P.E.S.

政治、経済、そしてScience Fiction

「伊藤典夫翻訳SF傑作選 ボロゴーヴはミムジイ」

伊藤典夫翻訳SF傑作選 ボロゴーヴはミムジイ (ハヤカワ文庫SF)

伊藤典夫翻訳SF傑作選 ボロゴーヴはミムジイ (ハヤカワ文庫SF)

伊藤典夫さんが訳したSF作品をまとめたアンソロジー、つまり本書のタイトル通りの本です。より詳しくは、編者の高橋良平さんの編者あとがきによると

若き日の伊藤さんが<S-Fマガジン>のために選りすぐって訳した傑作中短編から、時間・次元テーマを中心に精選したアンソロジー

というものです。原作が40年代から60年代に発表、SFマガジン上の翻訳は60年代から70年代に掲載という7編からなっていますが、そのうち4編が40年代、2編が50年代と、現代SFどころかニューウェーブSF以前の作品ばかりです。なので懐かしい香りがする作品ばかりなのですが、帯にある「幻の名品を集めたSF入門書の決定版!」というのは伊達ではない。7編中6編は面白いです。SFの黄金時代はよく言われる40年代ではなく50年代というのが私の認識なのですが、やはり40~50年代の作品はいい感じ。翻訳されるかどうかのフィルターを抜けた上で更にこのアンソロジーに選ばれた作品たちなのですから面白くて当然ですが、半世紀以上も昔のSFには今更、書けない味というものがありますしね。あまり面白くない1編「思考の谺」が何故か収録作中一番長い中編作品だったりするのが困ったものですが。というかこのジョン・ブラナー作品、その楽しさがSF性には無いものなのに、なんで収録されているのかわかりません。

表題作にして非常に有名な作品でもある「ボロゴーヴはミムジイ」は面白いのですが、同時に一番昔っぽさを感じました。といっても設定やアイデアが事ではなく、話の進行に無理がある、アイデアを説得力を持って文章にできていない感があるというのと、あと訳文に硬い感じがあるという点で。しかし、半世紀も昔の訳文がそのまま掲載されているようなのに、文章が気になったのがこれだけなのが凄いものです。

収録作中もっとも新しいのがニューウェーブ期の65年にニュー・ワールズに掲載された「旅人の憩い」です。ニュー・ワールズといえばニューウェーブですが、この作品は多分、ニューウェーブではなくて奇想アイデア系の楽しい作品です。まあ、ちょっと慣れてないと読みにくい感じですが...とか書いてるのは、昔、この作品を読もうとした時に苦労した経験があるからですね。

7編中、ベスト作品はフリッツ・ライバーの「若くならない男」だと思いますが、これが1947年。これと1948年のヘンリー・カットナーの「ハッピー・エンド」がニューウェーブぽい、のかな。いや、「若くならない男」は確実にニューウェーブにつながっているが、「ハッピー・エンド」は上手いオチのアイデア物かな。まあ今更、70年前の作品が半世紀前のSFの新しい波ぽいかどうかなど論じても意味ないですが。

アメリカ政党政治のダイナミクス:Asymmetric Politics

アメリカの二大政党、民主党と共和党の間の違いはなんなのか?

勿論、民主党はリベラルで共和党は保守なのが重要な違いなのですが、その点を除くとあたかも両政党が同じかあるいは鏡像であるかのように扱われる事がよくあります。政治経済学の伝統的な中位投票者定理などのモデルでも一次元の政治的選好、つまりイデオロギーの軸上に政党を置きますが、これなども政党は政治的ポジション以外は同じであるという仮定の上に成り立っています。
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                          (一次元の政治的選好の例)
もちろん経済学や政治学のモデルにおけるそういう仮定は興味の対象以外の要素を排除する為の方便であって、真実であることは勿論、現実的であることすら意図しているわけではないのですが、そういった研究の為のモデルではない政治についての一般の言説においてもそのような対称性が仮定としてではなく、あたかも自明の事実であるかのように語られたりもします。とくにメディアにおいては何らかの問題が起こった場合、民主・共和両党はどっちもどっちだと扱われることが多々あります。勿論、両党は政治的立場以外でも異なるという認識もまたありますし、それを共和党の過激化とそれこそが現在のアメリカ政治の問題の根源であると批判する中で主張したのがトーマス・マンとノーマン・オースティンの

