P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

アメリカ政党政治のダイナミクス:Asymmetric Politics

アメリカの二大政党、民主党と共和党の間の違いはなんなのか?

勿論、民主党はリベラルで共和党は保守なのが重要な違いなのですが、その点を除くとあたかも両政党が同じかあるいは鏡像であるかのように扱われる事がよくあります。政治経済学の伝統的な中位投票者定理などのモデルでも一次元の政治的選好、つまりイデオロギーの軸上に政党を置きますが、これなども政党は政治的ポジション以外は同じであるという仮定の上に成り立っています。
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                          (一次元の政治的選好の例)
もちろん経済学や政治学のモデルにおけるそういう仮定は興味の対象以外の要素を排除する為の方便であって、真実であることは勿論、現実的であることすら意図しているわけではないのですが、そういった研究の為のモデルではない政治についての一般の言説においてもそのような対称性が仮定としてではなく、あたかも自明の事実であるかのように語られたりもします。とくにメディアにおいては何らかの問題が起こった場合、民主・共和両党はどっちもどっちだと扱われることが多々あります。勿論、両党は政治的立場以外でも異なるという認識もまたありますし、それを共和党の過激化とそれこそが現在のアメリカ政治の問題の根源であると批判する中で主張したのがトーマス・マンとノーマン・オースティンの

It's Even Worse Than It Looks: How the American Constitutional System Collided With the New Politics of Extremism

It's Even Worse Than It Looks: How the American Constitutional System Collided With the New Politics of Extremism

ですが(その二人によるこのテーマのコラムを翻訳したのがこちら)、共和党の過激化という点を越えて両党は異なっているのだという主張の決定版と言えるのがこのAsymmetric Politics: Ideological Republicans and Group Interest Democratsです。
Asymmetric Politics: Ideological Republicans and Group Interest Democrats

Asymmetric Politics: Ideological Republicans and Group Interest Democrats

この本の主張は二つあります。その2つからアメリカ政治の重要なダイナミクスの一つが出てきます。二つの主張のうちの一つはサブタイトルにあるように共和党の行動の根幹にはイデオロギーがあり、民主党の行動の根幹には様々な(人種、民族、労働、環境、性的指向、その他)少数派利益団体の利害があること、そしてそういう違いは両党の支持者である党員達の間にも存在しているというものです。

2012年のANES(American National Election Studies)によるインタビューを受けた共和党系の活動家たちが両党についての彼らの見解を説明する中でもっともよく使った実辞(Substantive words)には「保守的」、「リベラル」、「支出」、「価値」といった言葉が含まれている。そしてまた、最もよく使われた50単語には「道徳」、「責任」、「より小さな」、「社会主義」、そして「国家」が含まれている。これらのどれも民主党系の活動家が使う単語トップ50には入っていない。共和党系活動家にもっともよく使われた二単語の言葉には、「大きな政府 (big government)」、「より小さな政府 (smaller government)」そして「政府の縮小 (less government)」、および「個人の責任 (personal responsibility)」が含まれる。

2012年のANESへの民主党系活動家の返答全体を通してもっともよく使われた実辞には「階級」、「懸念」、「中間」、「貧困」、「富裕層」、そして「女性」が含まれている。そして「ゲイ」、「利害」、「プログラム」、「政策」、そして「豊かな」といった言葉などがトップ50の中に現れている。これらの言葉のどれも共和党系活動家によって使われる言葉のトップには出てこない。民主党系活動家の中でもっともよく、それも断然使われる二単語の言葉は「中産階級(middle class)」だ。

明らかに共和党系活動家の語彙と民主党系活動家の語彙にはずれがあります。それは単に一次元のイデオロギー軸上での保守とリベラルの違いによるものではなく、支持基盤の構造のあり方の違いだというのが本書の主張です。共和党が保守思想を支持する人達によるイデオロギーの政党であるのに対し、民主党がリベラル・イデオロギーの政党、ではなくてアメリカ社会で主流ではない各種集団の利益保護とその利害調整を行う政党である事の違いであると主張しています。そして本書はおよそ第二次大戦以降のアメリカ政治においてその違いが一貫して存在していた事(そしてその違いが近年は大きくなってきている)、両党が政治的選好以外でもはっきり異なった政党である事を様々な事実をあげて証明しようとしています。その為に、本一冊かけて政党の行動の色々な側面での両党間の違いの証拠となる事実を次々に列挙していきます。想像つくかと思いますが、まあ正直、よっぽどのアメリカ政治ヲタでもないとあまりおもしろい読み物ではないです*1
  
