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P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

ハインライン:1941年第3回世界SF大会スピーチ (1)

SF ハインライン

まあ、だれも興味ないかも知れませんが、だれも興味を持っていなくても私は持っていますので...
アシモフと共にかつてSFビッグ3と言われたロバート・A・ハインライン*1は1988年に亡くなりましたが、彼の追悼としてハインラインの珍しい短編と、スピーチ、他の作家などからの追悼の辞を集めた"Requiem"という本がでています*2。で、そのスピーチの内の一つ、1941年の第3回世界SF大会でのゲスト・オブ・オナーのものを訳す事にしました*3。なぜかって?それはファンとしてはハインラインのプレゼンスの(特に日本での)低下が気になるからだよ!あとまあ、単純にいっても内容も結構興味深いと思いますし(当時のSFファンのマイノリティ意識は根深いなぁ、とも感じますが)。アシモフの翻訳もまだ道半ばなのに、こんな事をするのは、ちょっとアシモフに申し訳ないんですが...
なおこのスピーチは本のなかで16ページ強を占めるんですが、今日、訳したのはようやく3ページほどです。次回は次の日曜日の予定です。


第3回世界サイエンス・フィクション大会、ゲスト・オブ・オナー・スピーチ、1941年、デンバー
未来の発見
私の手の中にあるのはスピーチの原稿です。以前に私が行ったもののように行けば、終わった時にもこのままでしょうが*4
始める前に、面白いのではないかと思うアイデアを述べておきます。これはアプトン・シンクレア*5によってカリフォルニアで導入された政治演説におけるイノベーションで、並の政治演説者達の間で騒動を引き起こしたものです*6:演壇から質問に答えましょう*7。ただし一つ条件をつけておきたいと思います。それは質問は紙に、名前とともに書かれていること、です。マイクにそれを読み上げて、質問がなんなのかちゃんと理解できるにです。
ここ数日の間に、私はかなり多くの人たちが私の物語のバックグラウンドに興味を持っているらしいと感じるようになりました。そして、時には、私の社会的、政治的考えや、経済に関する考え、その他について−−その内のいくつかは、全てではありませんが、私の物語の中に現れています。私の個人的バックグラウンドへの興味を明かす人もいました。ですので、もしそういった質問が来れば、できる限り答えはしますが、答えるのが恥ずかしいことなどについては多分少々ごまかすでしょう。
さて、本題に戻りましょう:未来の発見。時間の制限はないと聞かされました。なので私のいつもの3時間スピーチが求められているのだと、私は仮定します。それともあるいは、この会場から人がいなくなるまで、ずっと続けてもいいのでしょうか。
フォリー・アッカーマン*8は、私が長い間サイエンス・フィクションを読んできたと述べました*9。読んできました。手に入いる限り読んできて、おそらくあなた方のほとんどと同じプロセスを経験してきました:親が怒り、友達からは奇異の目で見られました。「あんなゴミ」を読んでいたためです。
ここにいる我々、サイエンス・フィクション・ファンは、お馬鹿な変人です!我々はあんなものを読む馬鹿な愚か者です−−表紙におかしな機械と動物が描かれた雑誌を読む連中です。家で雑誌を放り出していたら、友達がそれを取り上げます。ファンではない彼らは訊くわけです、こんなのをほんとに読んでるのかと。そしてそれ以来、彼らはあなたを疑いの目で見るようになります。
なぜでしょうか?私はその理由をしっているつもりです。これは一つの考えにすぎませんが、しかしそれが多分、我々がサイエンス・フィクションを好きな理由なのです。それは物語それ自体のなかの冒険故だけではありません−−そういうものはほかのタイプの物語においても見出す事ができます。私には、サイエンス・フィクションはそのもっとも強力な要因として、人類を他の動物達から隔てるある一つのものを持っているだと、思えます−−私は「時間結合(time-binding)」と呼ばれるものの事をさしています。ハイフンつきです。この言葉をまだ皆さんは、ご存じないでしょう。これはアルフレッド・コージブスキー*10によって作られた専門用語で、人間という動物は現在を生きるだけでなく、過去と未来をもいきているのだという事実についてのものです。
人間という動物はその他全ての動物とこの点においてだけ異なっています。その定義には読書や執筆も含まれています。それは我々が記録をつくり、データを集めて、未来を覗くための基本的な技術です。人間を動物から隔てるものだと我々が考える他の物事は−−時折、なにかの動物がそういったことを行ってきました。彼らは政府をつくります。機械を発明します。お金を使う動物すらいます。私は見ていませんが、しかし信用するにたると思える報告を耳にしました。しかし、彼らは時間結合は行わないのです。人間という種族が行うほどのものは。*11
