P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

ポール・クルーグマン: あの賃金を引き上げろ

hamachanさんがこのブログポストで取り上げている、クルーグマンの最低賃金についての新聞コラムの翻訳です。
追記:コメント欄でのoptical_frogさんの意見を参考に、といいますかopical訳の方が良かったのでのそのままいただきました(汗)。
 
あの賃金を引き上ろ ポール・クルーグマン 2013年2月17日
オバマ大統領はその一般教書演説のなかで多くの良い提案を述べている。残念ながらそのほとんどは予算の支出を必要とするので、下院を共和党がコントロールしている以上、それらが実現するとは考えにくい。
しかし、とある重要な提案については予算の支出が必要ない。最低賃金の7.25ドルから9ドルへの引き上げと、今後のインフレーションに合わせた上昇という大統領の提案だ。さて、となると問わなければならないのは、これは良い政策だろうかということだ。そしてその答えは、ちょっと驚きかもしれないが、明らかにイエスだ。
なぜ「驚き」なのだろうか?それは経済学101*1が、市場の結果を法律で命令しようとする事には非常に慎重であるべきだと告げるからだ。私のものも含めたどんな教科書も、家賃だとか農産物の価格だとかの統制という政策からの意図せざる結果について説明している。そして非常にリベラルな経済学者ですら、最低賃金をたとえば時給20ドルにするのはいろんな問題をうむことに同意するはずだ。
しかしそんなことが提案されているわけじゃない。そして大統領が持ち出しているレベルでの最低賃金の引上げは圧倒的に有益な効果をもつと考える有力な理由があるのだ。
まず第一に、現在の最低賃金のレベルはいかなるまともな基準で見ても非常に低い。この40年ほど最低賃金の上昇はずっとインフレを下回ってきた。そのため最低賃金の実質価値は1960年代のそれをはるかに下回っている。一方、労働者の生産性は倍になっている。引き上げの時、というものじゃないか。
でも、今の最低賃金が低いとしても、それを引き上げるのは雇用を犠牲にしてしまうのではと言われるかもしれない。しかしその疑問についても証拠があるのだ。とてもとても多くの証拠が。経済学の全分野の中で、最低賃金はもっとも調べられた対象の一つなのだ。そしてアメリカの歴史は、ある州が最低賃金を引き上げるのにほかの州が引き上げないといった多くの「自然実験」を提供している。いつでもそうだが納得していない人たちはいるものの、こういった自然実験からの証拠は圧倒的に最低賃金引き上げの雇用への悪影響はほとんどない事を示している。
なぜそんな事をあるのか?これはまだ研究中の対象ではあるが、しかしそれについての全ての説明に共通のテーマがある。労働者は麦でもなければマンハッタンのアパートメントでもなく人間であって、そして雇用と解雇にかかわる人間関係は単なる商品の市場においてよりも必然的によりずっと複雑だというものだ。そしてこの人間の複雑さの副産物の一つにより、賃金の最も低い人たちの賃金を幾分引上げても雇用は必ずしも減らないようなのだ。
そしてこのことが意味するのは、最低賃金上昇の主要な効果は懸命に働いているのに賃金は安いアメリカ人の所得の上昇だということ。当然ながらこれは、我々が実現しようと努めていることだ。
最後に、賃金の低い労働者を助ける事を目的としたほかの政策、特に低所得家庭の自助を助ける勤労所得税額控除とこの最低賃金がどう関わるのかを理解するのも重要だ。これまでは両党からの支持を受けてきたがどうもそれも変わりそうなこの税額控除もまた良い政策である。しかしこれについてはよく知られた欠点があった。その恩恵の一部は労働者にではなく、より低い賃金という形で雇用主に流れていたのだ。とするとどうなるのか?最低賃金の上昇はこの欠点を是正する助けとなる。この税額控除と最低賃金は相反するような政策ではなくて、組み合わせたときにいちばんうまく効果を発揮する相補的な政策だという事だ。
よってオバマ氏の賃金提案は経済学的にも良いものである。またそれは政治的にも良いものであった。賃金引上げは有権者の圧倒的多数に支持されている。共和党支持の女性の大多数からもだ(男性は違うが)。しかし共和党の議会指導者たちはいかなる引き上げにも反対している。なぜか?彼らはこのせいで仕事を失う人々のことを心配しているのだと言っている。そんな事は実際にも起こらないという証拠のことは気にするなと。しかしそんな事は信用できない。
今日の共和党指導者たちは低賃金労働者をはっきり嫌悪しているからだ。そういった労働者たちは、たとえフルタイムで働いたとしても、所得税は支払うことはない(給与税や消費税などは多く払う)が、彼らはメディケイドやフードスタンプなどの給付を受けることはあることを思い出してほしい。これが共和党の視点からではどう見えるか、ご存じだろう。「テイカーズ」、卑しい47%のメンバー、ミット・ラムニーが承認を受けながら述べたところの、自分の生活に責任を取ろうとしない連中だとなる。
下院の多数派リーダーであるエリック・カンターは去年の労働者の日にこの嫌悪の完璧な例を提供した。この祝日を、労働者については一切何も語らずに、代わりにビジネスオーナーの努力を称賛するメッセージを送ることに捧げる決定をしたのだ。
良いニュースは、多くのはアメリカ人はこの嫌悪を共有していないことだ。共和党の男性党員を除くほとんどだれもが最低所得の労働者は引上げを受けるに値すると信じている。そして彼らは正しいのだ。最低賃金を引き上げようじゃないか、今すぐに。

*1:101はアメリカの大学での1年生の入門用講義につけられる講義ナンバーの代表例(実際には違ったりしますが)。