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P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

 クルーグマン:よりマシな搾取へ

クルーグマンのブログポストの翻訳です。このポストで扱われている搾取とは、発展途上国での低賃金労働者が詰め込まれて働く工場、いわゆるスウェットショップ・搾取工場といわれるものについてです。そういった発展途上国の工場・労働環境の改善は欧米のリベラルの定番テーマの一つですが、クルーグマンはそれに共感しつつも、90年代にそれに結構批判的な文章(邦訳)を書いています。クルーグマンはリベラルですが、90年代にはアメリカのリベラル派を怒らせる文章を色々と書いていたんですよねぇ。ただ、2000年代のブッシュ時代に入って以降、本人の問題意識が変わっただろうと思ってまして(本人もどこかで民主党と共和党なんて対して違わないと思っていたのに、ブッシュに目を開かれたと言ってたはず)、上の邦訳へ2010年につけたブクマで私は「論調を幾分変えるとおもうよ」と書いてました。といって本人がはっきりそれに触れたわけではなかったのでそう予想していただけだったのですが、ようやくそのものずばりのポストが書かれたので訳しておきました。クルーグマン自身が書いているように考えを変えたというよりは、同じ目標と変化した状況の組み合わせで、これまでとは違うものが出てきたという処でしょうが、どうも経済学よりの人はスウェットショップについてはその有益性の強調以外は言わない印象ですので、こういうのもいいのじゃないでしょうか。
誤訳・タイポ等ありましたら、コメント欄にてご連絡ください。
 
 
よりマシな搾取工場  ポール・クルーグマン 2013年7月8日
昔、昔の大昔、私は我々の国が直面する政治・経済の主要な問題はグローバライゼーションについてになるのだろうと思っていたものだった。そうではなくて、我が国の時計の針を戻し、金ぴか時代*1を甦らせようとする強力な連中がらみのものとなるとは思いもしていなかった。(かつて一度、たしかロバート・カットナー*2に対してだったと思うが、彼と私が関税について議論をしていた*3裏で、サウロンがモルドールに勢力を結集させていたんだと語った事がある)。とにかく、当時、Slateのコラムニストとして、西洋諸国の基準でみた低賃金と酷い労働環境が貧困国においては必要で避けられないものだと主張する文章を書いた。そして、予想通りの反感を買ったものだった。
これらの事は皆、脇へと追いやられてしまったのだが、しかしまだまだ存在している。バングラデシュでの工場のホラーはこれらの事をいくらか表舞台に引き戻した。そして、第三世界の縫製業者により厳格な安全基準と労働条件を受け入れさせようとする真剣な動きもある。さて、私はこれらをどう見ているだろうか?
その答えは、大賛成だというものだ。そして、これは私の以前の見解に矛盾するものでは全くない、と思っている。
その生産性の低さをからすれば、バングラデシュのような国々は労働者に非常に安い賃金を払い、そしてまたはるかに悪い労働条件を提供するのでなければ先進国と競争できないというのは真実のままだ。バングラデシュのアパレル産業は我々には搾取工場に思えるものによって構成されたままとなるだろう。でなければ、そもそも存在しえなくなる。そしてまたバングラデシュはとりわけそうなのだが、ホントーにアパレル産業が必要なのだ。それだけがほとんど唯一、経済をなんとか浮上させているものなのだから。
しかし現時点では、貧困国と富裕国のアパレル製造にはいかなる競争も存在していない。産業全部が第三世界にすでに引っ越してしまっているのだから。なので代わりに、競争は貧困国の間でのものになっている。とりわけ、バングラデシュ対中国のものに。そしてこの場合、(生産性の)違いはそれほどドラマティックなものではない。マッキンゼー(pdf)はバングラデシュのアパレルの生産性を中国のレベルの77%と推計している。
この現状に基づいて、我々はバングラデシュにその労働者へより良い労働環境を提供することを求める事ができるだろうか?もし我々がこれをバングラデシュに求めれば、それもバングラディシュだけに求めたなら、逆効果となるだろう。企業は中国か、あるいはカンボジアにでも移ってしまうだろう。しかし我々が全ての国により高い基準、この業界を先進国に戻そうといっているわけではないので、ほどほどに高い基準を全ての国に求めるならば、労働者の生活を改善する(そして労働者の酷い死を減らす)事ができるだろう。これらの国々がどうしても必要な輸出産業を損なう事なしに。
では、我々は低賃金・労働集約的製造業で働く多くの労働者の状況改善のために何かをなすことができるのだろうか?勿論、できる。ゴールが現実的で、その手段がバランスの取れたものなら。そして我々は前進し、それを行うべきなんだ。

*1:南北戦争後から19世紀末までの30年ほどの時期のアメリカの事で、政府による規制も保障もなかった時代を意味する言葉として使われる。

*2:ロバート・カットナー(Robert Kuttner)はリベラルなジャーナリスト・雑誌編集者で、90年代にクリントン政権に対して色々と批判的だったクルーグマンを[http://prospect.org/article/state-debate-peddling-krugman:title=批判]したりしていた。

*3:クルーグマンが名を成した戦略的貿易理論はそれまでの貿易論とは違い、収穫逓増に基づいて関税などの政府介入が一国の効用を増加させる可能性を主張するのであった。1993年のクリントン政権発足時、大統領経済諮問委員会委員長を務めたローラ・D・タイソンなどが対日経済政策でそういった[http://goo.gl/gqDUk:title=政府介入を主張]、これに対してそもそもの戦力的貿易理論の主要な理論家であったクルーグマン本人が[http://diamond.jp/articles/-/2734:title=反論し]、[http://goo.gl/DjtiL:title=本まで書いた]。その他、色々あってクルーグマンはリベラルではあるが、90年代中は左派系の経済学者やジャーナリストと色々と険悪だったりしていた。上のカットナーの批判文はその結果だが、2000年代に入り、クルーグマンがブッシュ批判を行うメジャーどころではほとんど唯一の人物となる中で、その関係は改善していく。