P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

いや、だから政治家は公約を守るんですってば!At least, theoretically...

"The role of party reputation in the formation of policy", Joseph E. Harrington, Jr., Journal of Public Economics, vol.49 (1992), pp.107-121

政治経済学の研究者にはAlesinaとかPerssonとか、あと言うまでもなくGrossmann・Helpmanとか(あとRoemerもかな?)、有名な人が色々いるわけなんだけど、個人的に好きなのはおそらくあまり有名ではないJoseph E. Harrington, Jr.、だったりする。彼はJohns Hopkinsの教授で、80年代の終わりくらいに色々とPolitical Economyの論文を書いていた(雑誌掲載は90年代初めになる)。なんか論文の興味とスタイルが俺のそれらと合うんだよなぁ(勿論、我彼の論文のレベルの差はおいといてね)。どうもその後はカルテル等の産業組織論の方に移ったらしいんだが、もったいないなぁ。
で、この論文は彼の論文の一つで、非常にお世話になりました。政治経済学のElectoral Competitionモデルでは伝統的にPolicy Commitmentつまり、政治家は選挙公約を守りますという仮定を置いていたわけなんだけど、そんなわきゃねえだろ!と野暮な突っ込みをして新しい分野を切り開いたのがAlesina(1988)。では政治家は公約をまったく守る事がないんだろか?じつはPolicy Commitmentを仮定しなくても、公約は守られたりする。政治家の政策選好が有権者に知られているとすると、有権者にとってCredibleな公約は各政治家の選好する政策だけとなるから、それらを公約とすればいい。しかしそうだとすると、そうでない政策の公約は守られる事はないんだろうか?いや、実は理論的には均衡において政治家が自身の選考しない公約を守ることが十分可能ですよ、というモデルを出したのがAlesian and Spear(1988)でした。どっちもAlesina。伝統的な仮定を外して新しい問題を見せた上で、それへの解答をすぐさま出したわけで、かっこいいよね、Alesina。ただ一つの問題はその証明が間違っていた事。
その間違いを指摘して均衡上で公約を守る別のモデルを出したのが、Harringtonのこの論文のワーキング・ペーパーなわけ。ジャーナル掲載バージョンのこっちではAlesinaの間違いについて脚注で軽く触れられているだけなんだけど。
モデルはAlesina and Spear(1988)もHariington(1992)も、どっちも政党をOLGとしてモデル化している。各期において各政党(Electoral Competitionのモデルは大抵、アメリカの政治を暗黙のうちにベースとするので政党数は二つ。まあ、三つ以上政党があると話がややこしくなるしね)はOldとYoungの政治家からなっている。で、次の期間には引退するOldは次の選挙を気にする必要がないので、公約を守る誘引がないわけ。なのでAlesina and Spear(1988)はYoungがOldにutilityを渡すモデルを考えた。公約を破られたら有権者からの党の受けが悪くなる。これは次の選挙に出馬するYoungには都合が悪い。だから、Oldさん、もし公約を守ってくれたら、わたくしYoungがそのぶん色々補償させていただきますよ、と。つまり、公約を守るように賄賂を渡すってことだね。変な話なようだけど、実はそれほど変でもない。長老議員への党からの優遇を考えてみてくれ。ただ、理論的にはこのモデルは穴があった。なにしろ賄賂は公約が守られた後、つまり公約の政策が実施された後に渡される事になっているので、じつのところもうYoungには賄賂を渡す理由がもうないのだ。よって公約が守られた後に賄賂を渡す事はCredibleでないので、OldはYoungのこの約束を信じない。だからやっぱりOldは公約を守らないとなる。Harringtonはこの事を指摘した上で、政治家の引退後をモデルの中に組み込んだ。政治家が公約を破る理由は、政治家に政策選好があるからだ(もしないなら公約をそのまま実行するだろう)。しかし政策選好があるなら、引退後もその元政治家は自分の政党が選挙に勝つかどうかを気にすることになる。だって自分の政党は自分の好む政策を実施するわけだから。よって、政治家はその政治生命の最後の期間でも公約を破らない誘引を持つわけだ。自分はもう選挙には出ないが、公約を破ると自分のお気に入りの政党が自分が引退してからの次の選挙で不利になるから。Alesina and Spear(1988)では公約を守る誘引は外部(Young)から与えられていたわけだけど、Harringtonは政治家自身の中にちゃんと誘引がありますよと、指摘したわけ。また彼のモデルは均衡において、Electoral Competitionモデルで頻繁に起こるPolicy Convergenceが起こらないものとなっている。各政党の公約は政治家達の選好よりは中道より何だけど(選挙に勝つため;Median Voter Theoremのロジック)、同一にはならない。だってもし政策が同一なら、政治家が公約を守る誘引がなくなるから。政策に違いがあるからこそ、政治家は自分の引退後も自分の政党が選挙で有利なように公約を守るわけだから。
というわけで、政治家は選挙公約を守るんです、という事になるわけなんです、理論的にはね!