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P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

ガン=カタは偉大、あるいはかつては銃は早口であったということ

ようやくですが、「劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語」を観てきました。絵と動きが素晴らしいし、愛と欲望のために救済をこの世から奪うという話も面白かったので、感想をそのうちに書くかもしれません。ただ、作品内容とは全然別に、劇中のガンアクションで改めてガン=カタは偉大だったんだなとおもったので、まあ「みんな知ってる」レベルの話ではありますが、その事についてちょっと。
今更必要はないと思いますが一応説明しておきますと、ガン=カタとは映画「リベリオン」に登場する銃を利用した近接格闘技術のことです。

リベリオン-反逆者- [Blu-ray]

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より詳しい説明としてはWikipediaのガン=カタの項がをありますが、そもそも映画の中の設定なのでガン=カタシーンを観るのが一番でしょう。

Gun Kata Scenes - Equilibrium - YouTube
5分半もあってちょっと長いですけど、もしガン=カタが何かご存じないならばこの動画をだいたい50秒くらいの所から1分ほど見て、そこから3分くらいのところまで飛んで最後まで観てもらえれば完全に理解してもらえるのではないかと。もし時間がなければ3分半から最後のとこまでだけでも。相手の動きと弾道についての統計に基づいた予測により常に弾が当たらない位置に身を置く銃の近接格闘術というガン=カタの設定の発想によって、なぜ多数の敵が撃ちまくってくるのに主人公には弾が当たらないのかというかつてのガンアクションにおける当然の疑問を劇中においては無効化したこの「発明」は非常に偉大なものでした。ですが日本のアニメ・漫画系においてのガン=カタの重要性としては、弾が当たらないという点はもちろんですが、同時に銃を使う近接かつ瞬時ではない格闘シーンを可能にした点が大きいのではないかとおもいます。
 
一応書いておくと、銃による瞬時ではない近接戦闘を「リベリオン」の「発明」としていますが、実のところ俺が無知なだけでそういう描写をもつ先行作品はあるのかもしれません。たとえば「リベリオン」の数年前の「カウボーイ・ビバップ」テレビ版*1の最終回におけるスパイクとビシャスの格闘は、銃を使っているのはスパイクだけでビシャスは刀をつかっていますが、ガン=カタの最後の銃格闘シーンまであと一歩という感じですし。

Cowboy Bebop最終話のラスト - YouTube
とはいえ、たとえ完全な「ガン=カタ」アクションをリベリオン以前にやっている作品があったとしても、そういうガンアクションを「ガン=カタ」と名付けて有名にしたのは「リベリオン」ですから、ここでは「リベリオン」の発明という事にしておきます。

で、その上で何が言いたいかというと、対面でのガンアクションにおいて日本のアニメの間と溜めを可能にしたこと、それによって日本のアクションエンタメにおける「拳で語る」を銃においても可能にした事は重要だったのではないかという事です。昔の日本のアニメ・漫画のアクションもの、それもある程度リアリティラインが低い*2作品、つまり非現実的な描写の多い作品においては、実は銃は実はちょっと使いづらいところのあるガジェットではなかったかと思います。なぜかというと、日本のフィクションでのアクションにおける内面吐露のような語りの多さ、さらには言葉ではなく体をつかった「拳で語る」的描写にとって、銃は使いづらかっただろうからです。もちろん、銃は日本のアクション作品にとってずっと重要なガジェットであったわけですが、そういう作品のガンアクションシーンでの面白さは言葉やアクションを介したコミュニケーションの快楽を目指したものではなかったのだろうと思うのです。別の方向を追求した銃の楽しさではなかったかと。銃を作品内に真剣に持ち込むなら、対決者どうしは距離をとるか、あるいは決着が素早くついてしまう*3ことにならざるを得なくなります。もちろんそれでも面白いガンアクションはいくらでも生み出されてきたわけですが、リアリティラインの低い作品、闘いの最中の間と溜め、コミュニケーションが快楽を生み出すタイプの作品においては、銃は早口すぎてつまらないガジェットであったのだろうと思うのです。距離を置いた瞬殺も雑魚相手ならいいですが、物語の中で重みをもつラスボス相手ではもったいなくて使えません。これは日本のフィクションだけでなく、たとえばマトリクスもあれだけ銃が使われる映画でありながら、エージェントとの闘いではカンフーが使われます。それに対して刀は、鍔迫り合いによって拳同様の近接戦闘での間と語り合いを可能にした上で、拳とは違い一撃必殺までセットでつけてくれるのですから、ルパン3世における五右衛門の斬鉄剣のように刀が銃よりも戦闘手段のヒエラルキーにおいて上位に位置付られる事もあったのもむべなるかなというものです。

それを変えたのがガン=カタの「発明」でした。近接戦闘が瞬時に終わらず、さらにはガン=カタ的戦闘のためには戦闘者は非常に高度の戦闘技術を身につけているということが前提になるので、昔の日本のフィクションにあった「飛び道具とは卑怯なり」といった低技能者の武器という偏見を完全に払拭して、まるで剣術のごとき技をみせる熟練者のアクションを描くことができるようになったわけです*4。ラスボス相手でも銃が使えるようにしたガン=カタの発想は得物の変更の必要をなくした点でも物語の進行を助ける発明であり、刀の鍔迫り合いとはまた異なる「語り」と間を提供するものとして、その後の実写ガンアクション映画はもちろん、「まどか☆マギカ」の劇場版新編など日本のアニメでも使われるようになっていった重要な発明であったということを改めて思ったわけでした。

*1:というかWOWOW版というのか。テレビ東京放送時の最終回はビデオにとって、なぜか何度も繰り返しみてましたので、あれも好きですが。

*2:ちょくちょくネットで目にする「リアリティライン」という言葉を便利なので使っています。これは作品内における「リアルさ」の程度についての言葉のはずですがはっきりとした定義が見つからなくて、実のところ高いのがよりリアルなのか、低いのがよりリアルなのか、よくわからないのですが。

*3:スローモーションの利用によって視聴者側にはある程度の時間が経つことにはあるでしょうが。

*4:その結果、Musashi-Gun道という作品が生まれてしまった事は忘れてしまいましょう。