P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

財政赤字削減の時にあらず  クリスティーナ・ローマー

こないだ大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長を辞めたクリスティーナ・ローマーがニューヨークタイムズに緊縮財政反対のコラムを書いてましたので、訳しておきました。誤字・脱字・誤訳等々がありましたら、コメント欄にお願いします。
追記:「コメント欄に」と書いたところで気がつきましたが、ローマーさんの名前はクリスチャンではなく「クリスティーナ」でした。ですのでその点を修正。


財政赤字削減の時にあらず  クリスティーナ・ローマー 2010年10月23日
財政赤字を削減するべきだという声が大音量で鳴り響いている。ブルードッグ・デモクラット*1ティーパーティー共和党員、そして終末がくるぞの経済学者達が今すぐの行動を求めている。そして国外からの緊縮財政要求は更に騒がしい。
誤解はしないように。永続的で大規模な財政赤字は大きな問題だ。景気の良い時の政府の借り入れは民間の投資をクラウドアウトし、長期的な成長率を低下させる。そしてまたそれは、必要な時に適切な財政出動を政策決定者が行なうのを阻むか、阻害しうる。赤字に対する懸念は2009年の景気刺激策の規模を制約してしまったし、またそれは痛ましいほど高い失業率を減らす為の追加の政策を取る事を議会が拒否している主要な理由の一つでもある。そして我が国の長期財政赤字推計は単純に維持不能なものとなっている。
よって、問題は財政赤字を削減しなければならないかどうかではない。当然ながら、削減しなければならない。問題は、いつかだ。
今はその時ではない。失業率は合衆国とヨーロッパにおいていまだに10%近くにある。減税と支出増が需要を盛り立て産出と雇用を増やしている。増税と支出削減はその逆の効果をもつ。これはマクロ経済学の基本的なメッセージであり、公的そして民間セクターの予測モデルの中心的な結論である。グレートリセッションから脱しようともがいている中での、赤字を減らす為の今すぐの行動は1937年の「二番底」のような結果を招きかねない。
緊縮財政の支持者の一部はこういった一般的な見解に反して、今現在での財政引締めは長期利子率を引き下げて市場の信頼を大きく改善するので、そのインパクトはポジティブなものとなると主張している。しかし国際通貨基金のWorld Economic Outlookの意欲的な新しい研究は、財政再建、つまり意図的な赤字削減は一般的に成長率を大きく下げる事を確認している。
この研究はこの三十年における先進経済諸国を広く取り扱ったもので、よって通常ではないエピソードに大きなウェイトを置いたり、特定の結論を支持する例だけに注目したものではない。そしてこれは政府が税制や支出を赤字削減の意図を持って変更した時だけを取り扱ったものとして新しい領域を切り開いている。過去の研究では予算状況の大枠をみていたので、強い経済パフォーマンスが赤字を削減したのであって、その逆ではなかったケースを含んでいた可能性があるのだ*2
すでに緊縮財政策を実行した国々の近年の経験はこのIMFの研究の中心となる発見と整合的だ。アイルランド、ギリシャそしてスペインはすべて赤字削減に動いた後で失業が増加している。
失業をさらに増やす予算案をとるというのは単に残酷であるだけでなく、近視眼的でもある。高い失業率が長く続くほど労働者のスキルが悪化することで失業が長期化し、そして段々と労働者は労働力から抜け落ちていく。
そういった状況は影響を受けた労働者と長期的な財政状況の双方にとって悲惨なものだ。肺炎から脱しつつあるがゆっくりと大きくなっている腫瘍も抱えた患者を想像してみて欲しい。もし患者が時間を与えられずに手術を受ける事になれば、結果は酷いものとなるだろう。
時を待つのには、通常の金融政策がその足場を取り戻すのを許すことでさらに利点がある。IMFの研究は意図的な赤字削減のネガティブな効果は通常、利子率の低下により和らげられる事を明かしている。しかし大半の先進経済諸国では利子率はすでに非常に低くなっているし、長期的な借り入れコストをさらに下げる為に一部の証券などを購入する量的緩和といった中央銀行の他のツールの有効性は非常に不確実だ。結果、金融政策は現状ではそういった赤字削減のインパクトに抗するのに大した事ができない。
しかし一旦経済が大きく回復したならば、連銀は利子率を上げる事ができるようになる。その時に連銀が赤字削減の間、低利子率を続けたならば成長の持続を助ける事ができるだろう。通常の金融政策が元に戻るのを待つのは、手術の前に麻酔医が来るのを待つのと同じようなものだ。
赤字削減を本気で信じている人達は待つべきなどではないと言うだろう。ゆっくりと大きくなる腫瘍は悪性のものになりえるから、と。しかし我々は実際のリスクを勘案しなければならない。今日、市場はアメリカ政府に1958年以来もっとも低い20年物利子率で貸付を行う意思をしめしている。2008年と2009年の危機の時には、嵐のなかでもっとも安全な場所とみなされて、資金が合衆国に流入してきた。今すぐに行動を起こさなければならないという証拠はどこにもない。
市場の信頼を得ている国々には、待つことへの別の理由もある。ギリシャやその他のユーロゾーンの周辺の国々は受け容れられる利子率で借り入れる事ができなくなっている。彼らは支出を削減し、税を引き上げなければならないわけだ。たとえ雇用と産出に恐ろしい害が出るとしても。合衆国、ドイツ、そしてフランスといった国々は世界経済の成長と需要の源泉としての重要な役割をになう事ができる。我が国の経済を強化する事は、世界が新たな不況に落ち込まないようにするのを助けるし、世界のあちこちでの弱まった金融市場の回復が続く助けとなる。
いますぐの財政引締めは合衆国にとって賢明なものではないが、財政赤字を何とかする必要はある。最もよいのは、経済が通常に戻った時には赤字を削減するという計画を議会が通すことだろう。定年の年齢を60歳から62歳へと段階的に引き上げるというフランスの最近の計画はそういった「後払い(Backload)」赤字削減の典型的な例だ。オバマ大統領の高額所得者へのブッシュ減税を取りやめるという提案は別の例だ。それは2011年までにはたった300億ドルしか税収をあげないが、しかし次の十年では6000億ドル以上となるのだ。
うまく設計された後払い計画は信頼に足るものである事を歴史は示している。たとえば、社会保障を受ける資格とその為の税の変更は、その効果が現れる何年も、もしくは何十年も前に実施された。そして、議会がペイ・アズ・ユー・ゴー・ルール*3に再び賛同している現在のような状況では、予定された改革から逸脱しようとしても反対が起こるだろう。
こういった後払い式の赤字削減は短期的に成長を妨げはしないだろうし、引き上げるかもしれない。一部のビジネスリーダー達が言うように、もし将来の政府予算への政策の不透明さが市場の信頼を損なっているなら、将来の支出と税制変更を明示しておくのは有益でありえる。更に重要なのは、政策決定者たちがまとまって我々の財政的な困難についての重要な決定を行ないえるという事を示すならば、すべてのアメリカ人に我々の経済の未来は現在の暗い現実よりも明るくなるということを保障するということだ。

*1:アメリカ民主党内の保守的議員。

*2:この点についてはこのIMFの研究についての英エコノミスト誌の記事を参照。http://econdays.net/?p=1515

*3:単独では財政赤字を増やすような支出・税制の変更は、財政的に中立になるように同時にそれと等しい支出削減・増税を行なわなければならないというルール。