P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

ベスター:回想 3

ベスターのMy Affair with Science Fiction の翻訳、3回目です。今回あたりからどんどん話がSF関係になっていきます。まずは、ジョン・キャンベル!アシモフだと、なかなか話してくれないたぐいの側面です。

追記:kuroseventeenさんのtwitterでのコメントを受けて、"Freud"を「フロイド」と訳す間違いを修正。日本語では「フロイト」ですよね。原語ラストの"d"に引っ張られて、間違ってしまいました。

追記2:匿名希望さんのコメントを受けて一部修正しました。匿名希望さん、ありがとうございました!

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その頃までには私は結婚しており、私の妻は女優だった。ある日、彼女がラジオの番組「ニック・カーター」がドラマの原稿を探していると言ってきた。コミックブックの話でベストのものの一つをラジオ原稿に書き換えてみたら、それが採用された。その後、また妻が新しい番組「チャーリー・チャン」で原稿の問題が起こっていると教えてくれた。私は同じ事をして、同じ結果を得た。その年の終わりまでに、この二つのショーの常連作家となり、「ザ・シャドー」や他の番組にまで手をだすようになっていた。コミックブックの日々は終わったが、視覚化、攻撃、会話、そして省略(economy)について私が受けた素晴らしい訓練は永遠に私の中に残った。イマジネーションは中からやってこなければならない。誰もそれを教える事はできない。アイデアは外から来るものだ。これについて説明しておいた方がいいだろう。
普通、アイデアは何もないところからやって来るわけじゃない。アイデアの芽を出す為の肥料の山が必要で、そして勤勉な準備がその肥料なんだ。42丁目と5番街の交差する箇所にあるニューヨーク公共図書館の読書室で私は週に多くの時間を費やした。私はなにか小説のアイデアとなるものを求めて、何でも、どんなものでもガラクタ収集家の情熱で読んだ。芸術における詐欺、警察の捜査法、密輸入、精神医学、科学的研究、色の辞典、音楽、人口学、伝記、演劇...リストはどこまでも続いた。ロースクールでは速読術を身につけて、一クラス(session)平均12冊を読まなければならなかった。私は一冊あたり一つ、アイデアになるかもしれないものを得れたならなかなかの収穫だと考えていた。全ての題材を将来の利用の為の私の備忘録の中に溜め込んでいった。私はいまだにそれを利用し、さらに溜め込んでいっている。
そして、それから次の5、6年の間、私はコミックを忘れ、サイエンスフィクションを忘れ、エンターティンメントビジネスの中にその身を沈めていた。それは新しく、カラフルで、挑戦的な、そして−−正直に言うが−−ずっと儲かるものだった。ミステリー、アドベンチャー、ファンタジー、バラエティ、どんなものでも書いたが、それらは挑戦で、新しい経験で、それまでやった事のない何かだった。私はある番組の監督にまでなり、それもまた魅力的な挑戦だった。
しかし、とてもゆっくりと厭らしい毒が私の喜びを犯し始めた。それはネットワークの検閲とクライアントによるコントロールだった。私が追求できないアイデアが余りに多くあった。それらは違いすぎる、と経営陣は言うのだった。大衆はそんなものを理解したりはしないと。金がかかりすぎる、と経理が言うのだった。予算がないと。シカゴのクライアントが私のある番組のプロデューサーに怒りの手紙を書いた。「ベスターにオリジナルになろうとするのを止めろと言え。私がほしいのはよくあるシナリオだ。」これは本当にこたえた。オリジナリティは、芸術家が提供するものの本質だ。なにかのやり方で、我々は新しい音を作り出すものなんだ。
