P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

政治と所得不平等

とある論文を読んでましたら、分かりやすくて興味深い図がいくつも載っていましたのでそれらを紹介。論文はBonica, McCarty, Pool, and Rosenthal (2013) "Why Hasn't Democracy Slowed Rising Inequality?"*1、訳すると「なぜ民主主義は拡大する不平等を抑えてこなかったのか」。単純な中位投票者定理と、大抵の社会では所得の中央値は所得の平均値を下回るので有権者の過半数は平均以下の所得となる事に基づくと、民主主義においては再分配への傾向があり、これは所得不平等が高まれば高まるほど強くなるはずという公共選択論の比較的有名(?)な主張にも関わらず、民主主義国家においてここ数十年の不平等の拡大に対する再分配要求が強まらなかったのはなぜかということについての論文です。この論文の載っているジャーナルのトップ1%特集の一つで、これ以外にもマンキューによるトップ1%庇護の論文なども載っています。
で、この論文は民主国家、というかアメリカが所得再分配を強めなかった理由について色々と語っているんですが*2、その中に各政党や特定の有権者の政治的選好(イデオロギーですね)と所得不平等、そして政治献金についての面白い図がいくつかありまして、下にそれらを載せていきます。それらは政治家の政治的選好を推定するDW-NOMINATEというアメリカの政治学でよく使われる手法に基づいていますが、これは議会での投票に基づいて各政治家の政治的選好をリベラル-保守の一次元で表す手法です。これに基づいてアメリカの下院共和党・民主党の政治的選好(議員たちの平均)、さらに下院各政党の北部・南部の議員の政治的選好を表したのが下の図 です(Bonica, McCarty, Pool, and Rosenthal (2013)のFigure 1)。

アメリカの最近の政治状況が分裂化(Polarized)している事は良く知られていますが、それが図にも綺麗に出ています。大体、大恐慌くらいまで2大政党間の政治選好の開きは大きかったのが、30年代後半くらいに狭まります。それが大体70年代後半まで続いて、その後また開き始めて分裂していきました。両党ともに中道から離れて行っていますが、ただ政党ごとに中道から離れていく理由が違っています。民主党は党の傾向が北部出身政治家の選好(これ自体は結構安定している)に近づいていく形で中道から離れて行っていますが、これは第二次世界大戦後の民主党議員の北部と南部の間の開き*3ニクソンの南部政策によって突かれて、南部でもリベラルよりの都市部以外では民主党から共和党への入れ替わりが起こったためです*4。対して共和党は、共和党は北部・南部、両方の政治家がより保守化していくことで党全体が保守化していっています*5
こういった政治的分裂は政治の機能マヒをうむわけですが、そのせいなのかどうなのか、少し遅れてアメリカの所得格差が開いていきます。下の図はトップ1%の所得シェアと民主・共和両党間の政治選好の違いを一緒に図に描いたものです(Bonica, McCarty, Pool, and Rosenthal (2013)の図2)。

見ただけでも二つの動きは似ていますが、著者達によるとこの期間中のトップ1%の所得シェアと両党間の政治選好の差の間の相関係数は0.69になり、さらにトップ1%の所得シェアとその10年前の政治選好の差(つまり政治選好の差を先行指標としている)の間の相関係数は0.9を超えているそうです*6
勿論、だからといって政治的分裂が所得不平等とどうかかわりがあるのかはわかりません。ただ、所得不平等から政治へのかかわりの一つとして、政治献金があります。2012年にアメリカでは200ドル以上の献金をした人が300万人以上いたそうなのですが、所得トップ0.01%による献金は全体の40%を超えるそうです。0.01%の人々の所得シェアは5%なので、献金についてははるかに高いシェアを持っています。実際、2012年、最大の献金を行ったのが保守派のスポンサーとして有名なSheldonとMiriamのAdelson夫妻で、Sheldonは5680万ドル、Mirianは4660万ドルの献金を行ったそうです。夫婦で1億ドル強の献金を1年で...まあ2012年は大統領選イヤーでしたからねぇ。とはいえ、凄い。
で、論文の図7は献金データと献金先を基に献金者の政治的選好を割り出して、献金額で加重した献金者の政治的選好の分布となっています。下はそれを一部訳したものです。

