賃金はなんなんだろうか?それはその雇用水準での労働の限界生産物だ。これは図でいうと、集計的生産関数が垂直の青い線を横切るところでのその関数のカーブの傾きだ。
さて、技術進歩が起こったとしよう。これは現在の文脈においては単純に、生産関数の上へのシフトとしてあらわされる。論点をはっきりさせる為に、二つのカーブを描いてみた。テクノロジーAとテクノロジーBは完全雇用において完全に同じ産出となるように描かれている。これはまたどちらも計測された生産性がまったく同率で上昇するということだ。テクノロジーAはもともとの生産関数の比例的な上方シフトだ。これは「ヒックス中立的」な技術変化だ。その結果、青い線を横切るところでの関数の傾きは同様の比率で高まっている。つまり、実質賃金は生産性の上昇と同じだけ上昇している。
しかしテクノロジーBではそうなっていない。雇用が低いほど、産出の上昇は大きくなっている。雇用が低いとは、資本労働比率がより高いということだ(この分析では資本の総量は一定としているからね)。その結果、完全雇用レベルを超えるところでは、傾きはより平坦になっている。これはつまりテクノロジーA*4よりもずっと低い実質賃金ということだ。実のところ、すでに書いたように、元のテクノロジーにおいてよりも低い実質賃金になっている。
さて、これまで見てきたことは、技術進歩の賃金への影響は、その進歩の偏向に依存している。もし資本偏向的なのなら、労働者は生産性向上の恩恵を完全にはうけない。そしてもし非常に強く資本偏向的なのなら、実際に貧しくなることも可能だ。
よって、多くの右派がどうやらしているように、技術からの産出増加が必ず労働者にトリクルダウンしてくると仮定するのは間違いなのだ。そして、たとえばWilliam Greiderのように一部の(全部ではないが)左派が時折しているごとく、急速な生産性上昇が必然的に職や賃金に害を及ぼすと仮定するのもまた間違いだ。すべては状況次第なんだ。
今現在起こっているのは、労働からの所得の大幅なシフトが、一見したところ資本偏向的に見える新しいテクノロジーの登場と同時に起こっているということだ。よって我々は上のテクノロジーBの話を目撃しているのかもしれない。
しかし、別の可能性もある。我々は実際には完全競争などしていないという事実がなにか大きな役割を持っているという可能性もあるのだ。
さて、このお話はこれまでのところここまでだ。そしてその内容は重要なものなんだ。

*1:オフショア、海外への生産移転が続いていたアメリカの製造業が、その生産をアメリカ本土に戻す事例が起こっている。

*2:アメリカのインフラが老朽化しているということ。

*3:大学に行くことによる賃金の上昇分。

*4:原文ではテクノロジーBとなっているが、これはタイポだと思われる。