P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

「完全なるチェックメイト」と「ストレイト・アウタ・コンプトン」

トビー・マグワイアには童貞がよく似合う by okemos

 

トビー・マグワイア主演 映画『完全なるチェックメイト』予告編

75年生まれで、既に結婚もして子供もいるトビー・マグワイアが童貞なわけはないのですが、歪みまくってる童貞の役*1がピッタリなトビー・マグワイアが主役かつ製作も務める「完全なるチェックメイト」を元日に観てきました。そして翌日、その対極にあるようなヤリチン集団の映画「ストレイト・アウタ・コンプトン」も観てきました。
 

12/19(土)公開『ストレイト・アウタ・コンプトン 』予告編

どっちも一応、実話に基づいた映画です。「完全なるチェックメイト」はアメリカの天才チェスプレイヤー、ボビー・フィッシャーの幼少期から1972年にチェスの世界選手権でソ連のボリス・スパスキーを破ってアメリカ初のチェス世界チャンピオンになるまでを描いています。「ストレイト・アウタ・コンプトン」はアメリカのヒップホップグループ、N.W.A.の発足前からその終焉、そして再結成を目指していた時の悲劇までが描かれます。

チェスもラップもどっちもろくに知りませんのでこの二つの映画がどの程度事実に沿ったものなのかは分かりませんが、どちらも異常の中での才能の悲劇を描いた映画という点で共通しており、どっちも楽しかったです。ですが非常に対照的な二作でありました。
 
「完全なるチェックメイト」は天才についての非常に静かで綺麗な映画です。トビー・マグワイアが演じるチェスの天才ボビー・フィッシャーと、ピーター・サスガードが演じるそのサポート役のロンバーディ神父の間の絡みは見ててとても楽しいです。ですが、映画自体は楽しい人間関係を描くものではなく、天才が妄想と陰謀論と共に栄光の頂点に辿り着くけれど、結局妄想に飲み込まれて自滅していくのを描く悲しい物語です。主人公のボビー・フィッシャーは若い時から物凄く嫌な奴であり、また保守的な50年代のアメリカで母親が非保守的であったためか逆にエラく反共で、ソ連のチェスプレイヤーを倒す事に若い頃から懸命な努力をしています。その才が認められてアメリカのチェス代表になりますが、そうなった後も試合を途中で棄権するわ、金の無いチェス協会に送迎の車をでかいリムジンに変えろ、俺にもっと金を寄こせと要求するわ、我侭、勝手の要求し放題。それでもなにかバックの怪しい弁護士と、かつての師匠のようなポジションの神父からのサポートを受けて、ついに世界チャンピオンであるソ連のプレイヤーと対戦します。日本のサッカーやラグビーでもそうですけど代表戦となると盛り上がるもの、それも冷戦期の米ソ対決ですからチェスの対決なんて静かなものなのにアメリカでも大盛り上がり。このリーブ・シュレイバー*2演じるソ連の天才ボリス・スパスキーとのチェスの対決シーンは非常に静かなのですが、とってもカッコいいです。
 
対して「ストレイト・アウタ・コンプトン」はタイトルにもあるカリフォルニア州コンプトン出身のヒップホップグループN.W.A.の物語ですが、このコンプトンというところが貧困と麻薬に蝕まれたとても酷いところとして描写されています。N.W.A.のリーダーとなるイージー・Eはドラッグの売人として登場し、映画はドラッグの売上を受け取りにイージーが行くところから始まります。この後の展開とかマジすか?ってものです。さらにその後、銃がよく出てくるし、頭にもつきつけられる。そういう荒廃した地域なので出てくる警官の方も酷いものです。そしてグループが組まれて売れ出してからも、出てくるのがダメな人間か酷いのばかりです。この映画、Sex, Drug, Rock'n Roll HipHopに、銃と金と暴力を思いっきり塗りたくった映画です。

どっちもおれの世界とは全然違う世界なんですが、比較すれば「ストレイト・アウタ・コンプトン」よりも「完全なるチェックメイト」の方がまだしも近いです。というか、「ストレイト・アウタ・コンプトン」のドラッグと暴力の世界はやってられません。生きてけないです。なのですが、観ていて感じたのはそれでも「ストレイト・アウタ・コンプトン」の方がずっと健全だという事。どっちも異常な世界を描いているのですが、「完全なるチェックメイト」の異常は孤独な主人公の中にあって、周りの人間達の助けようとするなり利用しようとする為なりの努力によってなんとかこの主人公がこの世界の中でやって行けいるのに対して、「ストレイト・アウタ・コンプトン」は世界そのものが異常な中での仲間の物語であって、それは結局悲劇として終わりはするものの、生きのびていく為の仲間の繋がりがかつてはそこにあったわけで、それはとても健全。そして、どっちが楽しそうな世界かと言えば「ストレイト・アウタ・コンプトン」の方なわけです。悲しいかな、童貞よりもヤリチンの方が楽しそう、その事を教えてくれた二作でありました*3

*1:作中で童貞卒業しますけど。

*2:キャストとか全然知らないで観に行ってたのですが、鑑賞中、ジョン・トラボルタと勘違いしてました。

*3:ただし、注1を参照のこと。