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P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

「人的資本政策と所得分配:分析のフレームワークと先行研究の検討」パート4.3

さて毎日翻訳をやってますけど、別に翻訳家ではありません。新年からは新しい仕事を始めますのでその準備も毎日やってるんですが、色々と不安ですね。というか、資料だと言われた本のタイトルを調べてみても、そんな本が存在していないというのはどういうことなのかな?っと。同著者の他の本と混同されているのだと思うけど、年末で連絡もつかない...
ま、とにかく今日のアセモグルです。パート3は終わりましたが、アセモグル翻訳プロジェクトの前線指揮官optical_frogさんより次はパート4.3だ!という指令が下りましたので、今日からパート4.3より訳していきます。パート4.1については「人的資本政策と所得分配」翻訳:4.1 シグナルと選別としての教育 - left over junkoptical_frogさんを、アセモグルのその他の翻訳についてはhttp://ja.daronacemoglu.wikia.com/wiki/Acemoglu公式翻訳プロジェクト:titleAcemoglu公式翻訳プロジェクト]を参照してください。それから、今日の分の最後の方に出てくる最低賃金や失業保険が質の高い仕事の過小供給を是正し厚生を高めるという論文のアセモグル(2001)とはこれのことです。そのジャーナル掲載前のワーキングペーパーのバージョンはこちらです。
訳についての断り:早く訳すために、カナを多用しています。人名などの固有名詞については、有名なもの以外はアルファベットそのままとします。
数学関連の表記について、特に添え字ですが、たとえばA{i,j}はiが上の、jが下の添え字です。A{j}はjが下の添え字で、A^{i}は上の添え字を意味します。
もし間違い、誤字脱字などがありましたらコメントしてください。よろしくお願いします。
4.3 良い仕事 対 悪い仕事
様々な証拠が、25年間の間にアメリカ経済において企業の構造の大きな変化が起こった事をしめしている。たとえば、チームによる生産やその他のハイ・パフォーマンスな生産手段が今ではアメリカ経済に広まった(たとえば、Ichinowski, その他、1997、もしくはApplebaum and Batt, 1994, Cappelli and Wilk, 1997、などを参照)。しかしながらその間、かつては低・中スキル労働者に開かれていた比較的支払いのよい製造業の仕事の多くが消えていった。Murnane and Levy (1996)はこれらのパターンと整合的なケーススタディーの証拠を報告している。多くの企業の人事担当者とのインタビューから、彼らはアメリカ企業の雇用慣行の変化について記述しているのだ。1967年のフォード・モーターのマネージャーはその雇用戦略を次のように語っている:「もし空席があれば、工場の待合室から誰かいないかと外をみてみる[we would look outside in the plant waiting room to see]。もし誰かいて、そいつが体が丈夫そうで、明らかなアル中ではなかったら、そいつを雇うわけだ」(p.19)。対照的に、1980年代後半、同規模の企業[comparable companies]はまったく異なるリクルート戦略をとっていたようだ。Murnane and Levyはホンダ・オブ・アメリカ、ダイアモンドスター・モータース(三菱とクライスラーの共同出資会社)そしてノースウェスターン相互生命のケースについて議論している。三社すべてがリクルートメントにかなりの資源を費やしていて、応募者のわずかな割合しか雇っていない。Kremer and Maskin (1990)は既存大手企業間での労働者のさらなる分別の証拠[evidence of more segregation of workers across establishments]を提出している。高賃金労働者は一部の大手企業に今ではさらに集中しているようだ。
図6産業−職種セルにおけるトップとボトム25パーセンタイル(仕事の質の分布の両端のウェイト)における雇用の比率の展開
同様に、Acemoglu(1999a)において、私は過去20年間における仕事の構成の変化について詳細に記述した。この論文の図6はその論文で発見したパターンを再掲したものである。この図は産業−職種セルのトップ25%とボトム25%に雇用されている労働者の合計のパーセンテージ(私はこれを仕事の質分布の両端のウェイトと呼んだ)をプロットしたものである。言い換えると、これは比較的高い賃金と比較的低い賃金を支払うセル(雇用のタイプ)である。1983年には、雇用の35%がトップとボトムの25%の仕事のカテゴリーに入っていた。1993年までには、この数字は38%を少し下回るところまで上昇した。よって、およそ2.5%多くの労働者が中位の質の仕事ではなく、より高いあるいはより低い質の仕事につくようになったわけだ*1。仕事の分布の実際の変化はおそらくこれよりもずっと大きいだろう。仕事のタイプの実質的な変化はしばしばある職種(産業)の中でおこるからだ。