しかし、オリジナリティの強迫は他者にだけでなく、自分自身にとっても厄介なものともなったということは認めておかなければならない。物語のコンセプトができてきた時、それをどう形にするかのアイデアが5、6個は頭に浮かんでくる。それらを吟味して、捨てていく。安易に出てきたものは大した価値のあるものではない。「逃げちゃダメだ」*1、と自分自身に言い、私は逃げずに捜し求めて、その過程で私自身と周りの人々を苦しめた。私はだらだらうろつき、独り言をもごもごし、長い散歩に出た。バーに入って酒をのみ、耳に入ってくる会話のなにかが手がかりを与えてくれないかと願っていた。そんな事は一度も起こらなかったが、しかしなぜかいつも、私にはわからない理由で、私はアイデアを酒場で手に入れるのだった。
こんな感じだ。最近、私はフェロモン(pheromone)の現象について考えていた。フェロモンとは虫、たとえばアリなどが、なにか食べ物のある良い場所を見つけた時に、外へと分泌されるホルモンだ。そいつの巣のほかのメンバーが引き寄せられてフェロモンの跡を辿っていき、彼らもまたその食べ物を見つけるわけだ。私はそれを人間にまで外挿してみようと思ったのだが、それを安き流れずにやらなければならなかった。それで私はうろつき廻って、最後に、つまらない独り言で私の耳をふさいでくれる馬鹿な知り合いのアナウンサーに引っ張られて、あるバーにむかった。飲み物をムードたっぷりに見つめつつ、どうやって逃げ出そうかと考えていたところで、逃げじゃないのがやって来た。「跡を残すんじゃないんだ」、と私は叫んだ。「跡を追うように駆り立てられるんだ」*2。アナウンサーが驚いて私を見つめている間、私はノートブックを取り出して書きつけた、「死が彼にフェロモンの道を残した。本当の死、作り掛けの死、計画中の死。」
だから、フラストレーションから自分自身を保つ為に、私はサイエンスフィクションに戻ったのだった。それは安全弁で、脱出口で、私にとってのセラピーだった。どんな番組でも触れることもできないアイデアをサイエンスフィクションの物語として書く事ができ、私はアイデアたちが日の目を見る事ができたことに満足する事ができた。(これには観客がいるからね)。私はたぶん、20弱くらいの作品を書いた。その大半はファンタジー&サイエンスフィクション向けで、その編集者達、トニー・バウチャーとミック・マコーマスは絶えることなく親切かつ好意的であった。
私はアスタウンディングにもいくつかの物語を書いた。それゆえ、偉大なるジョン・W・キャンベルJrとの狂った面会を行なうことになったのだった。その面会について、私がキャンベルを崇拝していたのは遠くからだったとはしがきを付ける必要もないだろう。私は彼に会った事はなかった。私の物語の全ては郵送だった。私は彼の外見がどんなだか全く知らなかったが、しかし私は、彼はバートランド・ラッセルアーネスト・ラザフォードを合わせた感じだろうと想像していた。さて、どの番組も私にやらせてくれない物語をまたキャンベルに送った。そのタイトルは「オッディとイド(Oddy and Id)」*3で、これのコンセプトはフロイト学派の、人間はその意識的な心にではなくその無意識の衝動に動かされているという考えだった。キャンベルは私に数週間後、電話をかけてきて、この物語を気に入ったがいくつかの変更について私と話をしたいと言ってきた。私が彼のオフィスに行くのか?私はその招待を喜んで受けた。アスタウンディングの編集部は当時、ニュージャージーの未開の奥地にあったのにも関わらず。
その編集部は印刷工場の様に見える、そして多分本当に印刷工場だった陰鬱な工場の中にあった。その「オフィス」は小さく、窮屈で、みすぼらしいもので、キャンベルだけでなくそのアシスタントのミス・タラントも使っていた。私の比較の対象は、贅沢なネットワークや広告エージェンシーのオフィスだけだった。気分が落ち込んだ。
