P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

バーテルとケンワーシー:大統領と所得の不平等


青は第二次世界大戦後の民主党大統領、赤は共和党大統領、水平軸は所得分配の20%ごとの階層(右へ行くほど高所得です)、垂直軸は年率の所得成長率です。[追記:第二次世界大戦後の各所得階層の所得成長率の平均を大統領の所属政党で分けて出したものです。]これは政治学者ラリー・バーテル(Larry Bartels)のUnequal Democracyという本からの図で、今年の前半にアメリカの経済・政治系のブログで話題になっていたものです。バーテルはクルーグマン同様プリンストンの教授で、クルーグマンはバーテルの論文からの同様な図を以前から話題にしていたりしました。さて伝統的に共和党は経済に強いとされ、対して民主党はより平等志向だとされてきました。この図からも民主党の平等志向は明らかですが、より重要なのは実は全所得階層において共和党大統領下でよりも民主党大統領下での方が所得が伸びていた、ということですね。つまり民主党政権下では共和党政権下と比べて、所得は高くなった上に平等化が進んだわけです。さらに、共和党政権下でより民主党政権下での方が株式市場の成長も高かったりもしています。これで一体なんで共和党は経済に強いという事になってたのか?さらに一体なぜ、民主党はこれまで選挙に負けてたのか、データからするとよく分かりません。まあ「強い」というのが「上手い」ということではなく、「こわもて」するというか、声が大きい、という事以上のことはなかったんでしょうね。
さて、この様に政党の違いが所得の不平等の違いとなって現れてくるとすると、来るべきオバマ政権では所得の不平等の逆転も期待されようというものですが、当然ながら異を唱える人もいます。アリゾナ大学の政治学者であるレーン・ケンワーシー(Lane Kenworthy)教授がデータを再検討して、このバーテルの結論に反論していましたので訳してみます。ただいきなり反論だけ訳していてはバーテル教授に悪いので、その前にバーテル教授がTPMcafeに寄せた自著についてのポストも訳しておきます。このポストは、大統領の政党と所得不平等についてのこの発見へのありがちな批判への反論となっています。
[追記:色々と不手際がありましたので、修正しました。]
共和党、民主党、そして不平等  ラリー・バーテル 2008年5月12日
Unequal Democracyにおけるもっとも議論を呼ぶ発見の一つは、ホワイトハウスに民主党の大統領がいる時よりも共和党がいる時の方が、中産階級と労働貧困層の家計の所得の成長がはるかに低いというものだ。国勢調査の所得の変遷についての表[Historical Income Table]によると、1948年以来、中産階級の所得の成長は民主党政権下で2倍も高く、労働貧困層の家計(所得分配の下から20%に位置する家計の事とする)の所得の成長は、共和党政権下より民主党政権下で6倍も高いのだ。所得分配のトップ近くの家計だけが、どちらの政党でも変わらぬ成長となる。これを疑う人達はこれらの数字を怪しむ様々な理由を述べている。そのうちのいくつかを下に述べてみた--それらへの反論と共に。
1.このパターンは、民主党が1970年代中期*1までの高度成長の時期の大半にホワイトハウスを占めていて、共和党がより成長の遅い時期に政権を取る事が多かった事を反映しているだけだ。所得の成長が大きく低下した事、とくに中所得と低所得の家計にとってそうだった事は事実だが、二つの時期を分けて考察しても所得の成長についての党による違いは現れてくる。政党のコントロールから離れた所得成長のパターン、原油価格ショック、労働力参加率の変化、そしてその他の潜在的に重要となりうる経済的社会的条件の変化を考慮しても、所得成長のパターンの政党による違いは実質的に変化する事はない。
2.このパターンは、レーガン(あるいはクリントン、あるいはLBJ[ジョンソン]、それともアイゼンハワー)時代の変則的な所得成長を反映しただけだ。これらの大統領のどれをデータから抜き出してみても、共和党と民主党の間での所得成長のパフォーマンスの大きなギャップは残る。実際、1980年から81年の大きな不況期に大統領であったジミー・カーターの目立つ例外を除けば*2、戦後期の全ての民主党大統領の下で、労働貧困層家計の年率実質所得成長率は2%を越えている。共和党の大統領ではアイゼンハワーだけがこの成長率を達成している。実のところ、戦後期における他の5人の共和党大統領の誰も、労働貧困層の人々の為にその半分も達成できていないのだ。
3.民主党前任者による維持できない政策のつけを支払う為に共和党大統領の下で所得成長は低かったのだ*3この主張にとっての問題は、所得成長の違いは、2期目や3期目*4においての方が、民主党から共和党へ変わった時やその逆の時よりも大きいという事実だ。特に、中・低所得の家計の平均実質所得成長は、共和党大統領の1期目よりも、2期目・3期目において低いのだ。明らかに、これらの事を誤った民主党の政策を正す為の短期的な修正のせいにする事は出来ない。逆に、民主党の大統領は1期目より2期目においてより高い成長率を実現している。これは彼らが、高い所得成長を実現するために分別ある共和党前任者からの助けを必要としていない事を示唆している。
4.議会が経済政策を決めるのではないのか?政治的に巧みな大統領は、たとえ議会において自党が多数派でなくとも、そのイデオロギー上の目的にそった政策を生み出す為に多くの事ができる。これは、そのイデオロギー上の目的の為には多くの場合、議会が行動する事ではなく行動しない事を求める共和党の大統領にとっては特にそうだ。ではあるが、議会の党派の構成は所得成長のパターンに何らかの追加的な影響を与えているだろう。しかし、1995年までは民主党が、そしてその後は共和党が下院を実質的に継続して支配してきた為、その影響を計るのは非常に難しい。よって、議会の党派の構成の変化によるどんな影響もより大きな経済の趨勢から影響と混同されてしまう。
5.おそらく、共和党の選挙の勝利は中産階級、および貧困層の低い所得成長の原因ではなく結果なのだろう。所得成長が低い時には、共和党がより勝っているというわけではない。というより、経済が悪ければ有権者は民主党であれ共和党であれ政権政党を罰しているようだ。まあなんであれ、共和党と民主党の間での所得成長の違いが最も大きくなるのは各政権の2年目なのだが、その所得成長の違いがどうやって2年前の選挙に影響を与えるのかは、全く明らかでない。またこの違いが2年後の選挙の結果に影響を与えているという証拠もまったくない。その逆に、有権者は選挙の年の経済状況をもっとも気にしていて、共和党と民主党の大統領達の政権初期における所得成長の大きな違いは無視しているようだ。これは、劇的かつ重大な政治的説明責任の失敗である。