この図は複数の集団の選好分布を描いています。点線はフォーブス400に入っているアメリカの最富裕層400人とフォーチュン500に入っているアメリカの大企業500社のトップからの献金に基づいた彼らの政治的選好の分布、薄い線は小口献金者の政治的選好の分布、そして濃い線はトップ0.01%の政治的選好の分布です(それぞれ献金額による加重平均)。さらにアメリカの最も豊かな金持ちのうち政治的献金をしたトップ30人の献金に基づいた政治的選好のポジションと、有名な政治家の政治的選好のポジションも点で表されています。民主党、共和党のラベルの下の縦の点線はそれぞれの党の政治的選好、つまり下院議員の政治選好の平均です。名前の方は訳してませんが、金持ちトップ30人のうち日本でも有名な人達だと、グーグルのラリー・ページやセルゲイ・ブリンが30人中の左端にいます。リベラル慈善家として有名なジョージ・ソロスよりも左で、この3人は民主党下院議員の平均よりリベラルとなっています。ビル・ゲーツ、そしてこないだワシントンポストを買ったジェフ・ベゾスも-0.3前後のところにいます。ですがスティーブ・バルマーはほぼ0のところ。そしてデルの創業者のマイケル・デルはほぼ共和党平均のところにいます。ハイテク業界のトップはリベラルよりが多い印象ですが、やっぱりテキサス発の企業だなぁと*7
有名人以外だと、フォーブス・フォーチュンメンバーの分布は明らかに共和党側に寄りつつも、その分布はトップ0.01%のそれよりも中道寄りになっています。そしてトップ0.01%の分布は小口献金者のそれよりも中道寄りになっています。実のところ、フォーブス・フォーチュンメンバーの分布の二つの山と両党の政治選好の平均がほぼ同じで、小口献金者の分布は党の平均よりも分裂が大きいというのは面白いですね。小口献金者は分裂方向に向かい、大口がそれを抑えている、という感じなんでしょうか。

*1:Bonica, Adam, Nolan McCarty, Keith T.Pool, and Howard Rosenthal, 2013, "Why Hasn't Democracy Slowed Rising Inequality?" , Journal of Economic Perspective, 27(3):103-124。

*2:どういう要因について考察しているかというと、1.共和党だけでなく民主党までが市場重視のイデオロギーに支配されるようになったこと、2.移民や貧困層などの投票率が富裕層と比べて低いので投票者の中位が有権者の中位よりも富裕層よりになること、3.所得や資産の増加により政府の社会保障プログラムを求めない層が増えたこと、4.富裕層がその資金でもって政治に影響を及ぼそうとしていること、5.現職有利になるような選挙区再編成などにより選挙プロセスが歪められていること、などです。

*3:戦後のアメリカ民主党は人種・社会政策についてリベラルな北部議員と保守的な(というか人種差別的)な南部議員の混成であった。

*4:この為、南部で残った民主党議員はリベラル傾向が強い人が残る事になるので、民主党の南部政治家全体がリベラル化していくことになった。

*5:それ以外に、共和党は南部化もしています。1960年代くらいまで下院共和党の政治選好は共和党の北部議員とほぼ同じ、つまり南部議員が少なかったわけですが、それ以降、南部議員の増加によって共和党は南部化していきました。

*6:図の中の"R=0.91"を指していると思うのですが、図には先行指標云々は書かれておらず、本文中には図にある"1945-2011"に全く触れていないので、ちょっとはっきりしません。

*7:でも、テキサスでもリベラルなオースティン創業のはずだろうにとも思いますが。