It's Even Worse Than It Looks: How the American Constitutional System Collided With the New Politics of Extremism

It's Even Worse Than It Looks: How the American Constitutional System Collided With the New Politics of Extremism

ですが(その二人によるこのテーマのコラムを翻訳したのがこちら)、共和党の過激化という点を越えて両党は異なっているのだという主張の決定版と言えるのがこのAsymmetric Politics: Ideological Republicans and Group Interest Democratsです。
Asymmetric Politics: Ideological Republicans and Group Interest Democrats

Asymmetric Politics: Ideological Republicans and Group Interest Democrats

この本の主張は二つあります。その2つからアメリカ政治の重要なダイナミクスの一つが出てきます。二つの主張のうちの一つはサブタイトルにあるように共和党の行動の根幹にはイデオロギーがあり、民主党の行動の根幹には様々な(人種、民族、労働、環境、性的指向、その他)少数派利益団体の利害があること、そしてそういう違いは両党の支持者である党員達の間にも存在しているというものです。

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ハーラン・エリスン 「死の鳥」

帯の文句が「華麗なるSF界のレジェンド、再臨!」とあるハーラン・エリスンの日本オリジナル短編集。

10編の短編中、9つがヒューゴやネビュラ、エドガーやその他の賞を受賞しているか候補になっているという、非常にきらびやかかつ贅沢な短編集です。そのうち4つは既読、あるいは一部既読だったのですが、今回、これを読んでエリスンの印象がガラリと変わりました。
 
この短編集、前半に収められた既読の「『悔い改めよ、ハーレクイン!』とチクタクマンはいった」やら「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」を再読していた時には、以前同様、単純に、エリスン、カッコいいなと思っていたぐらいだったのですが、だんだん印象が単にカッコいいから別のものへ...タイトル作品の「死の鳥」あたりから、あれ、なんかすっごい??へと昇格。そこから最後の「ソフト・モンキー」まで傑作でした。
ハーラン・エリスンがこんなに面白いとは思ってなかった。それどころか、素晴らしいとすら思いました。

どれも良かったのですが、ミステリーのエドガー賞受賞作も入っている事から分かる通り、SFプロパーな作品だけではないこの短編集の中でSF作品としては特に「北緯38度54分、整形77度0分13秒 ランゲルハンス島沖を漂流中」が良かったです。ジャンクでポップな衒学趣味の法螺話、そしてそれを人生の哀しみに結びつけていて。この短編集の作品は、おそらくエリスンの傾向なのでしょう、哀しみについてのものが多いのですが、この作品では法螺話が最後に救いへつながります。俺の求める良いSFの一つのあり方を体現しているような作品でした。

ところで最後に一つ、また改めて「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」についてなのですが、この既読であった作品、以前読んだ時と今回では、印象が完全に逆転してしまいました。勿論、以前同様、迫力がある面白い作品だったのですが、以前はこれは勝った物語なのだと思っていたのに、今回は最後の一文でこれは負けた物語なのだと感じたわけです。訳が変わったのだろうか?この短編集には新訳とも改訳とも書かれていないが。あるいは俺の方の感じ方が変わったのか?この作品だけでなく、エリスンに対する評価が大幅に変化したことからすると、こちらがエリスンを理解できるようになったということなのかもしれません。とにかくなんであれ、傑作短編集でした。

トランプノミクスは改革派保守の悪の双子

最近、翻訳はやらないのですが、ニューヨーク・タイムズの保守派コラムニスト、ロス・ドーサットのコラムを読んでたらなんか、「辛いなのだな、ジオンも」と思ったのでなんとなく訳してみた次第。
追記:訳中の「ドナークラス」とは、大口献金者、つまり共和党の金持ちスポンサー達の事です。
 
 
「トランプノミクスは改革派保守の悪の双子」 2016年8月10日

ドナルド・トランプよりずっと前から、共和党に問題がある事は明らかだった。その中心となる経済アジェンダ、つまり減税、自由貿易規制緩和、そして巨大な連邦政府を縮小させるという約束は、自党の有権者の多くを含む多数のアメリカ人から、自分達の問題とはかけ離れていて、金持ちへ偏り過ぎているとみられていた。

