P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

コクラン、テイラー、ベッカー、バロウ

タイトルは、ジョン・ル・カレの作品のパロディーのつもりでした。すいません。でも、すべてはテイラーが悪いんです。
さて、池田先生がマンキューによる財政政策に懐疑的な経済学者のリストというのをご自身のブログに載せてられました。まあそれは保守派経済学者のリストみたいなものです。財政政策についての議論が活発化してきた去年より、この財政政策に懐疑的な経済学者と賛成の経済学者の間でのやり取り、というか主張の言いぱなしパワーボム連発みないなのがずっと行われています。で、この池田先生によるリスト掲載がちょうどいい機会かとおもいますので、賛成派経済学者による懐疑派経済学者批判を訳す事にしました。勿論、賛成派経済学者とはクルーグマンですね。あとデロング。批判されているのは、リストに載っている人達のうちの、バロー、ベッカー、クコラン、テイラーです(この順番で訳してます)。勿論批判やら再批判やらはこのほかにも一杯ありまして、とくにデロングによるFamaの批判はマンキューも絡んできて面白いのですが、長いので訳は今回はあきらめました。また時間のあるときにでも。
戦時下での支出  ポール・クルーグマン 2009年1月23日

経済危機の小さな効用の一つは、人々が急に経済史の重要性に気付くことだ。しかし残念ながら、歴史から学ぼうとする試みのいくつかはひどく的をはずしたものになっている--第2次世界大戦下での経験から政府支出の乗数効果は低いと主張する保守派経済学者による試みのように。そのことについてはここここで書いてきた。しかしもう少しデータのあった方がより有益だろう。
ロバート・バローは、第2次世界大戦中、民間支出が実のところ減少したという事実から多くのことを主張している--彼はこれを「クラウディング・アウト」の証拠と受け取っているのだ。しかし、どのタイプの民間支出が減少し、そしてなぜ減少したのだろうか?
さて、下の図はMillennial Historical Statisticsから作成したもので、戦前、戦中、戦後の住宅と自動車への支出を示している。どちらも基本的に壊滅的に低下していた。なぜだろうか?

その答えは、(1)非常に厳しい建築統制が実施されていた--実際、この統制の終了により戦後の住宅ブームが起こったのだ、そして(2)新車は生産されていなかった。生産工場は代わりに戦車を作っていたからだ(そしてもしなんとか車を手に入れたとしても、ガソリンは配給制だった)。
こういう時期の民間支出が税制刺激策の結果として何が起こるかについてのモデルとなると考える人がなぜいるのか、それは私の理解を超えている。


ゲーリー・ベッカーはガンマ宇宙域(Gamma Quadrant)から戻ってきてくれるか?  ブラッド・デロング 2009年1月19日*1

ムムム...ゲーリー...頼むから、white courtesy phoneでもって現実に電話してみてくれ*2
ゲーリー・ベッカーは次のように書いている。

ベッカー・ポスナー・ブログ:オバマの刺激策について ベッカー:
ケインジアン財政赤字支出への、経済学者の大規模な転向がおきているようだ。しかしそのような「転向」が起こった理由は明らかではない(大半の経済学者は実はずっと隠れケンジアンだった、のかもしれないが)。これは深刻な不況だが、しかしRomer and Bernstein(PDF)*3 は刺激策がない場合での失業率のピークを約9%と推測している。1981-82年の不況では、失業率のピークは約10.5%であった。しかしその時には、経済学者によるこんなあからさまかつ大規模な「転向」はなかった。そのときやそれ以来のほかの不況と比べて、現在の不況は何がそんなにも違うのだろうか?さまざまな財とサービスへの政府支出の刺激効果の予測を大きく引き上げるような違いがあるのだろうか?

現在と1982年との違いは、1982年当時には財務省証券の利子率は13.68%もあったことだ -- 連銀には利子率を下げる大きな余地があって、金融政策により失業率を下げることができたのだ。今日、財務省証券の利子率は0.03%だ -- 連銀には利子率を下げる余地がまったくなく、金融政策はこれまで試されたことのない「数量的緩和」の実験をせざる得ないところまで追い込まれているのだ。
金融政策が持ち弾をすべて撃ちつくしていて更なるアクションの余地がもうないという事実が、金融政策こそが安定化政策のためのより良いツールであると考える私のような多くの人達にオバマの財政による景気対策を認めさせているのだ。
ゲーリー・ベッカーが金融政策はすでに弾を撃ちつくしているということを知らないという事から、シカゴ大学の経済学の現状は私が考えていたよりもひどいのかもと思うようになってきている -- そんな事はもう知っていた事だったんだが。いや、知っていると思っていた事だったんだが。


二日酔い理論  ポール・クルーグマン 2008年12月27日
どういうわけかこれを見逃していた:スティーブ・レビットによると、John Cochraneは不況は良いものなのだと解説したそうだ:

