P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

我はアシモフ:8.図書館

1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第8セクション「図書館」の翻訳です。
いきなりセクション8です。まあ、大体このセクション辺りを読んでいた時に、訳そうという気になりましたので。こことあとセクション9の「本の虫」とか、俺はえらい共感してしましました。(それからダメ大学院生だった話と、院を出てからの就職活動の話とか笑)。


我はアシモフ:8.図書館
一旦読めるようになると私の読書力はどんどん向上していったので、深刻な問題が起こってしまった。読むものがなくなったのだ。学校の教科書は数日しか持たなかった。学期の最初の週にはすべてを読んでしまって、その後の学期の半年間ぶんの教育が済んでしまった。教師には私に教えるものは特になにもなかった。
私が6歳の時、私の父がキャンディーストアーを購入した。そのキャンディーストアー*1には読み物が一杯あったのだが、しかし私の父は私がそれらに手を触れることを許さなかった。父はその読み物がゴミだと思っていたのだ。私は他の子たちはそれらを読んでいることを指摘すると、わが父はこう言った。「つまり、その子らはゴミの脳をを持っていて、親達は気にもしていないわけだ。私は気にするがな。」
それで、私は欲求不満に陥った。
どうなったか?私の父は私に図書館の貸出券を手に入れてくれて、私の母が定期的に図書館まで連れて行ってくれた。私が最初にどこかへ自分一人で行くことを許されたのは図書館だったが、母が私を連れて行くのに疲れてしまったからだ。
さてここでまた、幸せな巡り合わせが私に起こってくれたわけだ。
もし私の父に時間があって、さらにアメリカ文化に通じていれば、父は間違いなく、単純に私を父がキャンディストアにて売っている軽薄な読み物から守っただけでなく、私の読書を詳細に導いてくれたことだろう。父がよき文学と考えるものへと私を導き、意図せずして、私の知的水平線を狭めていた事だろう。
しかしながら、父にはそんなことはできなかった。私は自分で選ぶ事ができたのだ。私の父は公共図書館にあるのはよい本だけだと考えていたので、私の選んだ本について監督しようとはしなかったのだ。そして私は、指図されることもなく、すべてを試していった。
まさに幸運な状況によって、私はギリシャ神話についての本を見つけた。私はギリシャの神々の名前をすべて読み間違えたし、内容の大半は私には理解不能だったけれど、私は魅了されてしまった。実際のところ、何歳か後になるまでに、私はイリアッドを何度も、何度も、何度も、読んでしまって、機会があるたびにそれを図書館から借り出し、最初の一節から最後まで繰り返し読んでいた。私が読んだ本はWilliam Cullen Bryantによる翻訳で、これは(思い返してみると)あまりよい訳ではなかった。ではあるが、私はそのイリアッドを一語一語覚えてしまった。どの一節かを適当に読みあげられても、それがどこからのものか、私は答える事ができた。私はオデッセイも読んだが、しかしあまり楽しくは無かった。血まみれの話じゃなかったからだ。
さて、私を悩ましている疑問がある。私はギリシャ神話についての本を最初に読んだのがいつだったのか思い出せないのだが、非常に若かったのには違いない。私はそれが、作り話だという事を理解していたのだろうか、それともしていなかったのだろうか?おなじ疑問は妖精物語についてもある(そして、私は図書館の中のすべての妖精物語を読んだのだ)。どうやって人はこれらが作り物、「フェアリーテール」だと理解するのだろう?
私は普通の家庭では子供たちは子供の本を読んでもらって、そしてバニーラビットは本当は言葉を話さないのだとどうにか教えられるのだろうと思う。よくは知らないが。おかしな事だが、私は私の子供たちの時、どうだったかを覚えていない。私は子供達に読んであげたりはあまりしなかったし(自分の事にあんまりにも夢中だったからね)、「これは作り話なんだよ」と特に言った記憶もない。
勿論、子供達の中には、魔女やモンスターやベッドの下のトラや、読んだすべての恐ろしいものに怯えるものもいるのだから、彼らはそういったものが本当にいるのだと思っているのだろう(そして、もしあまり知的でないならば、大人になってもまだ)。私はそういったものに怯えたことは無かったから、私は最初からお話は作り話なんだと知っていたのだろう−−しかしどうして知っていたのかが分からないのだ。
