P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

金まみれの共和党は脱減税の夢を見れるか?

トランプの躍進についてアメリカは勿論、日本でも心配する意見がありますが*1、現代アメリカの代表的なリベラル言論人の1人になっているポール・クルーグマンニューヨーク・タイムズのコラムで心配するどころか逆にこのトランプの躍進を歓迎すべきとまで書いています。

私が思うに、トランプ氏の躍進は実は歓迎すべき事なんだ。勿論、彼は詐欺師だ。しかし彼は他の(共和党の)連中の詐欺を暴露する役割を事実上果たしてもいる。つまり、信じがたいだろうが、この狂った困難な時代においてはこれは前進の一歩なんだ。

これは勿論、アメリカのリベラル派の共通見解などではありませんクルーグマンがそういう意見を述べる背景には、トランプのお陰で民主党が11月の本選で勝利する可能性が高くなったことがあるでしょう。民主党クリントンが候補になるでしょうから、一般の国民には徹底的に不人気なトランプが、
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(トランプについての各種支持率調査を集計したハフィントン・ポストのグラフ。黒が支持で、赤が不支持。)

このまま共和党候補になれば11月の本選でクリントン勝利となる可能性が高いですし、
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(クリントン対トランプについての各種調査をReal Clear Politicsが纏めたもの。)

もし共和党エスタブリッシュメントが7月の党大会で噂されている強行手段に出てトランプ以外を候補に指名すれば、その場合、共和党がトランプ支持者と非支持者で割れる上に、更にはトランプが第三党が出る可能性も高いですから、共和党の内戦が本格的に始まって、やっぱり共和党候補(もしかしたら第三党出馬のトランプ)の敗北になる可能性が高いわけです。まあ未来は不確実ですし、このところのトランプは今度こそようやくトランプも終わると喜んでいる保守派が出てくるくらい不調だったりもします。ですから、実のところ考えなければならないのは「トランプ大統領」ではなくて、トランプ(あるいはその他の共和党候補)が敗北した後の共和党がどうなるかという事だと思います。さらに大統領選と同時に行われる議会選挙についても、トランプのお陰で上院さらには下院の多数派が共和党から民主党に移る可能性まで取りざたされだしています。半年以上も先の選挙について確実な事はわからないとはいえ、政治ゲームの星取りだけを考えればトランプは民主党にとってまさに神様から贈り物レベルです*2

しかしそういう直近の選挙への影響は置いておいても、クルーグマンがそうしているようにリベラル派にはトランプの出現を喜ぶ理由があります。まずは、トランプがこれまでリベラル派が保守派の問題として批判してきた内容を濃縮した候補だということ、そしてさらにもしかしたらトランプはアメリカの政治をよりリベラルな方向へと向かわせる触媒となり得る「かも」しれない事です。

左が右について長年言ってきた事が実は正しかったなんて考えるのは全く不快なんだが。

ウォール・ストリート・ジャーナルのとあるコラムが述べています。「トランプ候補は、さらけ出されたアメリカ保守主義の下水だ」と。
 
このコラムやこちらの保守派のツイートが暗に触れているのは、60年代のニクソン以来の南部戦略と呼ばれる共和党の選挙戦略です。これは市民権運動を支持して反差別へと舵を切った民主党に対して、主に南部の保守的な白人層の人種差別意識を煽る事で選挙に勝っていこうという戦略です。さらにこれに60年代以降の保守派金持層による保守主義運動(Movement Conservative)への資金投入が合わさって、規制緩和や減税等の経済面での政府の縮小を求める、ドナークラスなどと呼ばれる金持のスポンサーからの選挙資金をもとに、保守的な中年・高齢白人層に「彼ら」こと非白人層への恐怖、そして「彼ら」を助ける民主党とリベラルが推し進める文化的寛容の促進とそれに関連した「政治的正しさ」によって圧迫を受けているという被害者意識を煽って白人保守層を動員して選挙をたたかい、勝てばドナークラスが求める規制緩和や減税を行うという共和党の政治スタイルができあがってきました。元々、南部の白人層は民主党の地盤だったのですが、民主党が市民権運動を支持したことで党と南部の白人層の間に打ち込まれた楔を共和党はついたわけです。その結果、リンカーンの党として北部の反奴隷制の党であった共和党が気がつけば南部旗を庇護する南部の白人政党になっていたわけです。
  