そしてもう一つの主張が、アメリカ人はSymbolic Conservative Operational Liberalであるというものです。普通に訳すと、思想的には保守、行動においてはリベラル、とでもなるでしょうか。ここでの保守―リベラルの対比は基本、政府との関係の事なのでより分かりやすく意訳すると、政府に頼ったりしない独立独歩な俺、う~ん、ザ・アメリカン、カコいい!だけど政府の金は欲しい!です。非常に分かりやすくかつ納得のいくものではあります、正直。

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2012年の大統領選の結果に基づいたレッドステート(象、共和党大統領候補が勝利した州)とブルーステート(ロバ、民主党候補が勝利した州)が連邦政府から受けている補助の平均ランキング。象の数字がロバの数字より低いのでランキングが高い、つまりより多く補助を受けている。ソース:WalletHub *2。更に税金まで考えると、ニューヨークやカリフォルニアなど豊かな州の多いリベラルなブルーステートが、貧しい州の多い保守主義のレッドステートへ補助金を与えている形になっている。

要は建前と本音は違うという事であり、アメリカの建前は「自由」だという事以外はそりゃそんなものって話ですが、これが有権者の選好である場合、厄介な事になります。一つの政策についての有権者からの支持が、その政策が提示されるフレームワークに依存している事になるからです。経済学的に言えば、cyclical preferenceを生み出しかねないという事です。フレームワークによって有権者からの賛成反対が変化してしまいますし、上手いフレームワークを捉えることができれば両党ともが自党への支持の高さを主張できます。例えば、有権者の一部、あるいは全体に何らかの問題が発生しているとします。具体的な問題の認識と解決は民主党の専売特許なので、まず民主党がそれを取り上げて問題解決の為の法案を提出するとします。ことが問題と解決のフレームワークの中に収まっているなら、それでOKなのですが、もしこれが共和党側の気に入らない解決である場合、共和党は問題を「自由と無能で強権的な政府による介入」の問題にすり替えます。つまり、共和党は国民のSymbolic Conservativeな面にアピールし、民主党はOperational Liberalな面にアピールします。

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一般の国民だけでなく、両党の支持層にもこの要素があります。共和党員は自身の認識として保守的な人達のはずですが、実際のところ一般の共和党員でもさまざまな個々の具体的な問題では「保守的」とされる選択を選ばなかったりするわけで、トランプ支持の根底にはそれもあったりしたわけです。民主党支持層は、各種の少数派利益団体によるOperational Liberal故の寄せ集めですから、必ずしもその支持層がリベラルだとは限りません。黒人はその投票者の8~9割が民主党に入れるという非常に強固な民主党支持基盤ですが、実は一般の共和党員と同程度に保守的な選好を持っているという調査もあります。

このSymbolic Conservative Operational Liberalの面白くかつ醜悪な例がオバマケアへ反対する有名なプラカードです。国民皆保険ではないアメリカで保険代が高すぎて入れなかったり、支払いに苦労する国民を助ける為のオバマケアは個々の問題にフォーカスが当たっている限りOperational Liberalな国民から支持を受けるわけですが、共和党が問題のフレームワークを政府による国民の選択の自由への介入というものに変更していくとSymbolic Conservativeな国民が今度は「自由を守る」為に「オバマ社会主義」に反対したりするわけです。憲法を守れとか言い出すわけです。さらにそこにデマに基づいた個人の利益からの反対が加わってきて現れたのが、"Keep your government hands off my Medicare"(政府は俺のメディケアに手をだすんじゃねぇ)系のプラカードです。画像リンク
メディケアというのは連邦政府が高齢者層への提供する医療保険です。アメリカは国民皆保険ではありませんが、高齢者皆保険にはなっています。このメディケアがオバマケアという「政府による医療保険」によって悪影響を受ける事を心配する「政府による医療保険への介入」に反対する人達によるプラカードがそれです。オバマ政権が始動した2009年に話題になりましたが、クリントン政権国民皆保険を導入しようとして失敗した90年代にも言われていたそうです。改めて書きますがメディケアは高齢者向けの政府プログラムですから、政府介入に反対する高齢者達は自分達の受けている政府プログラムから政府は出て行けと言っているわけです。政府が関わらない政府のプログラムはかなり難しいものになると思いますが、反対している人達はそんな些細な現実に縛られたりはしません。そもそもオバマケアは政府からの補助を利用して民間の市場で保険を買うという出来るだけ政府介入を減らした構造になっているものなのに、もろ政府から医療保険を受けている人達が、政府による社会主義には反対だと。これなどは、Symbolic Conservative, Operational Liberalをまさに体現している反対といえるのではないでしょうか。

