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P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

ブラッド・デロング:やっぱり君ら、まともじゃないね。

ブラッド・デロング 大恐慌 ニューディール

昨日からMarginal Revolutionのニューディ−ルと大恐慌がらみのエントリーのなかでリンクされてるブログエントリーを訳していくことにしましたが、それは上のリンクの中にあるリンク先の中にあるリンク(笑)です。で、前のエントリーでジェームズ・ハミルトンのブラッド・デロング批判を訳しましたので、そもそもその批判されたデロングのエントリーとハミルトンその他への反論エントリーの2つを訳してみました。比較するとデロングの言ってる事の方が説得力あるように俺自身は思います。勿論俺は、リベラルのデロングびいきで読んでますが。ただそれは置いておいて、デロング自身が追記の中で言っているように、こういうのは印象操作のゲームになるんですよね。Aの事から始めた文章の中で、Aと関わってはいるが同じではないaの問題点を語ると、読者が勝手にそのaの問題はAの問題なんだと錯覚しくれる。これだと間違った事は言わずとも、間違った印象を植え付けられる。初歩ですけど、でも左と右の議論を読み比べるとよく出てきます。後、左右である一つの文章中のどこに着目するかも結構違っていて、面白いです。
ちなみにデロングの反論の後、クルーグマンがコメントを寄せてるんですが、それは時間がないのでまた後日。
ジョージ・ウィルはもうたくさんのダニエル・グロス    ブラッド・デロング 2007年1月4日*1

ジョージ・ウィルは本当にすばらしい:

ダニエル・グロス:2006年12月31日-2007年1月6日 アーカイブ:経済貴族観察(ECONOMIC ROYALISM WATCH)*2:ジョージ・ウィルの最低賃金に対する冷笑はいつも通りおぞましい。最初の段落には歴史の思いっきり意図的な誤読が詰まっていて、ほとんど表彰ものである。引用してみよう:

連邦政府の最低賃金基準、大衆の市場への信頼が地に落ち、連邦政府の過信が天にも届こうとしていた1938年に陽の目を見たアイデアだ。1938年の19%という失業率とマイナス6.2%という経済成長率という事実にも関わらず、このニューディールの熱狂的な試みは、大恐慌を終わらせる事に失敗し、おそらくは引き伸ばしてすらしてしまった。

すこし確認してみよう。ウィルは、1938年には「大衆の市場への信頼が地に落ち」たと考えているようだ。あー、これは、間違い。大衆の市場への信頼が地に落ちたのは、全国の半分の銀行が営業を停止し、ウォール街が事実上倒産し、ダウ*3が恐ろしい低空飛行をし、失業率が25%だった*41933年の事だ。ニューディールが始まる前の1933年には、証券業界も、銀行業界も、住宅ローン業界も、どんな資本形成や貸付の業界も存在していなかったのだ。その年には、40%の住宅ローンが債務不履行になっていたと推定されている。
ニューディールの様々な制度--証券取引委員会(SEC)、米連邦預金保険公社(FDIC)、連邦貯蓄貸付保険公社(FSLIC)--が成立したことにより、民間資本市場のメカニズムが再び動き出したのだ。私の言葉を信用しなくてもいい。連邦準備銀行総裁であるベン・バーナンキの言葉を引こう。彼は大恐慌についてのエッセイの中で次のように書いている:「1933-35年のニューディールによる金融システムのリハビリテーションによって初めて、経済は大恐慌からのゆっくりと脱却しはじめたのだ...」
ニューディールが行った事が「おそらくは大恐慌を引き伸ばしてすらしてしまった」と主張する事は、流言飛語のたぐいだ。ニューディールが大恐慌を引き伸ばしたと考えているまともな歴史家はまずいないだろう--言っておくが、まともな歴史家のことで、シンクタンクにいるバカのことでも、経済学者のことでも、ジャーナリストのことでもない...私のジョージ・ウィルへの信頼は地に落ちた...

