P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

クルーグマン:財政赤字と未来

クルーグマンニューヨークタイムズのコラムです。これは明らかにこのマンキュ−のニューヨークタイムズへの寄稿(翻訳)を意識していると思います。
財政赤字と未来  ポール・クルーグマン 2008年12月1日

今現在、合衆国政府が経済を上向かせる為にどれほど積極的になるべきかについての激しい議論が起っている。私自身を含んだ多くの経済学者は、経済がこのまま落込んでいく事のないように非常に大規模な財政出動を主張している。だが他の者達は、その大規模な財政赤字が将来世代に課す事になる負担の事を懸念している。
しかし、赤字を心配している者達は完全に勘違いをしているのだ。現在の状況の下では、短期的によい事と長期的によい事の間にトレードオフはない。強力な財政出動は経済の長期的な見通しをも実のところ好転させるだろう。
財政赤字は長期的には経済を悪くするという主張は、政府の借り入れが民間投資を「クラウドアウト」してしまうという考えに基づいている--つまり、国債を発行する事で政府が利子率を引き上げ、それによってビジネスが新しい工場や設備への支出を控えるようになり、そしてそれが経済の長期的な成長率を落としてしまう、と。通常の場合、これはとても真っ当な主張だ。
しかしただ今の状況は、通常のものなどではまったくない。もしオバマ政権財政タカ派に屈してその支出案を削減した場合、来年に何が起るか考えてみて欲しい。
これは利子率の低下につながるだろうか?短期利子率の低下につながらない事は間違いない。それは連邦準備制度によってほぼコントロールされていて、連銀はすでにその利子率を出来うる限り低いところ--実質0%--に保ちつづけているし、経済が過熱する危険性が出てくるまではその政策を変更する事はないだろう。そしてそんな事が近いうちに現実的な見通しとなることはないだろう。
長期利子率はどうなのか?すでに半世紀ぶりの低さとなっている長期の利子率は、将来の短期利子率への期待を反映するものだ。財政緊縮はこれをさらに低くする事ができる--しかしそれは経済が長期に渡って非常に沈滞するという期待を作りだすことによってそうなるのだ。そしてそれは、民間投資を増やすのではなく、減らしてしまう。
経済が沈滞している時の財政緊縮は民間投資を減少させるというのは机上の空論などではない。それは歴史上の二つのエピソードで実際に起こった事だ。
一つめは1937年に起った。フランクリン・ルーズベルトが彼の時代の財政タカ派のアドバイスに誤って従ってしまった時だ。彼は政府支出を急激に削減した。とくに公共事業促進局を半分に削り、そして税金を上げた。その結果は深刻な不況と、そして民間投資の急低下だった。
第2のエピソードは60年後に日本で起った。1996年−97年、日本政府は財政を均衡させようと、支出を削り税金を上げた。そしてまた、その結果の不況から民間投資の急低下につながった。
はっきりさせておきたいが、私は財政赤字の削減がいつでも民間投資にとって悪い事だと言っているわけではない。ビル・クリントンの1990年代の財政抑制がその時代のアメリカの投資ブームを助けて、それが生産性の急上昇を助けたのだと主張する事は可能だ。
ルーズベルトのアメリカと1990年代の日本には、財政緊縮を誤った考えとする特殊事情があったのだ:両方のケースにおいて政府は支出削減を流動性の罠にはまっていながら行った。その罠とは、金融当局が出来うる限り利子率を下げようとも、経済はその能力をずっと下回ったレベルでしか動かないという状況だ。
そして今日の我々もまたその同じ罠にはまっている−−ゆえに財政タカ派は間違いなのだ。
もう一つ:財政出動は、もしその支出の大部分が公共投資として行われれば、アメリカの将来を非常に明るくするのにも役立つだろう−−道を作り、橋を修繕し、新技術を開発して。それらは我国を長期的にさらに豊かにしてくれる。
政府は大規模な財政赤字を恒久的に持つべきだろうか?勿論、違う。政府債務は多くの人達が信じているほどひどくはない−−結局それは我々が我々自身から借りているという事だから−−のだが、長期的には政府も個々人同様、その支出を収入にあわせなければならない。
しかし今現在、民間支出には本質的な落ち込みが発生している:過去の過剰投資により痛手を負い、金融システムの問題で力を削がれたビジネスが投資を削減しているその時に、消費者が貯蓄の美徳を再発見しているのだ。そのギャップもいつかは埋まるだろうが、しかしそれまでは政府支出が支えとならなければならない。そうでなければ、民間投資、そして経済全体が更に落込んでしまうだろう。
よって結論は、今日の財政出動は将来世代にとって悪い事だと考えている人達は、完全に間違っているということだ。最善の行動は、今日の労働者とそしてその子供達の為に、経済を回復軌道に乗せるためにやれる事は何でもやる事なのだ。