P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

なぜドナルド・トランプは人気なのか?

ドナルド・トランプについてのとある記事を読みまして、下の様なブクマツイートをしました。


すると私のツイートにしては珍しく非常に多いRTやお気に入りを受けましたので、その記事で書かれていたトランプの人気の理由について改めてブログで書いてみます。


アメリカの2016年大統領選はその本選の投票が行われる一年以上も前の段階ですが、共和党の予備選へ向けた共和党内のレースが非常に盛り上がっています。というか、ドナルド・トランプが非常に盛り上がってます。トランプが共和党大統領候補のレースに参入したのは6月からと他の候補たちより遅く、その時点ではトランプは単なる道化役(クラウン)と見られていました。それまで共和党の大統領レースを引っ張っていたのは第41代大統領のジョージ・H・W・ブッシュの息子であり、第43代大統領のジョージ・W・ブッシュの弟であるジェブ・ブッシュでした。このジェブ・ブッシュは元フロリダ州知事でして、大口献金者である金持ちスポンサーを含めた共和党の中枢からの支持を受けている人物であり、メディアの論者たちが共和党の大統領候補になるだろうと予想していた人物でありました。なのに結果はこれです。

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上の図はReal Clear Politicsの共和党大統領候補たちの支持率*1で、右上に候補の名前と色、そして直近の支持率があります。トランプ(Trump)は共和党内のレースに出馬後、急伸していますが、ブッシュ(Bush)は支持率が急落して1位から3位にまで落ちています。ブッシュだけでなく、現在の2位のカーソン(Carson)ですらトランプに13.2%ポイントもの差を付けられてしまっており、事実上、共和党の大統領候補たちの闘いは「トランプと愉快な仲間たち」状態です。

こうなるはずじゃなかったのですよ、本当は。共和党支持者たちは2016年の候補者たちをDeep benchと呼び、才と多様性のある集団だと宣伝していたんです。しかし少なくともこれまでのところ、その共和党ご自慢の候補たちはトランプに圧倒されてしまっている...どういうこっちゃい!という憤りと疑問が共和党には渦巻いていますし、共和党以外からは歓声が上がっていたりしますが、やはり疑問の声が大きいです。

一体なぜトランプは人気があるのか?いくつも意見が出ていますが、まず一番最初に誰でも思いつくのは、ドナルド・トランプ本人が金持ちのセレブである事です。不動産デベロッパーとして既に80年代には日本でも彼についての本が出るほど有名になっていて、

交渉の達人 トランプ―若きアメリカ不動産王の構想と決断

交渉の達人 トランプ―若きアメリカ不動産王の構想と決断

*2
さらには89年にTrump: The Gameというボードゲームまで出しています。

Donald Trump Board Game (1989 TV commercial ...
その後も色々なビジネスに手を出して、成功したり失敗したりした後、2004年から2012年までThe Apprenticeというリアリティショーのホストとなり、そのセリフ、"You Are Fired!"は彼の代名詞となりました*3。というわけで、ぶっちゃけ他の共和党大統領候補よりもトランプの方がよりアメリカ国民に知られていたりするわけです。

また自分が大統領になったら不法移民対策として、メキシコ政府に金を出させてメキシコ国境に壁をつくる、それも美しい壁をつくる、なぜなら人々はそれをトランプウォールと呼ぶだろうからとか言ってみるわ、仲間であるはずの保守派に面々に対しても、ベトナム戦争で捕虜となった共和党の戦争ヒーローであるジョン・マケイン上院議員を、敵に捕まったからヒーロー?俺は捕まらない人間の方が好きだねと言ってみたり、
保守系のFoxニュースの女性キャスターを罵倒してFoxとケンカしてみたり、とにかく派手な暴言やケンカを繰り返しているのが面白いのですが、実はこの手の騒動もなんだかんだで非常にうまい事が指摘されていたりします。また、不法移民への批判はあるものの、それでもトランプの罵倒相手の選択が弱いものいじめになっていないという事も言われていて、この点も支持者たちからするとトランプの楽しさを保障してくれているという事もあるのかもしれません。

そして当然、こういう騒動はメディアの好物でもあるわけですからトランプの事がより報道され、そして報道されるが故にトランプの人気が上がる・あるいは維持されるというダイナミズムが起こっています。アメリカの大統領選で党中枢からの支持を受けない候補の支持率が急伸する事は良くあることですが、そういう候補を注目を浴びるとメディアからの精査もまた浴びる事になり、それによって支持率が落ちていくというパターンを踏むのが通例なのに、まだそうなっていません。これは単に「まだ」というだけなのか、それとも今度こそは違うものなのか?なにしろトランプは単に政治における道化と見られているだけでなく、人口急増が続いているヒスパニック系への強烈なディスを行っており、さらに他の候補たちも引っ張りつつありますから、いつまでもトランプの人気が続けば2016年だけでなくより長期的にも共和党の大統領選競争力へダメージを与えている存在になりかねないと共和党の偉いさんたちは心配しています。