仕事の質の分布の変化は賃金不平等にとって重要なものでありえる。多くの比較的低スキルな労働者(たとえば高卒者)はかつては製造業のような高い賃金を支払う仕事についていた。こういった製造業のようなタイプの仕事が消滅すれば、そういった労働者はより低い賃金の職につかなければならなくなるので賃金不平等が拡大するだろう。
仕事の質の分布の変化はアメリカにおける不平等拡大の重要な仲介メカニズムであったようだが、そういった変化が起こったという事が我々のメインの結論をひっくり返すことにはならない。依然として、スキルへの需要を高めたり、あるいは仕事の質の分布の更なる変化を引き起こすような技術的変化はさらに不平等を拡大させるだろう。そして、仕事の質の分布における変化の結果として損失をこうむる労働者は、低いスキルを持った労働者なのだ。よって、人的資本政策のもっとも重要な目標はその分布のトップとボトムの間のスキルギャップを縮小するものであるべきだ。
さりながら、仕事に良いものと悪いものあるということは、我々が他のタイプの政策について議論する時、多くの新しく考慮しなければならない点があるということだ。さらに経済はおそらく良い仕事を過小供給しているかもしれないと疑う理由もある。アセモグル(2001)において、私は企業による質の高い仕事の創出への投資は通常、過小なものになるだろうと主張した。その理由は、そういった仕事は当然ながらより生産的なものなのだが、しかし労働市場の不完全性ゆえに、このより高い生産性は労働者により高い賃金への交渉を可能にさせるから、というものだ。これはつまり、高い質の仕事の求人は従業員への高い賃金につながる正の(金銭的)外部性を作り出すということだ。企業はこの外部性を考慮にいれないため、高賃金の仕事は過小供給される傾向があることになる。これは仕事の質の分布の変化は不平等を拡大させるだけでなく、資源配分の悪化にもつながるかもしれないことを意味する。
仕事の質の分布が不平等にとって重要なのには他にも理由がある。(小売りの仕事や、ファストフードレストランの仕事などの)低賃金の仕事は、その仕事について学べるものが少なく、人的資本の集積の機会に乏しいのではないかと思われる。その結果として、「悪い」仕事(低い生産性の仕事)の多くで労働者はいま低い賃金を受け取っているだけでなく、より高い賃金へと上昇する機会もあまり持てないかもしれない。そういったことの一つの例は、小売やファストフードレストランの仕事は充実した訓練を提供することがほとんどないことだ。対照的に、アメリカでこういうタイプの仕事につく多くの労働者もドイツでならなんらかの既存製造業に雇用されて、徒弟制度により充実したトレーニングを受けることができただろう(アセモグル and Pischke, 1998)。
だが、「良い」(高賃金)仕事の割合と「悪い」(低賃金)の仕事の割合を気にする見方には反対する主張もまた存在する。たとえば、Topel and Ward (1992)はアメリカにおける男性労働者は労働市場での最初の10年で平均して六つの仕事につくことを記述している。さらに重要なことに、かれらはこういった転職の多くで賃金が上昇していることを明らかにしている。彼らが示唆するのは、労働者はそのキャリアのはじめの年月の間において、たとえばどういった仕事に向いているのかといったことなど相当の事を学ぶ(もしく特定の仕事についての人的資本[match-specific human capital]を集積する)のだという解釈だ。転職を繰り返す間に急速に賃金が上昇してゆくという事実は、この解釈と整合的である。よってこの見解は労働者はしばしば低賃金の仕事からはじめて、そしてより高賃金の仕事へうつって行く必要があるということを示唆する。この証拠は興味深いし、ある程度は説得的であるが、良い仕事と悪い仕事についての議論についてどういう意味があるのかははっきりしない。学習がおこなわているという物語は、労働者がファストフードレストランでの低生産性の仕事から始めてから、より賃金の高い製造業の仕事へ移らなければなければならない事を意味しない。逆に、彼らは自分に適していると考える分野からはじめるべきなのだ。よって、Topel and Ward (1992)の発見のより妥当と思われる解釈は、ある程度の学習はあるが、低賃金労働から高賃金労働への移動の一部は、多くの若い労働者が最初の時点で高賃金の仕事を見つけられなかったという事実を反映しているというものだ。
また別の重要な点は、ある種の政策は仕事の質の分布(良い仕事と悪い仕事の割合)に影響を与えるだろうということだ。具体的には、最低賃金や失業保険といった、賃金の[分布の幅の]圧縮を促進する政策は、企業が彼らの従業員に高い賃金を払わなければならなくなることを意味する。いったん彼らがより高い賃金を払うことになる事を理解すれば、雇用者達にとってその労働者達の生産性を高めることがさらに意味を持つようになる。かつては(つまり賃金の圧縮前は)、生産性が低かったが賃金も低かったようなある種の悪い仕事は雇用主にとって利益があっただろう。しかし、いったん雇用者がそんな生産性の低い仕事にもより高い賃金を払わなければならなくなれば、彼らは仕事の生産性をより高めるようになるだろう。アセモグル(2001)はこういったアイデアがかなり広く適用可能なことを示し、そして最低賃金と失業保険を高めることが雇用の分布を低賃金の職種から高賃金の職種へとシフトさせることを示唆する実証上の証拠もまた提供している。レポートの次のパートで私はこの点に戻ることとする。

*1:原注8:分布の左端と右端、双方のウェイトが大きくなった(アセモグル、1999a、を見よ)。