しかし話はここで終わりません。2016年のトランプ勝利によりオバマケア廃止の現実性が高まってきたわけですが、これが共和党に難題を突き付けます。もし本当にオバマケアを廃止すると医療保険を持たないアメリカ人の数が約3千万人も増えると予想されています。この数字はリベラル系のシンクタンクからのものですし、そもそも未来予測は常に困難なのでこの数字を信じ込む必要はないわけですが、オバマケア開始後、医療保険を持たないアメリカ人の比率が激減した事を考えると保険を持たない人間の数が増えないわけはないはずです。さて、ここでオバマケアの廃止に動かない共和党議員は予備選に参加してくるようなコアな共和党サポーターの怒りを買って、予備選でヤバい事になります。しかし建前の自助努力でカッコいい事を言っていても、政策の変更で実際に被害が起これば本選ではバックラッシュに直面する可能性が高くなります。これにどう対処するか。一部の強硬派はそれでもオバマケアを廃止しようとするでしょうが、そこまでではないバックラッシュを恐れる議員はもっと有耶無耶な対応をしようとするでしょう。そういう対応は当然、コアな共和党支持者層からは反発を受けます。RINORepublican In Name Only、名ばかりの共和党員)という言葉に表される、「穏健派」とみなされた共和党議員への不信感がそこから生まれ、共和党中枢への反感へと育っていく。これはオバマケアだけの事ではなく、連邦政府の債務上限問題などなど政府を縮小化しようとしての様々な政府活動への反対要求においてしょっちゅう起こっている事です。債務上限引き上げはビジネス界での共和党支持者たちも賛成なのに、共和党内の過激派たちが上限引き上げ反対を主張して債務の不履行まで主張する。共和党中枢がさすがに債務不履行が起こらないように上限引き上げに賛成すると、過激派は共和党中枢をRINOだと批判して、共和党支持者の共和党不信が増し、そういう人達が予備選で穏健派や更には共和党中枢の偉いさんを落として、過激な保守派を議会に送り込んで、共和党が更に保守過激化していくわけです。どうしたらいいのか分からない恐ろしい状況です。

民主党側でも党員から党への不満は当然あるわけですが、そもそも支持層の中でのイデオロギッシュなリベラルの比率が低く、自分達の状況改善の為に民主党を支持している各種集団があるので、予備選を利用した過激化は共和党のようには進行していません*3

なので今のアメリカ政治の重要なダイナミクスの一つは、共和党が選挙対策として「保守主義」を売り込み、コアな党員が予備選で議員を締め付け、議員たちが「保守主義」を実現しようとするが、その要求水準が高すぎて実現は無理なので、議員たちはどこかで妥協、これがコアな支持層の反感を買い、彼らが予備選でまた共和党の保守過激化をすすめて、アメリカ政治が機能停止と混沌に陥る。このプロセスがどこまで行くのか、どうすれば過激化を止められるのかについて本書は語りません。誰も答えは知らないと思います。アメリカの人口構成の変化がこのまま続いて民主党有利な状況になる*4事で共和党が力を失って止まるか、あるいは共和党の過激化が進みすぎて自壊するか、あるいは別の何かが起こるのか。なんであれ、はやく明るい未来が訪れて欲しいです。

*1:読んでて正直、飽きました...なので、主張について知りたいだけならこの本の元となった論文を読むだけで良いとおもいます。

*2:2016年の結果に基づいて平均ランキングを計算してみてもほぼ同じ結果になります。

*3:ただ2016年の大統領選ではバーニー・サンダースを旗印にある程度これが起こりましたが。

*4:ただしこれは黒人、アジア系、ヒスパニックなど人種少数派の民主党支持が続くという仮定にもとづいてますが。