これらの事がトランプの人気を助けているのは間違いないでしょうが、他の理由も挙げられています。共和党中枢、そして共和党の金持ちスポンサーたちとは違い、反移民、そして社会保障削減に対して反対というトランプの立ち位置が実は共和党の一般の支持基盤の選好と一致しているのだと。
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Pew Research Center
まあ、社会保障削減に反対といっても失業保険とか低所得層への補助などの削減には賛成が多く、高齢者が受け取り手であるSocial securityやMedicareの削減に反対という事なので、これは共和党員に老人が多いという事なのかもしれません。ですが実際のところ、トランプのこの立ち位置が選好と一致しているのは共和党員だけではありません。American National Election Studiesのデータを基にしたこの記事によると、アメリカ国民は移民について、

1. 大きく増やすべき  4.4%
2. 少し増やすべき  9.9%
3. 現状維持  42.9%
4. 少し減らすべき  20.5%
5. 大きく減らすべき  22.9%

という比率で考えており、またアメリカの公的な年金であるSocial Securityの支出について、

1. 増やすべき  50.7%
2. 現状で維持すべき  43%
3. 減らすべき  6.2%

と考えているそうです。これらからだけでもアメリカ人の多くが移民の現状維持とSocial Securityの維持か増額を考えている事が分かりますが、それらの選好はそれぞれ独立ではないはずなのですが、記事の著者がこの二つについての選好のマトリクスは作っています。
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これの縦軸は下(1)から上(5)へ移民を「大きく増やすべき」から「大きく減らすべき」、横軸は左(1)から右(3)へSocial Securityを「増やすべき」から「減らすべき」となっていて、マトリクスの中の数字は人口の比率です。これからすると選好のボリュームゾーンは、移民については現状維持でSocial Securityも維持か増額となります。ドナルド・トランプは反移民、親Social Securityですから、このボリュームゾーンの上、マトリクス全体の左上あたりに位置する事になります。民主・共和両党をみても、党中枢に推されている候補でこの位置を取る候補はいません。共和党は金持ちのビジネス保守と、反動的ともいえる社会・宗教的保守からなっている組織ですが、党の政策は基本ビジネス保守の選好を反映したものですので親移民・反社会保障です。民主党はもうちょっとあいまいで、党としては社会保障の支出増ですが、その為の増税はあんまり民主党としても喜んで主張したいものではないですし、またリベラルとして反移民には反対ですしまたアメリカ政治の現実としてヒスパニック系の反感を買う反移民政策は本選における政治的自殺ですから誰も取りたくないわけですが、移民による低所得層への賃金低下の圧力があるのではないかという懸念もあります。民主党で最近伸びてきているバーニー・サンダースもこの場所を取ってるぽいですが、民主党なのではっきりとした反移民というポジションではありません。ですからこのポジションは人口の40%くらいを占めるのに民主・共和両党ともにそこの人口の選好を反映しようとしていないわけです。はっきりこのポジションを取るのはドナルド・トランプだけとなります。

はっきりいって現状、ドナルド・トランプが本選勝利はおろか、共和党大統領候補に選ばれると思っている人は少数派のはずです。アメリカの政治予測市場のデータをまとめているPredictWiseによると、8月30日現在でトランプが共和党候補に選ばれるのは14%となっています。いまだにもっとも有力と見られているのはジェブ・ブッシュです。
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もしこのままトランプの優位が続けば、共和党中枢やその関連メディア、スポンサーたちがなんとしてでもトランプを潰そうとするでしょうから納得ではあるのですが、もしトランプがその観客の注意を惹きつける能力を活かしたまま両政党から放置されている有権者たちの選好を上手く反映し続けていけば、何がおこるか分からないのではないかと思います。そして実は、穏健派の共和党員には過激化を続ける共和党を引き戻すためにトランプの共和党予備選勝利と本選での敗北を願っている人すらもいます。何が起こるか分かりませんが、個人的には面白いので、Go Trump!と思っております(笑)

*1:これは単一の世論調査の結果ではなく、いろんな世論調査からの支持率を纏めたものです。

*2:しかし、上の今の写真と顔が全然違うなぁ

*3:上に書いているトランプのボードゲームは非常に詰まらなかったそうなのですが、これがリアリティショーが放送開始された2004年に少しばかりルールが簡素化されて改めて発売されたそうです。この時のゲームの箱に書かれていたのが、"I'M BACK AND YOU ARE FIRED!"。