P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

「最初の接触 伊藤典夫翻訳SF傑作選」

伊藤典夫翻訳SF傑作選 最初の接触」を読みました。
www.hayakawa-online.co.jp
タイトル通り、伊藤典夫さんがSFマガジンに訳された短編を集めたもの。収録作はもともと50年代発表(表題作だけ40年代)で翻訳は60年代のものばかりですが、翻訳については女性の言葉遣いがすこし昔の翻訳調かなという以外は特に古めかしい感じはしないです(もちろん当社比)。傑作選と銘打たれているだけあって、古い作品ばかりではあっても流石にみんな面白いです。

「最初の接触」 マレイ・ラインスター アスタウンディング1945年5月号
ファースト・コンタクトテーマというテーマタイトルになった作品。もちろん、宇宙人とのファースト・コンタクト自体はこの作品よりもはるか昔から宇宙旅行が行われる作品においてはしょっちゅう発生していた事でしょうけれど*1宇宙旅行を行えるほどの未知の存在との関係樹立の難しさ自体をテーマにするというのはやはり大した発想の転換だったのだろうなと思います。この作品につけられている翻訳掲載当時の伊藤典夫さんの解説には「好戦的すぎると言えないことも」と書かれていますが、でも逆じゃないかなと思います。第二次世界大戦中に発表されたこの作品は、けっして楽天的にはなれない環境下でなんとか平和志向を保とうとするキャラクター達の作品だと思うのですよ。

「生存者」 ジョン・ウィンダム スリリング・ワンダー・ストーリーズ 1952年2月号
正直、最初の数ページで興味を失い、後回しにした作品。夫について火星へと女性が旅立つところから始まる作品で、要は舐められてる女性が驚くようなバイタリティなり能力なりを見せて生き抜くさまを見せる作品でしょと予想してなんかげんなりとなったんですよね。70年近く前の時代の女性軽視への批判を今読んでも面白くないだろうと。ですがまあ、後々読んでみたら確かにそういう話ではあったのですが、バイタリティのレベルは想定以上でした。あと、その女性を語りの視点にしないのもいいと思います。

「コモン・タイム」 ジェイムズ・ブリッシュ SFクォータリー1953年8月号
俺の中での50年代SFのイメージは、一方にはスタージョンの「人間以上」のような*2SFの熟成を感じさせる作品と、後のニューウェーブにつながるような実験的な作品の二系統からなるのですが、これはその実験的方向の作品。といっても文学的実験とかいうわけじゃなくて、SF的アイデアの枠内の作品なのでそんなに読みにくくはなく(笑)、普通に楽しい。

「キャプテンの娘」 フィリップ・ホセ・ファーマー サイエンス・フィクション・プラス1953年10月号
1953年でこれをやるのか!という事でタブー破りで有名なファーマーの面目躍如の作品と言いたい面もあるのですが、変にミステリー仕立てである事もあって、正直、終盤がたらたら説明となるのとか主人公の設定とか古臭い。掲載誌のサイエンス・フィクション・プラスはたしかガーンズバックが戦後のSFブームの中でSFへのカンバックを最後に試みた雑誌であったはずなので、その古臭さは掲載誌には合っていたのかも。

「宇宙病院」 ジェイムズ・ホワイト ニュー・ワールズ1958年11月号
タイトル通りの宇宙の病院での、基本的にはコミュニケーションをちゃんと取ろうねというお話ですが、それなりに楽しい。

「楽園への切符」 デーモン・ナイト ギャラクシー1952年4月号
傑作「黄金率」を書いたデーモン・ナイトの作品です。未知の存在が火星に残したゲート、それは銀河に点在する多くのゲートの一つであり、ゲートからゲートへと瞬時に恒星系間を移動することができるのだった。精神医学により管理される地球を逃れ火星へやってきた男は…
未知の存在によるゲートのような超科学というより魔法のごとき遺物についてのSFはなんとなく第二次世界大戦前のSFのイメージがあるんですが*3、これはれっきとした戦後の1952年のSFであり、それを反映して当時のアメリカで浸透しつつあったのでしょう、精神医学による心の管理が推し進められた人類世界を背景にした作品になっています。心を管理する世界から逃れてきた男についての語りの後、物語はガラッと変わって本当に第二次大戦前の作品だったとしても不思議はないようなゲートによる宇宙の旅になるのですが、しかしそれでも締めのところで50年代SF感を醸し出してい~い感じです。

「救いの手」 ポール・アンダースン アスタウンディング1950年5月号
原作が掲載された1950年というのはアメリカによるヨーロッパ西側諸国への復興援助であるマーシャル・プランが実施されていた頃であり、援助の拒否による復興というこの作品のアイデアはその現実へのSF的逆張りとして興味深いし、作中で描写される経済的合理性と商業主義による文化・伝統の喪失、結果としての経済的従属というのはわかるんですが、孤立そして自主独立というのは現実の地球の歴史では北朝鮮とかを思い出したりもして、なんだかなぁとも。それで上手くいくというのもSF的空想感が強い。まあでも、確かにある一面を鋭くついている作品ではありますよね。

*1:ウェルズの「宇宙戦争」(1898)もファースト・コンタクトを扱っているわけだし。

*2:あるいはハインラインの「宇宙の戦士」でも可。

*3:もちろん、タイトルずばり「ゲートウェイ」のフレデリック・ポールの作品もあるわけで、実は全然、そんな事もないわけですが。