P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

クルーグマン:最低賃金引下げは雇用を増やすか?

アメリカでは(日本にもありますが)、失業対策として最低賃金を引き下げろ、という声が高まっているそうです。それにたいしてクルーグマンが反論のブログエントリーを書きました。
一読いただければわかるように、全般的な賃金カットの問題はわかっても、これだけでは最低賃金カットの影響については今ひとつクリアでないんですよね。結局最低賃金カットの影響を受けるのは労働者の一部だけなので、エントリー内の議論がそのまま適用できるわけではない。ただ俺の乏しい知識でも、最低賃金のカットが最低賃金労働者の雇用を増やす、あるいは上昇が雇用を減らす、というのは実証的には確かめられていないことですが(しばらく前にNPRの経済番組に出演したシカゴ大学の教授さんが、最低賃金引き上げの効果について尋ねられて、非常にあいまいな返答をされてました。シカゴの教授としては最低賃金引き上げは雇用を減らすといいたいが、そんなクリアな実証結果はでてないので、断言できない、といった感じで。))。
クルーグマンはこのエントリーの続きも書いてますので、そっちも訳します。


最低賃金は雇用を増やすか?ポール・クルーグマン 2009年12月16日
「識者達」が次々と(そしてフォックス・ニューズが)、もしオバマがほんとうに職を創出したいなら、最低賃金を引き下げるべきだ、というアイデアを表明しているようだ。
なので、いつもの人たちがFDR*1が賃金を引き上げることで大恐慌を引き伸ばしたと主張した時に何度も述べた点を繰り返させてもらいたい:低い賃金が全体としての雇用を引き上げるという信念は、合成の誤謬に基づいている。現実には、賃金の引き下げはよくて雇用水準に影響を及ぼさない。実際には、雇用を下げる方がありそうだ。
この誤謬は次のように述べる:労働力の一部がより低い賃金を受け入れれば、彼らは仕事を得る事ができる。もしウィジェット*2業界の労働者達が賃金カットをすれば、他の財に対するウィジェットの価格が下がることになり、よって人々はウィジェットをより買うようになって、このため雇用が増加する。
しかしもし誰もがこの賃金カットを受け入れれば、このロジックは成り立たなくなる。賃金の全般的なカットが雇用を増やす事ができるのは、それによって人々が財全般をより買うようになる時だけである。そんなこと、起こるだろうか?
さて、教科書の議論は−−この短い文章で述べられているように−−次のようになる:低い賃金は全般的な価格水準を引き下げる。これが実質貨幣供給をふやし、よって流動性を増やす。人々がその過剰な流動性を使うにつれて、利子率は低下し、需要の全般的な増加につながる。
このケースにおいてすら、賃金カットをする事の意味が分かりにくくなっている:同じ効果は、より容易に、連銀がたんに貨幣供給を増加させる事で実現できるのだ。
しかしもし我々が流動性の罠のなかにいるのなら、短期利子率がゼロなのなら、どうだろうか?すると連銀は貨幣供給を増加させることでは何も実現できなくなる。しかし同じ理由で、賃金カットも需要を増やす事はできなくなる。(注)
待った、まだあるのだ。物価水準の低下は負債の実質価値を上昇させる。そうした状況で、債権者が消費を増やすよりも債務者が消費を減らす方がありそうな程度に応じて−−そしてその方がありそうなわけだが−−賃金カットの効果は実際には需要の低下となる。
そしてさらにもう一つある:人々が賃金と物価の更なる低下を予想する程度に応じて、これは実質利子率を引き上げ、それによってさらなる需要減退を引き起こす。
よって、失業の解決策としての賃金カットの提案というのは、まったく逆効果のアイデアなのだ。こんな議論は、それを提案する人たちにはなんのインパクトもないだろうが。

(注)実質残高効果についてはどうなのだ、と誰か訊いてくるかもしれない。物価水準の低下は、人々が保有している貨幣の実質価値を引き上げることで、人々をより豊かにするのではないかと。それへの答えは、程度を考えてみてくれ、というものだ。危機の前、マネタリー・ベース−−システムの「アウトサイド・マネー」−−は8000億ドルほどだった。(今では状況はずっと分かりにくくなっている。なので私はここで現在の数字を出してみようとは思わない。)これはつまり、物価水準がたとえ10%低下したとしても、そしてそんな低下は非常に実現しがたいのだが、実質の富は800億ドルしか増えないということだ。これを住宅価格と株式の低下の効果と比べてみてもらいたい。それらは2008年に家計の富を13兆ドルも減らしたのだ。実質残高効果は完全に瑣末なものである。

*1:ルーズベルト大統領。

*2:原文"wiget"。特定に何かではなく、単に「何か」の財。