勿論、私はその事について誰かに尋ねたのかもしれないが、しかし誰に?私の父はキャンディーストアの仕事にかかりっきりで、そんな事で煩わせたりできなかったし、そして私の母は(読み書きと計算以上のことには)まったく無学だった。私は、だれにも尋ねることができなかったのじゃないかと、思う。そして、私は同年齢の子供達には尋ねたりしなかったのは確実だ。彼らになにか知的なことについて相談するなど、思いもしなかっただろう。つまり、私は一人きりで正しい結論に達したという結論になる−−問題は、どうやったのか、まったく覚えていないという事だ。
実のところ、私の優れた記憶力にもかかわらず、私にとって重要なのに覚えておらず、どれだけ子供時代の事に頭を絞っても思い出せない事が多くあるのだ。
たとえば、私がとても幼かった頃、私はウィリアム・シェ-クスピアの全作品を収めた本を持っていたのだ。それが図書館の本だったはずは無い。それを長い間、所持していた記憶があるからだ。多分、誰かがそれをくれたのだろう。
私はテンペストを読み進んだ時のことを完全に鮮明に思い出すことができる。それがその本の最初の戯曲だったのだ。シェイクスピアには最後の(そして彼が自分でプロットを作った唯一の)作品であったのに。たとえば、私は"yare"という言葉に当惑させられた事を覚えている。シェイクスピアは船乗り言葉の印象を与える為にそれを使ったのだが、しかし私はそれをその以前に、そして(私が知る限り)それ以後にも見たことは無い。
間違いの喜劇から騒ぎを楽しんだ事を覚えている。ヘンリー4世、第1部ファルスタッフのシーンを楽しんだことすら思い出せるようだ。つまり、私は想像のつくように喜劇のシーンが好きだったのだ。そしてロミオとジュリエットが嫌いだった事も覚えている。あんまりにもめめしかったからだ。
さてここで、私がいらいらさせるパートになる。私はハムレットを、そしてリア王を読んだのか、読んでいないのか?それについてはまったくなんの記憶も無いのだ。実のところ、私がハムレットを最初に読んだのがいつなのか、私は思い出す事ができない。間違いなく、私がそれを読んだ時があるはずなのだ。すくなくとも読もうと初めて試みた時が。--しかし、思い出せない。なにも。まったくの空白。
さらに、じっくり考えてみると、このことから別の疑問も沸き起こってくる。地球が太陽の周りを回っていると最初に学んだのはいつだろうか?恐竜の事を最初に聞いたのは、いつか?恐らく、私はこれらの事を図書館で手に入れた子供用の科学の本で読んだのだろう。しかし、なぜ私は、「オー、マイ・グッネス、この地球は太陽の周りを回っているんだ。なんてすごい!」、と言ったことを覚えていないのだろうか?
みんなそういった事を最初に学んだのはいつか、覚えているだろうか?思い出せない私は愚か者なのか?
また別の疑問がある。子供の時に一度何かを事実だと理解してしまうと、それ以前の「知らなかった」時や、「間違っていた」時のことは記憶から抹消されてしまうのだろうか?脳の記憶の機能は以前の記憶を単純に削除してしまうのだろうか?それには利点もあるだろう。一度、バニーラビットは喋ったりはしないと学んだ後は、バニーは話すんだという子供の時の印象と共に生きていくのはわずらわしいだろう。私はこれを正しいとしよう。そうなると私は愚か者ではないわけだ。
さらに、私はハムレットをやっぱり読んでいて、そしてあまりにも楽しんだものだから私の脳の記憶機能が、実は私はそれを生まれた時から知っていたのだという心安らかな考えに落ち着く事にしたのだと、仮定しておくこととする。そしてまた、私は本からの知識をそれを読んだ時だけでなく、後々になってからも学ぶ事ができたのだと*2考えておくこととする。
物事はつながっていくものだ。たとえ偶然ですら。あるとき、病気で図書館までいけなかった時、私は非情にもわが母に私の代わりに行ってくれるように説得した。母が借りてきたどんな本でも読むからと約束して。それで母が借りてきた本は、トーマス・エジソンのフィクション化された人生の本だった。私は失望したけれど、しかし約束していたので、それを読んでみた。これがおそらく、科学と技術の世界への私の最初の接触であったろう。
それからまた成長していくと共に、私はフィクションによってノンフィクションへと誘われていった。アレクサンドル・デュマ三銃士を読んで、フランス史に興味をもたないなんてありえない事だ。
私の古代ギリシャの歴史(神話ではなく)への招待は、私が思うに、Gertrude AthertonのJealous Godsによってであった(それを神話の本だと考えたんだろうと思う)。アテネとスパルタについて、そして特にアルキビアデスについての本であったのだ。Athertonが描いたアルキビアデスの絵はそれ以来、私を捉え続けている。
そしてまた、William Stearns Davisのが私をビザンティン帝国へと、そしてレオ3世(イサウリアのレオ)へと導いてくれた。ギリシャ火薬は言うに及ばず。そのタイトルをいまは思い出せない彼の別の本が私をペルシャ戦争とアリステイデスへと導いてくれた。