下の図は以前紹介したBonica, McCarty, Pool, and Rosenthal (2013) "Why Hasn't Democracy Slowed Rising Inequality?"*3という論文の中の図を日本語化したもので、投票に基づいて各議員を保守-リベラルの軸で数字化し、さらにそこから党と各党の南部・北部の議員の数字の変化をあらわしています。

70年代以降、民主・共和両党共に中道から離れていっています。しかし各党の変化をその党の南部議員と北部議員の変化とくらべてみると、民主党は北部の議員の政治的傾向はほぼ一定であったのにより保守的であった南部議員の議席が共和党によって奪われて南部議員が少なくなる事で党としてリベラル化していったのに対して、共和党は元々、北部≒共和党であったのが南部戦略の成功と深化によって党の南部化と、南部議員達の更なる保守化によって党としても保守化していっています。
 
この共和党に、保守派の金持達が相続税節税の為に作った財団からの節税を受ける為に必要な献金を政治目的につぎ込むことで設立していったシンクタンク(CatoやらHeritageやら)や金の欲しい大学に献金する代わりにつくらせた保守系講座に職を得た保守派知識人たちと、Foxやトークラジオなどの保守系のメディアを加えて出来上がるのが、ニューディールそして第二次世界大戦以降のアメリカのリベラル化に抗いアメリカを右へ向かわせようとして、実際それに成功してきたMovement Conservativeと呼ばれる保守派の巨大な運動です。思想的にはともかく、その実際の運動の根本には差別的な感情やら社会の変化への恐怖があったわけですが、それでもこれまでは流石に表立って人種差別を主張していたわけではなく、行われていたのは変化する国の中で圧迫を感じている白人保守層へのほめのかしによる人種差別の微妙な利用でした。それをリベラルは共和党が差別や恐怖を煽って選挙での動員をはかり一部の金持の為の経済政策を実行しているという批判を行ってきたのですが、保守派はこれまでそういうリベラルの批判を否定してきました。また更に、アメリカの人種構成が変わっていく中でそういう人種差別の利用の危険性は当然理解されていたので、2005年には当時の共和党全国委員会の委員長が全米黒人地位向上協会の全国大会でそれまでの共和党についての謝罪を行ったりして、少数派との関係の改善をはかろうともされてきたわけなのですが、南部戦略ステロイドバージョンのようなトランプの共和党内での躍進によって完全にそれがひっくり返ってしまい、保守派(の少なくとも一部)はリベラルの批判を否定出来なくなってきました。トランプが共和党の、というかMovement Conservativeが生み出したフランケンシュタインの怪物と言われるゆえんです。

またこのフランケンシュタインの怪物は共和党内のエリート層、保守派論客、そして保守運動のバックに控えていた金持達に、自分たちが作り出しコントロールしてきたと思っていた保守運動について彼らが実は理解していなかったということを見せつけているのも、クルーグマンのようなリベラルにとって愉快なところなわけです。去年の8月に、なぜドナルド・トランプは人気なのかという記事を書きましたが、その中でも説明しましたように共和党支持者の中には金持のドナークラスが求めている規制緩和、減税、そして社会保障の削減のいわゆるの経済保守、ましてや保守系知識人の一部で人気のリバタリアンなどを支持していない人達が結構いるわけです。その人達が求める「保守」は社会・文化的なものなわけですが、そもそも共和党は人種差別と社会の変化による被害者意識を刺激して主に南部の中年・高齢白人層を獲得してきていたわけで、そりゃそうだろうという話です。彼らはより社会・文化面では保守的ではあっても、同時に政府による経済的保障の提供には全然反対ではないわけです。それが「奴ら」ではなく自分たちへの保障であるならば。
 