キャンベルはそのデスクから立ち上がると握手をした。私は結構大きい男なのだが、彼は私には巨大に見えた−−アメフトのデフェンシブタックルぐらいに。彼は陰気で、なにかの偉大なる時の問題にかかりっきりのように思われた。彼はデスクの向こう側に腰を下ろした。私は客用の椅子に腰を下ろした。
「君は知らないだろうがね」、キャンベルが言った。「知りようがないからな。しかしフロイトは終わったんだよ」
私は凝視した。「もし精神医学のほかの学派の事をおっしゃってるんでしたら、ミスター・キャンベル、私は−−」
「いや、違う。精神医学、君の知るそれは、死んだのだよ」
「ああ、そうですか、ミスター・キャンベル。冗談を言ってらっしゃるんですね」
「人生でこれほど真剣だった事はないよ。フロイトは我らの時代の最も偉大な発見の一つにより、打ち砕かれてしまったのだ」
「なんですか、それは?」
「ダイアネティクス。」
「聞いた事もないですが。」
「L・ロン・ハバードによる発見されたのだ。そして彼はそれによりノーベル平和賞を獲得するだろう」、キャンベルは重々しく言った。
「平和賞?何についてです?」
「戦争を根絶した男がノーベル平和賞を獲得できんのかね?」*4
「もらえるでしょうが、しかしどうやって?」
「ダイアネティクスによってだ。」
「正直言いまして、あなたのおっしゃられている事が分かりません、ミスター・キャンベル。」
「これを読め」、と彼は言い、厚いゲラ刷りの束をよこした。それは、私は後に知ったのだが、アスタウンディングに掲載されたダイアネティクスの原稿のまさに最初のゲラ刷りだったのだ。
「これをここで、今、読むんですか?とても長いですが」
彼はうなずき、何かの文書をめくり、ミス・タラントに話し、そして彼の仕事に取り掛かって、私の事を忘れた。私は最初のゲラを慎重に読み、二つめをそれほど慎重ではなく読んだ。ダイアネティクスのガラクタはつまらなかったのだ。最終的に私は視線を適当に動かすだけになったが、キャンベルに私がフリをしているだけな事を悟られないように、とても慎重に充分なだけの時間をそれぞれのゲラにかけた。彼はとても洞察力と観察力があるように私には見えた。充分な時間の後、私はゲラをまとめて、キャンベルの机にそれを戻した。
「それで?」 彼が訊いてきた。「ハバードは平和賞を取れるかな?」
「お答えするのは難しいです。ダイアネティクスはとてもオリジナルでイマジネティブなアイデアですし、私はこれをたった一度読む事ができただけですし。もしこのゲラを家に持って帰って−−」
「ダメだ」、キャンベルが言った。「この一部しかないんだよ。私はスケジュールを変更して、この記事を次の号に載せるつもりだ。それほど重要なんだよ。」 彼はゲラをミス・タラントに渡した。「君はブロックしている」、と彼は私に言った。「それは構わん。大抵の人はそうするものだ。新しいアイデアにそれまでの考えを覆されそうになった時にはな。」
「そうでしょうね」、と私は言い、「しかし私についてもそうだと思いません。私は甲状腺機能亢進のインテリ猿で、どんなものにでも興味を持つんです。」
「違うな」、とキャンベルは言った。診断専門医の確信を持ってだ。「甲状腺亢進ぽいのだろう甲状腺機能て・い・か、だ*5。しかしそれは知的かどうかにはかかわりがない。感情に関してのものだ。我々は自身の感情面での歴史を自分自身からも隠してしまうが、ダイアネティクスは我らの歴史をその大元の子宮にまで辿る事ができるのだ。」
「子宮までですか!」
「そう。胎児は覚えているのだよ。来たまえ、昼食にしよう。」
ここで思い出してもらいたいのが、私はマディソンアヴェニュー*6から、経費で落とせる昼食の世界からやって来たところだということだ。我々はSardi'sや"21"、せめてP.J.Clarke's*7程度のもののジャージー版にすら行ったわけではなかった。彼は私を連れて階段を下り、我々は印刷工や事務員で込んだ、べとつく小さな食堂室に入った。どんな音でも反響させる無地の壁の、建物内部の部屋だ。私はマスタード抜きのホワイトソースのレバーソーセージとコークにした。キャンベルが何を食べたかは思い出せない。