こういったすべてのことが、私を歴史へと向かわせた。Hendrik van Loonの歴史についての本を読み、そしてもっと難しい本が必要だと判断して、Victor Duruyという名の19世紀フランスの歴史家が書いた世界史の本を読んでいたことを覚えている。それを何度も読んだのだ。
雑多に色々なものを読んでいたので、どれほど広範囲に読んでいたかを述べる事すらできない。そして他の人達にはそれがどれほど愚かに思われたかも。私の通っていた図書館の一つで(いける範囲の図書館すべてに通っていたのだ)、私はSt.Nicholasの装丁された巻を見つけた。これは1世紀前に盛隆を迎えた子供向け雑誌だ。私は一巻づつ借りていった−−顕微鏡サイズの小さな文字で印刷された一年分の月刊誌の記事を装丁した分厚い巻だ。それを読める限り読んでいったのだ。
それらの巻の中で、私はDavy and the Goblinの連載に出くわした。これについては、私は少々不快だった。それが不思議の国のアリスのイミテーション、それも出来のよくないものだと思ったからだ。(まただ!私がアリスを最初に読んだのは一体いつだろう?思い出せない。しかしとにかくいつ読んだのであれ、それを大好きになった事は間違いない。)
各話には、いつも問題ばかりの冒険に出ている純真なゴブリン達についての下手な詩が載っていた。それぞれに付けられたイラストはとても愉快なものだったが、ゴブリンの一人、いつでも舞台におけるイギリス人役のような格好で(トップハット、燕尾服、そしてモノクルときている)、そして他の者達をあわせたよりもずっと多くの問題に見舞われるもののそれは特にそうだった。
勿論、私は多くを読み飛ばしたが、しかしそれでもいっぱい読んでいた。
私が少しばかり大きくなった時、私はチャールズ・ディケンズを発見した(私はピクウィックペーパーズを正確に26回読んで、ニコラス・ニックルビーは10回ほど読んだ。) 私は、Eugenne SueのThe Wandering Jew("Jew" (ユダヤ人)に興味を引かれたのだ)やThe Mysteries of Paris ("mysteries"に引かれた)といったちょっとありえないような本にまで読み辿っていったのだ。私はぞっとしてしまった。私は読むのを止める事が出来なかったが、最初から最後までSueの書いた貧者と犯罪者のすがたに怯え続けた。今ですら、それの事を考えると私は身震いしてしまう。ディケンズはいつでも貧困と不幸をユーモアと共にかいた。それによって耐えられるものになっていたのだが、スーは容赦しなかった。
私はまた正当にも忘れ去られた本、Samuel WarrenによるTen Thousand a Yearもまた読んだ。これにはOily Gammonという名のすばらしい悪役がいたのだが、この本は私にとって悪役が、「ヒーロー」がではなく、本の真の主役である初めての経験だった。
私の読書の中で、ほとんど完全に欠落していた唯一つのものは、20世紀のフィクションだった。(20世紀のノンフィクションではない。私はそれを大量に読んでいた。) なぜ現代小説を読まなかったのかは分からない。多分、私は埃をかぶった古い本に惹かれていたのだろう。多分、私が通っていた図書館は現代小説の蔵書が乏しかったのだろう。
その子供の頃の傾向はいまだに続いている。私はいまだに時折にしか現代小説を読まない(ミステリー以外は)。
このとんでもなく雑多な読書は、誰かによる導きの欠落の結果であったが、消える事ない痕を残した。私の興味は20の異なる方向へむかい、そしてそのすべてへいまだに興味がある。私は神話について、聖書について、シェイクスピアについて、歴史について、科学について、そしてその他の事について本を書いてきた。
私の現代小説読書の欠落すら、痕を残している。私の文章が古めかしいことは百も承知である。しかし、私はそれを気に入っていて、そして私を貧困から遠ざけておいてくれるのに十分なだけの数の読者もまた、それを気に入ってくれているようだ。
私は学校で私の教育の基本は受けた。しかしそれでは十分でなかったのだ。私の本当の教育、上部構造、詳細、真の建造物を、私は公共図書館から受け取ったのだ。本を買う事の出来ない貧しい家庭の子供にとって、図書館は驚異と偉業へと開かれたドアであった。私にそのドアを通りぬけて、図書館が与えてくれるものを学ぶだけの機知があったことには、どれだけ感謝しても過ぎる事はない。
現在、図書館の予算がいかにして削られて、そしてまた削られたかについてのニュースがいつでも流れているこの時代、私が思うのは、ドアは閉じられつつあり、アメリカ社会は自身を破壊する方法をまた一つ発見したのだということだ。

*1:キャンディーストアーでは、キャンディー(お菓子)だけでなく、タバコや雑誌類も売られていた。

*2:だから最初に学んだ時の記憶がなかったと。