ソヴィエト・ファンタスチカの歴史
「ソヴィエト・ファンタスティカの歴史」というタイトルを見て、何を想像するか?
頭の片隅にロシア語でファンタスティカはSFを含む幻想文学の意味という記憶がありましたので*1、私はソビエト時代のSF史なんだと理解しました。
- 作者: ルスタム・スヴャトスラーヴォヴィチカーツ,ロマンアルビトマン,Roman Arbitman,梅村博昭
- 出版社/メーカー: 共和国
- 発売日: 2017/06/09
- メディア: 単行本
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「ソビエト・ファンタスチカの歴史」を読み始めて第一章「〈赤い月面人〉の離陸と墜落」を読了。予想外に面白い。20年代ソビエトでSF雑誌と読んでもいいような文芸作品集(アンソロジーか?)が党の支持を受けてずっと出ていて、そのトップがソビエトの文学界をまとめようとするが… #sfjpn
— okemos (@okemos_PES) 2018年2月26日
スターリン粛清に巻き込まれた者の机の上に粛清を暗示する小説があったり、
危険とみなされスターリンによって追放、最終的には内務人民委員部員を送り込まれるが、彼等がドアを破ろうとする間に自殺。その時、彼の机の上にはかつて自分が出していた文芸作品集の内、スターリン粛清を暗示していたかの様な作品の載った号が置かれていたって、ホントか?とは思うが… #sfjpn
— okemos (@okemos_PES) 2018年2月26日
という事で、ソビエト史にまさかこれほどSFが関わっていたのかと、
SFがまさか権力闘争に絡むとは、流石はソビエトというのか何というのか。アメリカではマッカーシズムが吹き荒れた50年代でも、SF雑誌で政治批判が載ってたのはそもそも社会的に軽視されてたからという事だから、えらく違うな。まあ、人工衛星を最初に打ち上げたのもソビエトだしな。 #sfjpn
— okemos (@okemos_PES) 2018年2月26日
この本を読んで俺は1人興奮してしまっていましたが、To good to be true! その紡がれた歴史は実はフィクションでありました。
これは言うならば文学史のオルタネートヒストリー物なわけです。それに気づかずに買って、おお、ソビエト政府はこんなにSFを重要視してたのか!と思って興奮していたので、ほんとお恥ずかしいというやつで... いや、架空歴史物の常で、実際の歴史を元にした架空文学史ではあるので完全にフィクションだけなわけでもないのですが、それがソビエトの歴史なので、何が事実で何がフィクションなのかの判断が全くつきませんでした。これが架空アメリカSF史なら流石に第一章の段階でも分かっていたと思うのですが、ソビエト史でやられると、なぁ。ことの真相を知ったのは、1934年のソビエトの文学大会にウェルズやエイブラハム・メリットやスタンリー・ワインボウム(!)*2などが参加して、更にウェルズが発言を行ったと書かれている第三章を読んでいる時に訳者解説をちらっと見てみて。架空のソビエトSF史を本物だと思って興奮して読んでいた私は、フィクションだという事を知って正直、気分が落ちました。
とはいえフィクションだと分かっても、実際のところ結構面白いです。ソビエトという、現代日本に住んでいる身からするとはっきり言ってパラレルワールドの様な異なる社会を舞台にした様々な闘争の物語ですから。また著者の名誉の為に書いておきますと、著者は最初のうちからこの本の怪しさを分かる人には分かるようにしています*3。たとえば序においてこの本の初版(これは改訂第四版)が1985年に出た時に、ダルコ・スーヴィンによるその書評がギャラクシー誌に載ったと書かれています。ギャラクシーは1980年に終刊になったので、これを読んで一瞬、え?と思いはしたのですが、ギャラクシーの終刊の年をちゃんと覚えていなかったので、フィクションとは全く疑っていなかった私はそのままスルー。全く情けないです。先の1934年にウェルズのエピソードも知っている人なら当然疑いを持つようになるエピソードですし、他にも例えばとあるソビエトSFが「冷たい方程式」をパクっているとなっているのですが、このソビエトSFが出版されたとされるのが1940年代末。「冷たい方程式」が出たのは1954年ですから、これでは「冷たい方程式」の方がパクったことになります。こういったSF史に詳しければ何かおかしいと気づくネタをちょこちょこと著者は噛ましています。一応、これらのネタが著者の無理解故の間違いでない事の例を非SFですが一つ上げておくと、「雨月物語」の上田秋成がソビエトのチェコスロヴァキア信仰を非難したとしてソビエトから『好ましからざる人物』とみなされていた、とあります。勿論、「雨月物語」の上田秋成は1809年に亡くなっています。
ただSFファンとして言っておきたいのが、英語圏SFの作家名や作品名についてです。勿論、ロシア語に訳された英語圏SFの固有名詞を更に日本語に訳しているわけで、いろいろ難しい事があるんだろうなということは分かりますが。ワインボウムがウェインバウムとかの人名については、ぶっちゃけどっちが正しい発音に近いのか分からないくらいので置いとくとしても、たとえばメリットの作品の邦題は「ムーン・プール」だろうし、上のトム・ゴドウィンの「冷たい方程式」も「ゆずれぬバランス」となっています。勿論、これらは多分、ロシア語訳された際のタイトルの和訳なんでしょうから、ロシア語タイトルの直訳を選んだということかもしれませんが、そこはやはり日本で流通している作品名にするべきだったのではないかなぁとは思います。