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「Love Trip」MVについて

AKB48の2016年夏曲"Love Trip"のMVがフルで公開されています。このMV、良いです。

この曲は日本テレビの「時をかける少女」の主題歌であり、そのアニソンっぽい曲調自体結構好きでしたが、テレビでの初見時にそのダンスでもって更に気に入りました*1。そしてそのMVがフルで公開されて、今のところ非常に気に入っています。最初に観た時は夜中だったのですが、そのまま3回ほど続けて観てしまいました。今年のアイドルのMVとしては、リリスクのスマホ用MV "Run and Run"

RUN and RUN / lyrical school 【MV for Smartphone】
、そして欅坂46の「サイレント・マジョリティ」のMV

欅坂46 サイレントマジョリティ
が話題になりましたが*2、このLove TripのMVはこれら並みに優れているのじゃないかと思います。ただそれぞれ方向性が違っていて、Lyrical Schoolのは技術の進歩に合わせたMVのみせかたの新しいアイデアであり、欅はアニメ的なカッコよさ。対してこの"Love Trip"のMVはまさにタイトルにある愛に満ちた(ような)優しい世界を巧みな演出と編集で作り出した点です。


【MV full】 LOVE TRIP / AKB48[公式]

ぶっちゃけ、このMVはほんとうにLove Tripという曲の為のMVになっているのか、ちょっと疑問なんですが、一つの映像作品としてとてもよく出来ているのではないでしょうか。なのでAKBヲタとして応援の為の記事を書きたいと思っていたのですが、どうにも筆不精で指がタイプへの消極的徴兵拒否をしていたところに次のようなブログ記事を発見、申し訳ないのですがこの記事を補助ロケットとして利用させていただいてこの応援記事を書こうと思った次第です。

at-home.hatenablog.jp

このブログ記事は、

「LOVE TRIP」のMVはAKB48史上トップクラスの失敗作である、と思う

と主張しています。上に述べている通り、私の感想は全くの真逆です。勿論、作品の感想は人それぞれであり、事実についての間違いがないのならば、それぞれの感想が間違っていたり正しかったりするわけではありません。なので、この記事は上記記事を批判する意図があるものではありません。単に、俺も語りたい!ってだけの事です。あるMVが良いか悪いかなんて、何度も書いてますが人それぞれなんだから。

さて具体的には、上記記事がLove TripのMVをダメだとする理由を3点挙げていますので、そのそれぞれについて私の感想を書いていきたいと思います。

*1:SKE48の夏曲「金の愛、銀の愛」もこのパターンでした。曲を最初に聞いた時は、松井珠理奈主演ホラードラマの主題歌という事情もあっての暗い曲調の為あまり気に入らなかったのですが、テレビでのダンス込みの初見時に、そのホラードラマの暗さを逆手にとってなのかのちょいキモ目のゆらゆらとした動きに心を掴まれてしまいました。ただ残念ながらMVは、少なくとも現在公開中のスペシャル・エディット・バージョンとやらについては、そのダンスがちゃんと映されないのでLove Tripと違って評価がガクッと落ちましたが。

*2:アイドルMVでないのでは、岡崎体育の「Music Video」も良かったですね。

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「葛城事件」 


映画『葛城事件』予告編

独善的・抑圧的な父親、自分の夫への嫌悪を隠して生きてきた弱気な母親、真面目ではあるが積極性に欠ける兄、通り魔連続殺傷事件を起こして死刑判決を受けた次男の一家と、その一家が崩壊後に死刑反対の思想のゆえに獄中結婚をしたという女性の物語。
映画評論家としても名をなしているラッパーのライムスター宇多丸さんが絶賛だったので観に行ってきたのですが、確かにレベルの高い良い作品でした。ですが、私には正直、全然でした。上の登場人物紹介からも予想がつくように嫌な気分にさせてくれる映画です。ですがたとえば同じ「嫌な」でも、こっちを取り込んでくれるかくれないかとがあります。例えば、ダンサー・イン・ザ・ダークだとか、ミストだとか、「嫌な」映画でもこっちを取り込んでしまう作品はあります。残念ながら、この「葛城事件」は私を取り込んではくれませんでした。
勿論、宇多丸さんを含めたいろんな方々の絶賛からして、私が取り込まれなかっただけではありますが、それはなぜなのか?
一つには、何度も出てくるコンビニ飯で家族が既に崩壊している事を示したり、極端な程の明暗によってその場の人物達の心情を強調したり等々の演出の数々が少し鼻についたことです。けれど、やはりもっと単純に、主要登場人物の誰にもに共感できなかったからだと思います。というか、この一家の全員に嫌悪感を持たせる作りになっていて。獄中結婚をした女性も、家族の面々からすればマシでも、明らかに変な人物ですし。勿論、映画は共感の為のデバイスではないとか、普通の生活では見れないこの世界の一面を見せてくれるのが映画とか色々ありますが、見れない一面が見たい一面とは限らないという当たり前の事を感じさせられました。

