P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

13 Hours: マイケル・ベイのベンガジ映画


13 Hours: The Secret Soldiers of Benghazi - Trailer #2 Green Band (2016) - Paramount Pictures

アメリカで1月15日から公開されたマイケル・ベイの映画です。ドッカン・バッカンの銃撃と爆発はいかにもベイって感じですが、一つベイっぽくないのがこれが政治問題化(されて)しまっている実際に事件に基づいたものであること。
 
ベイの実話ものとしては「パール・ハーバー

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がありますし、また日本だと劇場未公開の「ペイン&ゲイン」

ペイン&ゲイン 史上最低の一攫千金
も実話もの*1ですが、「パール・ハーバー」は70年も前の事件ですし、「ペイン&ゲイン」は政治問題化しているわけではない90年代の犯罪実話もの。ですがこの"13 Hours: The Secret Soldiers of Benghazi"は副題にあるリビアベンガジにあったアメリカ領事館が2012年9月11日にイスラム教徒の武装集団に襲われて大使を含むアメリカ人4人が死亡した事件を元にした映画です(日本語版wikipedia記事)。 
 
今のアメリカでは殆どどんな事でも保守とリベラルの対立のタネになりますから、このイスラム過激派による襲撃事件で揉めないわけがありませんでした。ことにこの事件が共和党の陰謀論脳を刺激してしまったので。なぜだかとにかくオバマのせいでリビアの大使館の警備が適切になっていなかったとか、オバマが救助を遅らせてそのせいで大使が死んだとか、更には事件後にオバマ政権がこの件について謝罪したとか、この事件をテロと呼ばなかったとかいう妄想批判を共和党側が行ってきました。この最後の「テロと呼ばなかった云々」というのは要するにオバマ/リベラルが海外勢力のテロに弱いという保守派の妄想なのですが、これが2012年の大統領選ディベートで一つコミカルなシーンを生み出してしまいました。この妄想を信じこんでいた2012年の共和党大統領候補ラムニー*2がテレビ放送されているディベートでこの点をオバマに突っ込もうとしたところ、「いや、なに言うてますねん、わし言ってまんがな」と返された上に司会者にも「ゆうてまっせ、このダンさん」と言われてしまい、わ、わ、わと慌てたラムニーがオバマに「続けて続けて」と催促されてしまったのです。

Romney Foolish During Debate vs Obama on Benghazi

というわけで事前の確認もせずテレビで醜態をさらしてしまうほど妄想にとらわれていたりする共和党は議会での公聴会を何度も開き、結果、調査報告がいくつも出されました。事件が起こったのが2011年であり、翌年が大統領選挙なので、共和党はこれをオバマ攻撃の為に利用しようとしたわけです。また当時ヒラリー・クリントン国務長官であったので、2012年の敗北後も2016年の大統領選を見据えて共和党は度重なる議会公聴会などでこれをヒラリー攻撃のネタとして利用してきました。

しかし結局、オバマやヒラリーに問題があったという証拠を共和党は見つけることができず、それどころか逆に公聴会でヒラリーが追求してくる共和党議員たちに堂々たる対応をみせて逆に評価を上げたりしたので、共和党側にとっては手詰まり感もあったところにこの映画です。すでにFoxニュースはこの映画をヒラリー攻撃に利用しようとしているようです。またドナルド・トランプは共和党の予備選が最初に行われるアイオワ州で映画館を借りきって、ただでこの映画のチケットを配るのだそうです。というわけで、正攻法ではオバマやヒラリーへのダメージを与える事ができなかった共和党は、この映画が少なくともヒラリーのイメージを悪くする助けになってくれないかと期待しているのでしょう。

とはいえ流石にマイケル・ベイも共和党の陰謀論に丸々乗ろうとしているわけではありません。この記事によると、オバマやヒラリーの妨害行為によって犠牲者が出たという共和党の筋書きには流石にそのまま乗っていません。この映画の「グッドガイ」達は警備の為にCIAに雇われていたムキムキコントラクターこと傭兵さんたちですが、彼らの敵である「バッドガイ」達はイスラム武装集団と、そして「ハーバードやイェール」出身で事なかれ主義のCIA局員達であり、政府内の官僚主義です。危険を感じて行動に出ようとする有能な傭兵たちをCIA局員や官僚主義が抑えて邪魔したが為に襲撃を防ぐことができずこんな事になったという筋書きになっているそうです。というわけで直接的にはオバマ政権批判をしていないのですが、しかしCIA局員や官僚主義の無能なり事なかれ主義のせいで防げなかったというのが、基本ウソ間違いなので、結局共和党側の対ヒラリー・ネガティブイメージ戦略を利するものになり得るそうです。まあ娯楽映画に歴史的事実をグダグダいうのは間違いではあるのですが、そうは言っても陰謀論のフィクションに基づいて議会公聴会が行われているという事実もあるわけで、予告編で"This is the true story you were never told(これまで語られなかった真実の物語)"とか言われるとなんだかなぁと正直思います。

ちなみにIMDBを見てみると、この記事を書いている時点で2126人が評価して平均7.4、これはマイケル・ベイの監督作品中では「ザ・ロック」と並んで一番の評価になっています*3。正直、色々書いてはいますが、事実認識と政治を置いとくと実は戦場アクションものとして実は面白いのじゃないかとちょっと期待しています。まあ公開直後であり、かつこういう政治的に揉める作品は一部からの強い評価を受けますから、多分これから落ちていくんでしょうが。ちなみに観客からではなくて、批評家の評価をまとめているmetacritic.comの評価は33人の批評からで100点中48点、ありがちな事ではありますが観客からの評価よりずっと厳しくなってます。ま、ベイ映画ですからねぇ(笑)

*1:この「ペイン&ゲイン」は未見ですが、面白そう。

*2:日本ではなぜかロムニーと呼ばれてましたが。

*3:個人的にはマイケル・ベイ作品の中では「バッドボーイズ」が一番じゃないかと思うので、この「ザ・ロック」の評価は意外。