大統領と所得の不平等  レーン・ケンワーシー 2008年12月9日
民主党の大統領がもうすぐやって来る。ならば、今世代の大半を特徴づけた所得の不平等のある程度の反転を期待するべきだろうか?ラリー・バーテルの著作Unequal Democraryからの下の図は、楽観的予想への根拠となる。1948年から2005年までの期間における国勢調査のデータから、バーテルは共和党の大統領政権下よりも民主党の大統領政権下において、所得上昇についての遥かに平等なパターンを見出した。

バーテルの本は社会科学の最上のものだ:現在の政治・政策における重要な疑問についての慎重な実証上の調査だ。彼の発見した大統領の政党と所得の不平等についての強い関係は、Unequal Democracyの多くの興味深かくかつ重要な発見のたった一つでしかない。
この発見は経済と政治のコメンテーターの中では実証上の事実として受け入れられているようだ。サンプルは:Dan Balzアラン・ブラインダータイラー・コーエンケヴィン・ドラムアンドリュー・ゲルマンエズラ・クレインポール・クルーグマンAndrew LeighBrendan Nyhanダニー・ロデリックTheda SkocpolMichael TomaskyWill Wilkinsonマシュー・イグレジアスJulian Zelizer
これは、正しいのだろか?1970年代の終わりまでの期間については説得的に思われる。しかし、それ以降についてはそれほどでもない。なので、私はデータにあたってみることにした。以下が私の結論だ。

第二次世界大戦後の最初部分についてのバーテルの記述は間違いがないように思われる。1940年代後半から1970年代まで、民主党と共和党の大統領は、財政・金融政策の方向性について非常に異なる傾向を持っていた。この政策の違いは、所得分配の各層における家計の所得成長について大きな違いを生み出した。分配のトップ近くにある家計は大統領の政党には関係なくほとんど同様に上手くやっているが、下位80%の家計については民主党の方が遥かによい。合衆国の所得不平等はこの時期、共和党の大統領の下での上昇が、民主党の大統領の下での低下によって相殺されるため、全体としてほとんど変わらなかった。
1970年代以降、この物語は大きく変化した。所得不平等は急激に上昇し、大統領の政党と不平等の動きとの間の相関関係が非常に弱まった。所得分配の下位95%については、バーテルが指摘する通り、この時期も、不平等の傾向と分配の下位半分についての所得成長のパターンについて顕著な党による違いが見られる。[だが]バーテルの結論とは異なり、この党による違いは、主に課税および再分配前の収入について起っており、所得移転や税制の違いがその主要な原因ではない事を示唆している。大統領の違いは、労働組合への対応そして/もしくは最低賃金など[への政策の違い]を通して影響しているようだ。
合衆国における1970年代以降の所得不平等の傾向を完全に理解するには、分配のトップにおける展開を考慮する事が決定的に重要である。トップ1%のデータを含めると、1970年代以降、大統領の党と不平等の変化については弱い関係しか見出せなくなる。共和党と民主党の大統領は異なった税制を実行し、それらは不平等について違った影響を生んだ。しかしそのインパクトは、税引き前の所得の傾向によって飲み込まれてしまったようだ。現在のところ、分配のトップへの経済成長のシェアのドラマティックな上昇を引き起こした要因について我々はほとんど理解していないし、また大統領が果たした役割については更に分かっていない。

以下の図が、1970年代末以降に何が起ったかを良く表していると思う。*5
論文はここから。

*1:つまりオイルショック以前ということ。

*2:81年はレーガンの最初の年だが、各大統領の1年目は前の大統領の政策の影響が大きい為、その前の大統領の記録に編入されているデータの中に入っていない、らしい。

*3:政治的景気循環ってやつですね。つまり短期的には好況を呼ぶが長期的にはインフレ・不況を招くような金融・財政政策を民主党が行い、それの後始末を行ったので共和党大統領の下で所得成長が低かったのではないかというものです。

*4:同一大統領は3期を勤める事は出来ませんから、レーガン(2期)からパパ・ブッシュ(1期)の時のように同一政党の政権が続いたケースです。

*5:この図ではバーテル教授のものとは違って、民主党は「より良い共和党」という風にみえますね。1979年以降という事は民主党の大統領はカーターとクリントンですが、ただカーターは1980年-81年の不況の時期ですから、基本的にクリントンという事か。こういう「より良い共和党」な感じが[http://d.hatena.ne.jp/okemos/20081112/1226462874:title=民主党内左派からの批判]を招いているのでしょうね。[脱字を修正。ああ、もう...]