「消えたヤルタ密約緊急電」

消えたヤルタ密約緊急電―情報士官・小野寺信の孤独な戦い (新潮選書)

消えたヤルタ密約緊急電―情報士官・小野寺信の孤独な戦い (新潮選書)

本屋の棚に積まれていたのが目についたので読んでみましたが、面白かったです。NHKで放送される「小百合さんの絵本」というドラマの原作になるそうな。
 
タイトルにあるのは1945年ヤルタでの、ドイツ降伏3ヶ月後にソ連が日本に対して参戦するという米英ソの間での密約。この情報を入手したのが、副題にある小野寺信ストックホルム日本大使館付陸軍武官。彼が日本の大本営にその情報を電信するも、どうにもその情報が大本営で握りつぶされたらしい。こんな重大な情報がなぜ、誰によって握りつぶされてしまったのかという謎の追求を縦糸にしたノンフィクションです。
 
この謎の背景にあったのが、いよいよ追いつめられ厳しくなっていく戦況の下、本土決戦、一億玉砕を叫ぶ軍部の裏で、軍や大本営、政治家のトップの間にあった和平工作を進めようという動きでした。さらにそのその際に最低限の条件として、「国体護持」、つまり天皇制の存続を求めていたこと。これを実現する為に、彼らは一応まだ日本と中立条約を結んでおり(45年4月にはその破棄を通告されるわけですが)、かつアメリカに対してもある程度の交渉力をもっているソ連にその仲介が期待していたわけです。この本の主張は、そういう期待、あるいは願望を持つ彼らにとって、少なくともその中枢にいた人物にとって、ソ連が対日参戦を固めていた事は都合が悪く、受け入れたくない事だったというものです。願望に合わせて情報を取捨選択したのであると。
 
その人物の特定へと話は進んでいくわけですが、しかしその結論へとストレートに進むのならば本文だけで450ページにもなりません。この件を縦糸にこの情報を入手した小野寺情報士官について、そして戦間期・戦時下での欧州での日本の情報収集や非合法工作についての様々な説明が続きます。それどころか中国での日本の工作やら、亡命ユダヤ人へ大量のビザを発給した事で有名な杉原千畝もまたスパイであったこと、その他諸々の事柄が解説されます。特に欧州での日本の諜報機関の工作とか全然知りませんでしたら非常に興味深かったです。そしてまた、戦時中の日本の情報関係というと日本の暗号が解読されてしまっていて云々などの「された」話のイメージが強かったのですが、こういう「していた」話はそういう被害者意識への中和剤として爽快感というか、バランスがとられた感じがありました。
 
とにかく色々と知らなかった情報が一杯で興味深くて面白い本だったのですが、最後に気になった事を。文中、きちんとした根拠を明示しないまま「...としても不思議ではない」とか「...はずはない」等々の断言が多い事が気になりました。こういう文章が続くとどうしても、著者の「願望に基づいた評価の取捨選択」が行われているのではないかとつい思っちゃいます。更に誰が「電信」を握りつぶしたのかの結論部分で、その人物がそれについての説明を他の作家への質問と回答という形でしめしているのはどうなのかと思いました。著者は自身の主張の補強としてこれを出しているのでしょうが、謎の解明の最後が著者ではない誰かからの回答ではこの大部の本のラストでなにかハシゴを外されたように感じてしまいます。ぶっちゃけこの本は、話の筋があちこちに揺れる、ものすごく分厚い新書の様な本という感想でした。なので正直、内容についてどの程度信用していいのだろうとも思ったりはしたのですが、同時にだからこそ読んでて楽しかった本でした。