下の図はPew Research Centerによる民主・共和両党の5人の候補、それぞれの支持者の政治的選好についてのグラフを日本語化したものです。
 
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民主党支持者と共和党支持者の間の政治的な選好の大きな違いが表されていますが、社会保障費については両党の支持者の選好は驚くほど似ています*4。つまり民主党支持者だけでなく、共和党支持者の中にも社会保障減反対の意見が大きいわけです。共和党員の高齢化の問題はよく知られていることなので特に驚くほどの事でもないようには思われるのですが、社会保障を削減させたい金持のドナークラスに雇われた政治家層や保守派知識人階層のバブルの中では、保守的な共和党員は社会保障削減賛成なんだというのが暗黙の了解となっていました。なので去年、トランプが自分は社会保障医療保険の削減に反対すると表明した時、アメリカの代表的な保守雑誌Weekly Standard の編集長であるウィリアム・クリストルが、


トランプは「本選で勝つために共和党予備選で負けるつもり」なのかとツイートしたりしたわけです。社会保障削減が一般国民に不人気であることは認識できていたものの、共和党員にまで実は不人気だということを認識できていなかったようです。この認識は共和党エリート層の一般認識でもあったため、共和党には非白人に対して差別的だが社会保障には好意的というポジションがポッカリと開いていたわけです。ここに入りこんだのがトランプでした。共和党は白人保守層を動員して選挙を戦ってきておきながらその目は金持の方に向け続けてきたので、ここ数十年の間の自分たちの支持層の状況が理解できなくなっていたわけです。下の図は去年話題になったCase Deaton (2015)からのグラフです。45歳から54歳の中年層の10万人あたりの死亡者数の推移をグラフにしたものですが、アメリカのヒスパニックも含めて各国の死亡者数が減少し続けるなか、アメリカの中年白人(USW)だけ死亡者数が2000年頃から上昇していっています。
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共和党の支持が多い白人中年層で何かが起こっているわけです。これは今回の共和党予備選にも影響を与えているようで、この記事によると共和党予備選で非ヒスパニックの中年白人層の死亡率が高い郡ほどトランプへの投票率が高いそうです。
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共和党がドナークラスにばかり目を向けて、その支持層であるはずの一般の保守的な労働者階級の白人に目を向けていないという批判はリベラル派だけでなく、改革志向の若手保守派の中にもこれまでもありました。
Grand New Party: How Republicans Can Win the Working Class and Save the American Dream

Grand New Party: How Republicans Can Win the Working Class and Save the American Dream

しかしこれまではそういう改革派の意見が保守運動の中で大きな勢力となることは無かったのですが、この2016年の選挙でのトランプの躍進により共和党の政策をより労働階級へ向けたものにするべきだという意見が出てきています。上に挙げた本の二人の著者のうちのひとり、Reihan Salamはこの記事で、

  • 労働者階級への悪影響を避けるために移民は金を持つ・稼げる者に制限する(労働者階級と競争するような低スキル移民は歓迎しない)、
  • 金持減税は行わない、

等々の提案をしています。これらは共和党というか党をその一部とするMovement Conservativeのエリート層の求める事に全く反しています。その為にすでにこういう改革の提案へのバックラッシュがエリート層から出てきているそうです。

トランプを好機としてこういう改革の提案が実現されていくか、あるいは結局エリート層が改革を圧殺してこれまで通りの共和党を(人種構成の非白人化と若者層からの低支持率からの先細りの予想もあるまま)続けていこうとするのか、それともあるいはトランプが完全に共和党を乗っ取り、党をなにか全く違うものにしていくのか。共和党の将来は全くわかりません。まあ、ドナークラスの力を考えれば、これまで通りの共和党が続いていくつまらないオチの可能性が高いとは思いますが...それでも11月の本選、そしてその後しばらくくらいまでは共和党内での内戦が続くことは間違いないでしょうから、当分楽しめそうです(笑)

*1:もっとも、日本のは大抵、単に真面目ぶって問題を論じているフリをしているだけだと思いますけど。

*2:下らない陰謀論は嫌いなのですが、民主党にとってあまりにもありがたい事ばかりなので、もしかするとトランプは民主党が放った刺客かなんかなんではないかとちょっと考えてしまいそうになります。

*3:Bonica, Adam, Nolan McCarty, Keith T.Pool, and Howard Rosenthal, 2013, "Why Hasn't Democracy Slowed Rising Inequality?" , Journal of Economic Perspective, 27(3):103-124。

*4:あともうひとつ、アメリカの世界への関与についてもかなり似ているのが興味深い。