P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

クルーグマンのコラム:不況経済の復活

クルーグマンの新しいコラムです。以前のコラムや自身のブログのエントリー同様、大規模な景気対策、それも財政政策を主張しています。こういう財政出動要請への反対として、右の人達が大恐慌での財政政策の効果について論じたりするわけですね。アメリカでもっと公共投資を行う事、たとえばハイウェイだけでなく電車・鉄道網を整備するとか、電力送電網をなんとかするとかしたりするのはいい事だとは思います。そして俺は自己規定として自分をリベラルだと思っています。しかしそれでも、やっぱり「失われた10年」を乗り越えてきた日本人としては、なんとなく財政政策の効果に疑問を持ってしまうしまうところもなくはないですが。

不況経済の復活 ポール・クルーグマン 2008年11月14日
もしご存じない時の為に言っておきますが、経済情勢は悪化の一途です。なので状況は悪いわけですが、それでも私は次の大恐慌が来るとまでは思っていません。実際、失業率が1982年に記録した大恐慌後最悪の10.7%になることすら多分ないでしょう(もっと確信が持てたら、とは思ってますが)。
しかしながら、我々は既に私が不況経済と呼ぶ境域には入り込んでいます。それがどういうものかというと、経済政策の通常の手段、とくに連邦準備銀行の利子率引き下げによる景気の底上げが通用しない1930年代のような状況の事です。不況経済が支配する世界では、通常の経済政策のルールは働きません:美徳は悪徳となり、慎重さは危うさに、そして倹約は浪費となります。
私が言っていることを理解してもらうために、ひどい経済ニュースの最新のものについて考えてみてください:火曜日に報道されたところでは、失業保険新規申請数は50万の大台を越えてしまいました。これはひどい事ですが、これだけならば決して壊滅的という感じではありません。なんと言っても、それは2001年の不況や、1990−1991年の不況における数字と同程度のものであり、どちらの不況も過去のものと比較してマイルドなものでしかなかったのです(とはいえ、どちらにおいても労働市場が回復するまで長い時間がかかりましたが)。
しかしこれらかつての事態では、弱体化した経済への通常の対応−−連銀の政策によって直接に影響を受ける金利である銀行間市場金利の引き下げ−−がまだ有効でした。現在は、違います:実効的な銀行間市場金利は(技術的な理由から既に実質的な意味を失ってしまった公的な利子率目標とは違って)、このところ0.3%よりも低くなっています。実質的にもう下げる余地がないわけです。
このように金利引下げの余地がない為に、景気の悪化を止めてくれるものがありません。上昇する失業率は消費支出を今後さらに減らすでしょう。Best Buy(訳注:アメリカのエレクトロニクス小売チェーン)が今週、大陥没が発生していると警告したばかりの消費者支出に、です。景気の悪化は解雇を増やすでしょうから、この縮小の連鎖はさらに続いていきます。
このキリモミ降下から抜け出すために、連邦政府は支出を増やし、苦境にある人達により大規模な援助を与えることによる景気対策を行わなければなりません−−しかし景気対策はすぐには来ず、十分に大きくもないかもしれません。もし政治家達や経済関係の高官達がこれまでの固定観念をいくつか乗り越えることができなければ。
そのような固定観念の一つは、赤字への恐怖です。通常の時ならば、財政赤字を心配するのはよいことです−−財政規律はこの危機が去ればすぐに学び直さなければならない美徳です。しかし、不況経済が支配する時には、この美徳が悪徳となります。1937年にFDR(訳注:ルーズベルト大統領)が行ったような早すぎる財政均衡回復の試みはもう少しでニューディールを崩壊させてしまうところでした。
また別の固定観念は、政策は慎重に実行していかなければならないというものです。通常時には、これは当然のことです:必要だとはっきり分かるまでは、大きな政策変更をするべきではないでしょう。しかし現状においては、慎重さは危うさです。なぜなら、悪化への大きな変化が既に起こっており、行動のいかなる遅れもさらなる経済的災厄の可能性を大きくしてしまうからです。政策はできるかぎりよく出来たものにしなければなりませんが、しかし時間がその重要な要素なのです。
最後に、通常時には支出を抑える倹約は政策目標として適切なものです。しかし現状では、少なすぎる方に間違えるよりも、多すぎる方に間違えた方がずっといいのです。景気対策が必要なものよりも大きかった場合の危険は経済が過熱してインフレにつながってしまうというものです−−しかし連銀は利子率を上げることにより、そのような脅威をいつでも防ぐことが出来ます。それに対して、もし景気対策が小さすぎた場合、その足りない分を埋め合わせる為に連銀が出来ることは何もありません。つまり不況経済学が支配する時、倹約は浪費となるのです。
これらの事が、直近の経済政策に関して何を意味するでしょうか?ほぼ間違いないく、オバマ政権が仕事を開始した時には、経済は今よりも悪くなっているでしょう。実際、ゴールドマン・サックスは現状6.5%の失業率が来年終わりには8.5%に達すると予測しています。
すべての指標が新政権は大規模な景気対策を行う事を示しています。封筒裏での大雑把な計算によると、対策は6000億ドル規模の大規模なものになる必要があります。
問題は、はたしてオバマのところの人達はそんな規模のものを提案する勇気があるかどうかです。
この問題への答えがイエスであることを、新政権がそれだけ大胆である事を願いましょう。我々はいま、昔ながらの倹約の観念に屈してしまう事が非常に危険な状況にあるのですから。