「不況は起こるべきなのだ」、ミシガン湖を望むカンファレンスルームにて学生と投資家に対しこの11月、Cochraneはこう述べた。「ネヴァダで釘を打っていた人達は何か別のことをする必要があるのだ。」

つまり、私が10年も前にそれについて書いた二日酔い理論は、いまだに健在なわけだ。
その基本的な考えは、不況とは、いや恐慌でさえ、どういうわけか必要なものであって、「生産の構造を調整する」プロセスの一部だ、というものだ。我々はネヴァダで釘を打っていた人達を他の場所と職業に送り込まなければならず、そしてそれが住宅バブルのあった州で当分の間、失業が高くならなければならない理由なのだと*4
この理論の問題は、以前にも指摘したとおり、二つある:
1.それはバブルがはじけた後同様の大規模な失業が、バブルの大きくなっていた時にはなぜなかったのかを説明しない--なぜネヴァダの釘打ちへと人を送り込む時には、その他の場所での高い失業が必要ではなかったのだろうか?*5
2.それはなぜ不況が経済全体で雇用を減少させるのかを説明しない*6。なぜバブルによって膨れ上がった産業だけではないのか?
以前にも書いた事だが、現在の景気の落ち込みは、住宅バブルのなかった州においてバブルの震源地の州同様、あるいはそれ以上に深いということは驚くべき事実だ。BLSからの便利な表がある。これは去年からの失業の上昇についての州のランキングだ。失業はいたるところで上昇している。そしてバブルの中心、フロリダとカリフォルニアのランキングは高いが、ジョージアやアラバマ、そしてカロライナもまた高いのだ。
つまり、清算主義はいまだに我々と共にあるわけだ。ブラッド・デロングによると、

ミルトン・フリードマンは、彼が大学院へと進んだシカゴ大学においては、そんな危険なナンセンスは教えられていなかったと回顧したという。

しかし今は、あきらかに、そうなっているようだ。


危機における保守派の絶望 ポール・クルーグマン 2008年11月25日
さて、我々はいま経済危機と共にある。過去8年にわたる政策の失敗を反映したものだ。しかし、いつもの連中[usual suspect]が、危機こそがその政策をさらに続けなければならない理由なのだと力説している--さらには、それらの政策を恒久的なものにするべきだと。
よって、ジョン・テイラー--非常に優れた経済学者だ、そうなろうと彼が思う時には--は経済の一時的な軟調に恒久的な減税で対応するべきだと主張している。さて、では一緒に考えてみてくれ。とある一つの不況に税制を恒久的に決定させるのは正しいことだろうか?好況がきたらどうするのか;増税できるのか(ノー。もし増税したらそれは減税が恒久的なものではなかったことになるからだ)。また次の不況が来たときには?恒久減税をまたおこなうのか?減税の歯車があるのか(あるいはラケットか)?*7よく考えてみてくれ。まったく正しくないのだから。
そして自明の答え--刺激策としての政府支出--へのテイラーの反論は、ややこしくてぐだぐだしている意味不明のしろものだ:

短期的な支出による刺激で経済を活性化できるというのは、古い、大体において静的なケインジアンモデルに基づいた理論だ。こういったアプローチは現代の国際経済の複雑なダイナミクスや、事実上すべての市場での意思決定に組み込まれる将来への期待を適切に取り扱っていない。

翻訳:ラ、ラ、ラー、聞こえなーい!

そしてまた、National Review *8のRich Lowryが出ていたパネル・ディスカッションにおいて、Employee Free Choice Act*9についての最新の反論を聞くことができた:今は組合の組織化を容易にするにはほんとに悪い時期なのだ。なぜならそんな事をすれば、不況下で財界のやる気[confidence]を削いでしまうから。
不況、回復、なんであれ:いつでもどんな事でも、それはブッシュ政権が永遠に続くべき理由となるわけだ。

*1:ガンマ宇宙域とはスタートレック・シリーズでの銀河の1領域。「スタートレックヴォイジャー」はガンマ宙域から地球のあるアルファ宙域へと帰還しようとする宇宙船ヴォイジャー号についての物語だった。

*2:"white courtesy phone"の意味がわかりません。その名前のサイトはあったけど、それではないだろうし。

*3:オバマ政権の経済アドバイザーであるクリスチャン・ローマーとフレッド・バーンステンによる財政刺激政策の効果予測。

*4:池田先生がよくいう産業構造の調整、資源の再分配の問題の事です。

*5:つまり、再分配の為に不況が必要だというが、好況下でも資源の再配分(ネヴァダで釘を打つ人達が増えた事)はちゃんとおこなわれていたじゃないか、ということ。

*6:原文では"why recesions reduce reduce unemployment"となっていますが、これは"employment"の間違いだろうとして訳しています。

*7:意味分かりません。

*8:保守派の雑誌。

*9:確か組合組織かについての投票がらみの法律案で、当然リベラルは賛成、保守は反対。