まともな人間ならニューディールが大恐慌を引き伸ばしたとは主張しまい。まともな人間がこんな事を主張しようとするなら、(a)回復を市場の力だけに頼って、(b)大恐慌から完全に回復した、国の例が必要になる。しかしジョージ・ウィルはまともな人間ではないのだ。


ニューディールと大恐慌 II     ブラッド・デロング 2007年1月10日

アハ。マーク・ソーマ(訳注:オレゴン大学の経済学者)のサイトにおいてダニエル・グロスと私に対する興味深い反応があった:

Economist's View: ニューディールと大恐慌:ブラッド・デロングが次のように述べたという。

まともな人間ならニューディールが大恐慌を引き伸ばしはしなかった。

これを受けて色々な反応があった。
アーノルド・クリング(Arnold Kling)はこう述べている:

...あなたが知らない場合の為に言っておくと、ダニエル・グロスとブラッド・デロングがニューディールは大恐慌からの回復を助けたという命題を崇拝しない人達を侮辱している。理性的な見解は、ニューディールのいくつかの政策は助けたが、他の政策は遅らせた...
今知っている知識を持って、もし1933年に戻る事が出来たら私は大統領に、預金保険金本位制離脱については賛成し、その他の社会保障も含めたほとんどのニューディール政策には反対するだろう。行われなかった政策も二つほど提案してみよう--通貨供給の増加と財政拡張だ(当時、税率は比較的低かったので、これは政府支出の拡大という事になる)...全体としてルーズベルトの実際の政策が助けとなったか否かは、私は理性的な人達が議論できるものだと考えている。考えの違う者を侮辱するのは適切なことではない...

しかしだ、フーバー(訳注:ルーズベルの前の大統領)と比べれば、ルーズベルト政権は財政と金融の両方の拡大を行ったのだ。財政政策は、フーバーの「なんとしてでも財政均衡を!」路線から、ルーズベルトの「まあ当分は赤字に関して心配するのは止めましょう」路線に変わった。大変な違いだ。ニューディールがより大きな財政赤字を伴っていれば、より良かっただろうが、とにかくその赤字は助けにはなった。
金融政策でも同様だ:フーバーの連銀は金の流出を抑えることに躍起になっていた。それはつまり、金流出を抑える為に金利を引き上げるという事だ。ルーズベルトの連銀は違った。またもや、より大きい通貨供給の増加があれば、より大きな助けになっていただろう。しかしフーバーからルーズベルトへの変化は大きな助けであった。
つまり大恐慌から抜け出すのに、四つの大きな、マクロ経済的に意味のあるプラスがあったわけだ:預金保険金本位制からの離脱、財政刺激、通貨供給量の増加。マイナス面では何があっただろうか?NIRA(全国産業復興法)による1933-34年の短期的なダメージ、そしてが構造的失業のレベルを恐らく数パーセント引き上げたWork-Reliefプログラムだろう。
ジム・ハミルトンもまた参加してきた。コールとオハニアンをNIRAの批判として引用している:

[純粋な自由放任経済において]経済の回復を助けるものとされるのは、大規模な失業者の存在は賃金と物価の低下につながるということだ... それによって労働市場での均衡を回復するからだ。しかし、1933年から1934年の間の非常に大規模な失業の真っ只中で、平均時給が鉄や鉄鋼生産、家具、そしてセメントなどの分野で25%以上、製材分野では50%以上も上昇していたのだ。どうしてそんな事がありえたのか?...コールとオハニアンの答えは...1933年の全国産業復興法(National Industrial Recovery Act of 1933)と1935年の全国労働関係法(National Labor Relations Act of 1935)...企業間と労働者間での競争の程度を制限する...コールとオハニアンが着目したNIRAの規約には、会社がその製品を売ってはいけない最低価格だとか、生産能力についての制約、そして生産してもよい数量、それから労働時間に関する制限などが含まれていた。コールとオハニアンはモデル・シミュレーションの結果に基づいて、ニューディールのこういう側面が産出ギャップの継続の60%を説明するとしている...経済の各分野においてもっと独占を作り出すために生産削減を奨励していけば賃金と物価が上り、なぜだかみんながそれで豊かになれるという考えは、余りにも素晴らしくばかばかしいので、ニューディールはいくつかの面で経済の大恐慌からの脱却を間違いなく遅らせたと信じている者は、ブラッド・デロングが本当にそれを信じているとするとただただ驚くばかりである。

