P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

「エリジウム」「クロニクル」 社会と医療費と個人とSF、あるいはあまり映画評ではない感想

アメリカでは今(2013年10月6日現在)、オバマケアの存続を巡って連邦政府の一部閉鎖が起こっています。「オバマケア」とはオバマ大統領によって進められたアメリカでの国民皆保険を目指す医療保険改革で、特にAffordable Care Actと呼ばれる法律を指した言葉です。この法律は上下両院によって可決され、大統領によって署名され(当然ですが)、さらには起こされた違憲裁判にも勝利して最高裁から合憲という判断を勝ち取ったのですが、それでも政府による保険の提供を阻止したい下院共和党がついにはオバマケアへの予算の支出を止めないと政府予算案を成立させないと脅迫*1、しかし民主党側がそれを拒否して現在の状況になっています。こんな風に医療保険がアメリカで大問題になっているのは、アメリカでの医療費が他の国よりも飛び抜けて高いからです。
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      一人当たり医療費

こんなに医療費が高いのに*2、アメリカは主要国ではこれまで唯一、皆保険が成立していなかったので医療費が払えない人が多く、アメリカ人の破産の60%以上が医療費によるものだそうです*3。「お薬代が高すぎて」事件を起こしてしまうというのは今の日本だとまるで時代劇のようですが*4、アメリカだとエンターテイメントで物語を動かす理由の定番として使えるくらい身近なものになっているようです。最近観た2本のSF映画でも、この医療の問題が出てきました。
 
まず一本目は「エリジウム」。

映画『エリジウム』第1弾予告編 - YouTube
傑作「第9地区」の監督ニール・ブロムカンプの長編第2作目です。

第9地区 [Blu-ray]

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第9地区」は南アフリカを舞台にして、被差別の宇宙人を持ち込むことでアパルトヘイトについての人々の記憶を刺激することを主戦略にした映画でしたが、ロサンゼルスを舞台にした今作「エリジウム」では現代アメリカの大問題である医療の供給を取り扱ってます。さらに、(不法)移民、ヒスパニック人口の増加、経済格差、そして政府の暴力行為の民間外注などなど、物語の時代設定が22世紀半ばと1世紀半も先となっているのに、いかにも今のアメリカンな問題を持ち込んで社会意識を刺激してくれます。架空の問題ではなく現代の現実の社会問題を単なる舞台設定としての背景以上の重みをもたせて映画に持ち込むことで人の意識を撹拌した上でアクションを展開するという手法は基本「第9地区」と同じですが、「第9地区」と比べるとやはりちょっと落ちる印象です。アクション部分については、「第9地区」の搭乗型ロボットというとても魅力的なガジェットが出てこないという事はありますが、肉体へのボルト装着型!というこれまで観たことないタイプのパワードスーツが出てきますし、桜の花びらの中での決闘というシーンを作ってくれたり、なかなかのものです。にもかかわらず何か落ちると感じるのは、「第9地区」と比べて社会問題の重みが薄れているのにも関わらず、それをその問題を映画内で解決してしまうというのがどうしようもなく軽い印象になるからではないかと。映画は問題を色々な方面から感じさせてくれる事は出来ても、一本の映画の中で主人公の派手なアクションにより社会的な問題を解決するというのは相当手くやらないと無理がでて、軽くなりますからね。主人公が一人・少人数の場合は敵もどうしても少人数になってしまい、社会を対象としている感も薄れますし。「第9地区」は対象としている社会問題である人種差別について解決するのではなく差別について感じさせるだけであり、そして映画の中での主人公の行動の結果も社会問題を解決するものではなく、その社会の将来のコースを変えることで、差別についての因果応報じみた帰結を感じさせるというものでした。なのにエリジウムでは、主人公が問題を解決しちゃうんですねぇ。SFは社会の問題のカリカチュア化と物語の中でのその解決を可能にするけれど、下手に解決しちゃうのはいけないなと。
 
それに対して、2本目の「クロニクル」は個人が感じる事についてのSF映画です。

映画「クロニクル」予告編 - YouTube
わけもよく分からないまま超能力を持った3人の高校生達の物語です。過剰な力を持ってしまった少年たちの青春の物語です。豊かで幸せな人生を送っている子もいれば、まあ普通ぽい人生の子もいて、そして悲しい家庭の中で生きている子もいて。手に入れた超能力によって一時は開放感と幸福を感じるものの、結局、不幸と過剰な力の組み合わせは不幸を招きます。不幸な家庭の子の母親が病気なんですが、「お薬代が高すぎ」という時代劇的かつ現代アメリカ的展開により、タガが外れていきます。
ちなみに、超能力と不幸な家庭の組み合わせというとリメイクが公開予定となっているキャリー(1976)
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があります。このキャリーの超能力描写はAKIRAも含めたその後の超能力描写に影響を与えていると思いますが、このクロニクルの超能力描写はそのAKIRA(および同じ大友克洋作品の「童夢」)からの超能力描写の流れの実写映画の一本として非常によく出来てます。
SFというのは単なる荒唐無稽、現実逃避と見なされる事はいまだにあると思いますが、実際にはSF設定によりフォーカスしたい事柄をカリカチュアライクに拡大し、現実的ではあっても取り上げたいものにとって邪魔にしかならないものを取り去る事を可能にする仕掛けとなるものです。映画「クロニクル」は厳しい現実の中での青春の痛みという古典的なテーマをSFによってよりピュアに取り出そうとした傑作映画でした。

*1:下院では共和党が多数、上院では共和党が少数なので、共和党側の脅迫の主役は下院共和党となっています。

*2:しかしアメリカ人が他の先進国の住人よりも健康というわけではないという。

*3:さらに言うと、実はそのうちの8割は一応、医療保険に入っていたのだそうですが。

*4:といっても、実際には色々あるでしょうが。