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P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

伊坂幸太郎 「マリアビートル」 

読書

Kindle版が安かったので買ってみた伊坂幸太郎「マリアビートル」の感想。

マリアビートル (角川文庫)

マリアビートル (角川文庫)

新幹線の中での殺し屋たちの争いというコメディタッチのエンタメ作品。伊坂幸太郎は、伊坂作品を原作とする映画「ゴールデンスランバー」を2010年2月14日(日)のバレンタインデーかつTOHO1000円の日にまわりじゅうカップルだらけという環境のTOHOの映画館で観て敗北感を味わったことはありますが、小説のほうは初めて読みました。通常なら手を出す事もなかったはずなんだけど、なんかKindleのお安いやつはついつい誘われてしまったりしますな。「グラスホッパー」という作品の続編らしく、個性の強いキャラ達によるなんか無理ある展開の話だったのですけど、結構面白かったです。

で、その面白さは煎じ詰めると、ものすご~く嫌な奴がいて、そいつが最後の最後にそれまで舐めていた相手にやっつけられてしまうという王道の爽快感パターン。それもギリギリで勝つとかいうものではなくて、その相手というのが実は物凄く強くて、嫌な奴のうわてをいっているという読んでいる側からすると安心感とザマーミロ感に幸福に包まれるパターン*1。なんだか「正義の味方」が最後の最後に悪人をやっつけるかのように感じてしまういますが、実際は主要登場人物全員が犯罪者の悪人なので「正義の味方」なんて本当はいないわけです。

でも、エンタメ作品はどういう人物達を配置しようとも、あるいはこの世の中に正義や悪なんて存在しないとかしょぼい建て前をのたまおうとも、その配置の中での、あるいはその配置の中なりでの正義と悪*2を立てる事は大切ですよね。その作品が切り取ってみせる世界の中での「相対座標」が。冷静に考えればそんな相対座標はおかしなものではあっても、エンタメ作品でははっきりした相対座標をちゃんと作ることが必要だなと改めて感じました。

*1:ただその嫌な奴のラストがはっきり描かれるわけではないので、もしこの作品の続編でもあれば、実は生きてましたとかいうのも可能にはなってますが。

*2:あるいは、好意と反感を持つ対象か。