時間結合は我々の持つ過去についての多面的な記録(multitudinous records)の利用からなる。これらの記録、我々が直接集めたデータや、読み書きを含めた時間結合の技術を用いて他者から得たデータなどを基に、我々は将来の行動についての計画する事ができるわけです。これはつまり、我々は、現在だけでなく、過去と将来にも精神的に生きているのだという事です。サイエンス・フィクション・ファンには間違いない当てはまることです。
私は、チャーリー・ホーニッグ*12が述べた、フューチャー・フィクションという言葉はよいと思います。私にはそれは少しばかりサイエンス・フィクションより一般的だと思えます。その物語の大半は未来について−−何がおこるのかに関して−−のものだからです*13
未来のことを考慮する時、それがどんなものになるのか予言しようとする時、そしてそれに応じて計画を立てるとき、あなたは時間結合を行っているわけです。子供のような人物は一日一日を生きています。大人は少なくとも1年か2年の計画を立てようとします。政治家は20年とかそれ以上の期間に渡る計画を立てようとします。人の人生よりも長きに渡る計画を立てる組織もかなりあります。たとえばスミソニアン協会やカソリック教会などは、人の一生のなかでではなく、何世紀の単位で考えます。かれらはずっと先までの、そしてある程度まで練られた計画を立てます*14
サイエンス・フィクション・ファンは種族の単位で考えるという点で、その種族のほとんどとは異なっています。百年単位でもなく、何千年という単位で。ステープルドン*15は...何年くらいの単位で考えているのでしょうか?彼のタイムスケールはどこまでいくのでしょう?私にはわかりません*16。数字は意味を持たなくなるように思われます。
それこそが、サイエンス・フィクションを構成するものなのです−−過去と現在から未来を解き明かす。この点において、我々は人類として振舞っています*17
さて、すべての人類は、未来を発見しようとするときある程度まで時間結合を行います。しかしほとんどの人類−−サイエンス・フィクションを読む我々を笑う人たちは−−時間結合を行い、計画を立て、予測を行いますが、彼らの個人的な生活の限界の中でです。この点、彼らは一年か二年先を予測し、計画を立て、そして彼らの人生全体のことすら予測しようとするかもしれませんが、しかし彼らは自分達の生活する文化の単位で考えようとはめったにしません。実のところ、ほとんどの人たちは、サイエンス・フィクション・ファンと比べて、彼らがその中で生活する文化が変化する、それが変化できる、という事実をまったく認識していません。彼らもそれを頭の上の方ではわかっていても、その視床において、その感情において理解しているわけではありません。
我々の祖父たちは馬が自動車に取って代わられることはないだろうと考えていました。ライト兄弟が最初の飛行を行った4年後になってもまだ、彼らは戦争省になんとか彼らの飛行機を見にこさせようと苦労していました。そして一人の少将が飛行機が飛ぶのを見に来た時、それは非常に興味深い科学のおもちゃだが、しかし勿論、軍事上の利用の可能性はないと感想を述べました!それはほんの少し前のことです。ほんとうに少し前の。
身の回りで四六時中、そんな事を耳にするでしょう。しばらく前に、私はG.B.ショウ*18からの引用を行った事があります。それをもう一度引用したいと思います。シーザーとクレオパトラ*19のブリタニカスに触れて、「彼はよそ者(outlander)で野蛮人であり、彼の部族の習俗が自然の法だと信じている」とショーは述べています*20。これこそがあなたが大抵の人たちにサイエンス・フィクションを薦めた時にあなたが直面することです。これが、あなたはおかしいと彼らが思う理由なのです。彼らは彼らの部族の習俗が自然の法であり、不変で変わることなどないと思っているわけですから。変化など、信じていないのです。
「いつまでもつねにイングランドはあり」といったフレーズは現時点においては快く、心を鼓舞するものですが、しかし我々は知っています。いつまでも常にイングランドがあるわけではないことを。ドイツも、合衆国も、バプテスト教会も、一夫一婦制も、民主党も、謙遜の美徳も(modesty taboo)、白人種の優越も、飛行機も*21。自動車もです。それらは過ぎ去ります。それらは消えていってしまうのです−−我々はそれを目にすることでしょう。我々の回りに見られるどんな習俗も、組織も、信念も、あるいは社会的構造も変わり、過ぎ去ります。そしてそれらの多くについて、我々は変化と過ぎ去っていくのを目にすることでしょう。

