SF
ハインラインの1941年第3回世界SF大会でのゲスト・オブ・オナー・スピーチ翻訳の第3回目です。今回で終わりです。訳してみて改めて発見しましたけど、ハインラインはこの1941年の時点でJ.G.バラードが後に「内宇宙」に関して言うようなことをすでに言ってい…
ふう、なんとかギリギリ約束したとおり、日曜日にアップする事が出来ました、と書いているうちに、12時を過ぎてしまった...もう月曜だよ。 できれば最後まで訳したかったんですが、後4ページ半ほど残ってしまいました。 なんとか近日中に仕上げます。 な…
まあ、だれも興味ないかも知れませんが、だれも興味を持っていなくても私は持っていますので... アシモフと共にかつてSFビッグ3と言われたロバート・A・ハインライン*1は1988年に亡くなりましたが、彼の追悼としてハインラインの珍しい短編と、スピーチ、…
というわけで、今日2本目の「我はアシモフ」、スタージョンの巻、です。 29.シオドア・スタージョン
実はあんまり読まない事も多いまま、早川へのお布施として帰国以来毎号買っているSFマガジンですが、その2010年1月号は馴染みのある作家さん達*1が一杯載っていて楽しいです。まだ実は全部は読んでないんですが、読んだなかでスタージョンとコニー・ウィリス…
こんばんわ。水をかけたらマザーボードが壊れたThinkpad X40のLCDと、安く売られていたX41のマザーを組み合わせて、指紋読み取りセンサーがついているのにLCD下にはX40と刻まれているMy Thinkpad X40.5を最近作ったOkemosです。CPUはどっちもPenMの1.5なんで…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第48セクション「アーサー・チャールズ・クラーク」の翻訳です。アシモフ、ハインラインと共にビッグスリーの一角を成す、というか成していたクラークについて…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第47セクション「ビッグ・スリー」の翻訳です。一般にビッグ・スリーというとかつてのアメリカ自動車業界の3社の事をさすかと思いますが、SF界ではハインライ…
JD-1976さんに教えられたアシモフの「贋物のPh」が収録されている「黒後家蜘蛛の会1」を図書館で借りてきて読みました。本編たるミステリ作品もいいけれど、ただアシモフは前書きやら各短編ごとのあとがきやらが楽しいですね。 ところでアシモフと一緒にヴ…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第46セクション「職探し」の翻訳です。アシモフ自伝「職探し」編進行中。しかし、職探し、ってつらいですねぁ...思い出すとため息でます。でもアシモフみたい…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第45セクション「ポスドク」の翻訳です。ようやく「大学院」を倒して、Ph.Dを手に入れたアシモフ。しかしその後には、さらなる強敵が待ち構えていた。そう、「…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第44セクション「Ph.Dと講演」の翻訳です。アシモフは誰かと勝負をするということ自体が嫌いだというセクション41、高所恐怖症で飛行機が嫌いだというセクショ…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第40セクション「戦争後の生活」の翻訳です。 「戦争後」というか、「直後」のアシモフです。なんとまあ、戦争終了後に陸軍に徴兵されてしまいます。ですが、…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第39セクション「NAES」の翻訳です。このセクションは、アメリカSF史において有名なアシモフ、ハインライン、ディ・キャンプが海軍の研究機関で一緒に働いてい…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第37セクション「結婚と諸問題」の翻訳です。 非モテのアシモフですが、なんと2回も結婚しています。このセクションはその最初の結婚について。なので非モテで…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第35セクション「「修士」」の翻訳です。(この部分修正。TrueSevenTHさん、ありがとう)いやー、半月ぶりですね。忙しい、というのとあと、東京は一杯映画をや…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第33セクション「「夜来る」」の翻訳です。 I.Asimovの翻訳は一週間と一日ぶりになりました。できれば毎日翻訳していたいんですが、そういうわけにも行きませ…
最近また忙しくなりまして、I.Asimovの翻訳が全然できないのですがMarginal Revolutionでこんな記事をよんでしまったもので。 クルーグマンがアシモフのファウンデーションシリーズに影響を受けて経済学に興味をもったという話はこのブログでもなんども書き…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第32セクション「失恋」の翻訳です。 短いセクションなんですけど、お待たせしてしまいました。本来ならとっくにアップできてるはずだったんですが、半年振り…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第31セクション「女性」の翻訳です。 これまで非コミュ非モテのロールモデルと書いてきましたが、じつのところここまででは非コミュはともかく非モテは前には…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第30セクション「大学院」の翻訳です。 22から飛んで、30です。この間のセクションは、ジョン・キャンベル Jr、ハインライン、スプレイグ・ディ・キャンプ、ク…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第22セクション「初期掲載作」の翻訳です。セクション19,20、そして21はそれぞれ、フレデリック・ポール、シリル・コーンブルース、ドナルド・A・ウォルハイ…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第18セクション「フューチャリアン」の翻訳です。 フューチャリン、というは1930年代に出来た有名なSFファンクラブの名前です。このセクションはそのフュー…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第17セクション「失敗」の翻訳です。 大学時代です。アシモフの神童はさらにしぼんで行きます。暗いです。暗黒面がちょっとのぞきます。でもそれよりさらに、…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第16セクション「屈辱」の翻訳です。 アシモフの高校時代、そして神童時代の終わりの始まりです。そのせいでアシモフ、暗黒面に落ちていってます笑。とはいえ…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第15セクション「書き始める」の翻訳です。 ついにアシモフが書き始めました。生涯500冊を目指して好ダッシュ!と思いきやという、まだまだ発展途上なアシモフ…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第14セクション「サイエンス・フィクション」の翻訳です。 この前の「パルプフィクション」の続き、「サイエンス・フィクション」です。が、あんまりSFの話を…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第13セクション「パルプフィクション」の翻訳です。 ここと次のセクションはアシモフのフィクションについての読書傾向のお話で、第二次世界大戦前のアメリカ…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第12セクション「長時間労働」の翻訳です。 いかにも仕事中毒のアシモフらしいセクションですね。英語版Wikiのアシモフの項によると、アシモフは1992年までの7…
1992年に亡くなったアイザック・アシモフの最後の自伝的エッセイ、"I.Asimov: A Memoir" (1994)の第10セクション「学校」の翻訳です。 アシモフがまだ神童だった頃の、いかにもアシモフ的エピソードです笑。 我はアシモフ:10.学校