我々が小さなテーブルにつく間も、彼はダイアネティクスについて話し続けていた。世界が最終的にその感情的な傷を癒す事ができる未来の大いなる救いだと。いきなり彼は立ち上がり、私の上に覆いかぶさってきた。「子宮にまで君の記憶を戻す事ができるのだ」、と彼は言った。「すべてのブロックを解除し、自分自身を解き放って思い出せば、そうできるんだ。やってみたまえ。」
「今ですか?」
「今だ。考えるんだ。昔を振り返って。自分自身を解き放て。思い出せ!君は思い出せるんだ、母親がボタンかけで君を流産しようとした時のことを。そのせいで、君は母親を恨み続けているのだ。」
私の周りでは、「BLT,マヨネーズはいらない。Eighty-six on the Englishイギリスパンはいらない*8。ライ麦と薬味のコンボ。コーヒー・シェイク、持っていく」という声が渦巻いていた。そしてここでは、この陰気なアメフト選手が私を見下ろしながら、何のライセンスもないままダイアネティクスを行なっていた。その光景はあまりに狂っていて、私の体が抑えた笑いで震え始めた。私は祈った。「頼むから、この場から救い出してください。彼の前で笑わないように。なんとか逃げ道をお示しください。」神は示してくれた。私はキャンベルを見上げて言った、「あなたは完全に正しいです、ミスター・キャンベル。しかし感情的な傷は耐え難いものです。私にはこれを続けられません。」
彼は完全に満足した。「そうだな、震えているのが分かるよ。」彼がまた腰を下ろし、そして我々は昼食を終えて、彼のオフィスへ戻った。彼が私の物語で求めていた変更というのは、今ではダイアネティクスが時代遅れにしてしまったフロイト学派の用語全ての削除であることが分かった。私は同意した、当然ながら。それは大したことではなかったし、その代価がなんであれ、アスタウンディングに掲載されるのは非常に名誉あることだった。私はようやく逃げ出して、ダブルギブソン3杯を飲んで、玉ねぎについてけちけちしなくてもいい文明世界に戻ったのだった。
これが私のジョン・キャンベルとの面会、唯一の面会であった。そして確実にただ一度の、彼との作品についての相談だった。エンターテイメント業界ではなかなかに凄いこともあったが、しかしこれに肩を並べられるようなものはなかった。これが、サイエンスフィクションの人々の大半は、その知性にも関わらず、分別を欠いているという私の個人的な意見を補強したのだった。多分、それが知性の為に支払わなければならない代価なのだろう。

*1:原文"Do it the hard way"。もっと原文に近い訳でしっくりくるのが思いつきませんでした。

*2:よく分かりません。これを元にした作品はあるのかな?ご存知でしたら、コメント欄にお願いします。

*3:SFマガジン1999年2月号。早川書房のバックナンバーでも切れてるので、古本屋周りするしかないですね。

*4:そうか。ロン・ハバートはソレスタル・ビーイングだったんだ!

*5:原文"hyp-O-thyroid"。甲状腺亢進の原文は"hyperthyroid"。このあたりの言葉の使い方の正確な意味がよく分かりませんので、もしご存知の方がいらっしゃったら、コメント欄にお願いします。匿名希望さんのコメントを受けて修正しました

*6:マンハッタンの通りの一つで、ウォール街がアメリカの金融業の代名詞であるのと同様に、アメリカの広告業界の代名詞である。

*7:それぞれニューヨークの有名なレストランやバー。

*8:分からない。"English"って、パン?お茶?チーズ?ハム?他の何か?誰か分かる人がいれば、コメント欄にぜひ。匿名希望さんのコメントを受けて修正しました。