*1:残る一人は[http://d.hatena.ne.jp/okemos/20090722/1248263369:title=アーサー・クラーク]。

*2:このタイトルはハインラインの短編[http://www.amazon.co.jp/dp/4150106738/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1261322772&sr=8-1:title=「鎮魂曲(Requiem)」]にもかかっています。(追記:元々は92年に出てますが、その新しいペーパーバックが2008年出てるんです。)

*3:他のスピーチは、1961年と1976年の世界SF大会でのものと、1969年のリオデジャネイロ映画フェスティバルでのもの。

*4:スピーチ原稿の読み上げはしないという事。

*5:[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%A2&oldid=29400457:title=wikipedia]によると社会主義者の立場から社会を描いた小説家とのこと。

*6:原文"It was an innovation in political speaking introduced in California by Upton Sinclair that raised Cain with the ordinary run of political speakers"。

*7:ギャクかなんらかの皮肉かもしれないが、よく分からない。

*8:フォレスト・J・アッカーマン。非常に有名なSFファン、コレクター、そしてFamous Monsters of Filmlandsの編集者・執筆者。

*9:おそらく、ハインラインのスピーチ前のハインライン紹介をアッカーマンがやったのでしょう。

*10:[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?oldid=25498527:title=wikipedia]によると、ポーランドワルシャワ生まれの学者で、一般意味論の構築で有名、との事。あれ、A・E・ヴァンヴォークトぽい、とか思ったら、wikipediaにはコージブスキーに影響を受けた人物として、ハインライン、ヴォークト、そしてL・ロン・ハバードの名前が!うへ、サイエントロジーがかかわってくるのか。

*11:ここら辺の記述が動物学的にみてどれほど正しいのか、正直、疑わしく思えますが、どうなんですかね?

*12:"The Fantasy Fan"というファンジンを作ってから、1933年に"Wonder Stories"の編集長になった[http://www.magicdragon.com/UltimateSF/timeline1940.html:title=SFファン]。[http://www.amazon.co.jp/dp/4488015174/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1261285103&sr=8-1:title=「SF雑誌の歴史 パルプマガジンの饗宴」]によると、1933年当時ホーニッグは17歳!いかに当時のSF業界が若かったとはいう例ではあります。

*13:原文"It seems to me a little broader than Science Fiction because most of these stories are concered with the future--what will happen"。"broader"を「より一般的」と訳しましたが、「よりあった」「即した」という意味のようには思えます。

*14:原文"They make their plans that far ahead, and to some extent, make them work out."

*15:イギリスの哲学者、小説家。アメリカSFのことを知らないまま、SF小説、「最後にして最初の人類」や「スターメーカー」、「オッドジョン」などを書いた。

*16:「最後にして最初の人類」や「スターメーカー」などは、人類の歴史、や宇宙の歴史をあつかっているので、億年あるいはそれ以上の時間単位となる。ちなみに1941年の時点ではステープルトンはまだ存命であるので、ハインラインの「どこまでいくのかわからない」というのはステープルトンがまだ書くかもしれないことを想定しての言葉。

*17:SFファンもその他の人類も時間結合を行う点では同じだという事。

*18:イギリスの劇作家、劇評家、社会主義者のジョージ・バーナード・ショーのことでしょー。

*19:ショーによる劇。

*20:確かこの部分を、ハインラインは「宇宙の戦士」のはじめに引用していた、と思うが手元に「宇宙の戦士」がないので、後で確認。追記:「宇宙の戦士」を買ってきたが、載っていない!なぜ?俺の記憶では確かに「宇宙の戦士」の最初に引用があったはずなんだが。ちなみに俺が以前、持っていた「宇宙の戦士」は表紙がランチが惑星から宇宙へ上昇していくのをバックにパワドスーツが倒れている[http://www.pwblog.com/user/blueprint/mechanic/22624.html:title=版]で、今回買ったのは、ランチと倒れているパワードスーツという同じシチュエーションだが、パワードスーツがよりアップになっているこっちの[http://book.akahoshitakuya.com/b/4150102309:title=版]。記憶違い?あるいは違う時間線に入り込んでしまったのか?

*21:ハインラインについては、アシモフも[http://d.hatena.ne.jp/okemos/20091123/1258906804:title=触れていた]ように、戦中までのリベラル・ハインラインから戦後の保守ハインラインへの変化というものもあるのだけれど、しかしこの部分とそして50年代、60年代の彼の作品を考えると、この点では一貫しているなと感じる。