長期かつ広範囲でのNIRAの実施は大失敗となっただろう事はジムと同意する。しかし私の(エリス・ハウレイ(Ellis Hawley)のニューディールと独占の問題 The New Deal and the Problem of Monopolyからの)理解では、それは広範囲でも長期でもなかった。部分的にしか実施されず、そしてシュケッター鶏肉対アメリカ合衆国の判決がでる一年も前の1934年半ばに死文化していた。
私としては、政府の政策の結果、経済を景気悪化ショックに大してより弱くしていたような急激な賃金上昇と物価の硬直性が1930年代に起こっていたと議論できたらなぁ、と思う。そんな事が出来れば素晴らしい論文が書けるのだが。しかしながら、わたしはそんな主張が出来るような定量的なモデルを作ることは出来なかった。それから、私がちゃんと読めているのなら、コールとオハニアンは意識的にニューディールの悪い面だけに集中している:彼らのモデルでの比較対象は、預金保険があり、金本位制から離脱していて、フーバーの「何が何でも均衡」財政政策と「金を保持して国を棄てよう」金融政策が放棄されたものだ。
よって、やはり、理性的な人達なら、ニューディールが大恐慌を引き伸ばしたとは主張しないだろう。
私が最大譲歩できるのは、ニューディールが大恐慌を引き伸ばしたと理性的な人達が主張できるかどうかについて理性的な人達なら議論できるだろうというところまでだ。
追記:マーク・ソーマのEconomits'Viewに私が書いたコメント:リンク
私としては、皆にここで述べられている事を慎重に読み込んでもらいたいと思う。アーノルド・クリングもジム・ハミルトンも、「私はまともだ、そして私はニューディールが事態を悪くしたと思う」とは言っていない。ジムは「ニューディールのいくつかの側面は確実に大恐慌からの回復を遅らせた」と言っている。そして私はこれに100%同意する。
ニューディールの大部分が、景気変動を考慮に入れると景気を悪化させるものから中立なものへの財政政策の変化である事を認識せずに、アーノルドはニューディールのプラス面を過小評価している--そしてそうしてすら、彼はニューディールが事態を悪化させたとは言わないのだ。彼はそうみなしていない。
全体としてのニューディールが経済全体を悪化させたと主張する者を見つけるには、アーノルドの知的で精力的な彼の共同ブロガーであるブライアン・カプラン(Bryan Caplan)のところへ行く必要がある。彼はこう書いている:

[ロバート・]ムガベジンバブエへの投資を人々が恐れるようにしてきた。それよりはスケールが当然ながらより小さいものの、ルーズベルトがアメリカへの投資を人々が恐れるようにした事をどうして[ブラッド]は疑えるのか?

そして私は、ロバート・ムガベフランクリン・ルーズベルトの拡大版だと考える人間を完全にはまともでないと分類しても問題はないものと思っている。

*1:ジョージ・ウィル(George Will)はアメリカの保守評論家。ダニエル・グロス(Daniel Gross)は経済関係専門のジャーナリスト、著作者

*2:Royalismとは王制のことで、"Economic Royalism"とはルーズベルトがニューディールに反対するアメリカの金持ち達をたとえて使った言葉。ニューディールに抵抗した金持ち・資本家を、共和制に反対する王制主義者に喩えたのだろう、たぶん...ただ王制主義者は長いので「貴族」とした。

*3:ニューヨーク市場の株価指標

*4:原文ではここは"employment"雇用、となっているがこれはunemployment失業の間違いだろう。